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新型コロナウイルスの感染防止で、多くの企業がテレワークを始めて1カ月が経った。
育児や介護、あるいは遠距離居住者のための“福利厚生”的なテレワークは日本でも浸透しつつあったが、管理職も含めた組織全体の取り組みの中で、「規律」と「コミュニケーション」の両立という課題が浮かびあがっている。
メルカリ出品、日帰り温泉…仕事とプライベートあいまいに
「今は家でじっとしている人が多いので、ダイエットマシンを出品してみました」
都内の会社員女性(29)はテレワークに入って、メルカリ出品にはまっている。家で仕事をしていると、掃除の頻度と不用品の発掘が増えた。
「洋服やカバンは売れにくくて値下げしました。本はすぐ買い手がつきます」
業務時間中は出品作業を控えているが、元々マーケティングを得意としていることもあり、出品するタイミングや商品について考える時間は増えた。
メディア企業で管理職をしている黒木さん(仮名、40代)はテレワーク期間中、職場には内緒で日帰り温泉に2度行った。
「家で仕事をする前提なのは分かっていますが、人が少ないのは今しかないと思うし」
職場のオンラインミーティングはなるだけ朝に固めて、日帰り入浴のできる旅館に移動。貸し切り風呂を予約し、湯船にスマホを持ち込んで部下とやりとりする。黒木さんは「チャットですぐ返事すれば、どこにいるかは全然分からない。だけど、熱海に行ったときは夕方にオフィスでの会議を入れられてしまい、新幹線で東京に戻りました」と話した。
メルカリ出品にはまった女性も黒木さんも、仕事とプライベートの境界はあいまいになっているものの、「仕事の生産性は下がっていない」という。一方で、商社に勤める大山さん(仮名、39)は、「テレワークを始めて、効率が明らかに落ちた」と話す。
妻もテレワーク、子どもは休校で家族全員が家にいる状態になったため、大山さんは自宅近くのシェアオフィスで仕事をすることにした。が、通い始めてしばらくするとそこで友人ができ、気が付けば1時間雑談をしていることもある。
「管理の目がないから、仕事中もイヤホンで音楽を聴いているし、あまり作業が進んでいないですね」と苦笑いした。
オンラインで腹の探り合いはできない
初めてテレワークを経験している人たちの多くは、「通勤から解放されて、ストレスが大きく減った」と話した。一方で、これまでとは全く違う働き方に戸惑いの声も上がる。
一つは、規律の問題だ。
仕事とプライベートの境目があいまいになり、メリハリもつきにくい。管理職側からは、「メンバーの仕事の進捗が見えにくいし、オンラインでメッセージを送っても全然返ってこない部下がいる」との不満も聞かれた。
もう一つはコミュニケーションの変化。ビジネス向けチャットツールSlackやウェブ会議システムZoomなど、テレワークを支援するツールが一気に普及しているが、コミュニケーションの形が変わったことで行き違いやトラブルも起きている。
黒木さんの職場では、slack上で社員同士のけんかが発生した。「最初は普通の議論だったのですが、ヒートアップして激しい言い争いに発展しました。文字だけだとニュアンスが伝わらなかったりするようで。途中で介入も必要だし、マネジメントにかける労力はものすごく増えました」
別のベンチャー企業に勤める管理職男性(29)は、「相手の反応が読み取れなくて、気を遣って疲れる」とこぼした。特に年上の同僚への頼み事や確認のメッセージのタイミングや言葉遣いに悩んでいるという。
都内の中堅広告代理店では、全社テレワークに入った今も、所属長はほとんど出社している。
その一人は、「人事異動の時期だから、所属長同士の相談と交渉が多いのですが、オンラインじゃ腹の探り合いができないんですよ」と話した。
取材した管理職のほぼ全員が、部下とのコミュニケーションにオンラインならではの難しさを感じると答え、「管理職の完全在宅勤務は困難」と断言した。
移動減って生まれた時間を有効活用
テレワークで生じた問題の解決方法について、人材採用支援を手掛けるプレシャスパートナーズの板橋裕矢営業一課課長(27)は、「移動が減って時間が生まれた分、コミュニケーションを増やしている」と話した。
板橋さんは対面でのコミュニケーションが好きで、元々テレワークに後ろ向きだったが、やってみると「顧客との打ち合わせもチームミーティングも業務のほとんどがオンラインでできてしまうことに驚いた。明らかにメリットが多い」と感じた。
営業一課には板橋さんを含め5人のメンバーがおり、これまでは顧客企業への往復で1日約2時間を要していた。「通勤時間も含めると、チームで1日10時間以上の時間が生み出され、生産性が高まっている」という。
ただし、メッセージの文面から部下の反応を読み取れなかったり、発信の積極性にも差があるため、板橋さんは「チームのメンバーが何を考えているのか、何をしているのかをこれまで以上に意識するようになりました」と話す。
同社では3月上旬の全社テレワーク導入にあたって、「部署ごとに3時間おきに雑談タイムを設ける」ルールを決めた。板橋さんは「雑談タイムには昼何食べた?とか話しますね。出社していたときは、そんな話題はなかった気がします」と振り返った。
また、板橋さんのチームはテレワークに入ってしばらく経った後、Slackに「報告専用スレッド」を作り、12時、15時、18時に進捗状況を報告することを義務付けた。
「皆の姿が見えない分、規律を保つには何らかの縛りが必要だと感じました」
疑似出社とオンラインゲームで環境づくり
都内のシステム開発ベンチャー mofmofで広報として働く高梨杏奈さんは、2019年2月に出産し、夏に時短やテレワークを組み合わせて職場復帰した。
「私自身は柔軟な働き方ができるテレワークが助かる」と言うが、新型コロナの影響で同社が2月中旬に全社テレワークに入ると、社員からは「人と会えなくて寂しい」との声も上がった。特に寂しがったのは、原田敦社長だったという。
「もともと会社や同僚が好きな人が多く、仕事だけでなく、遊ぶ相手もいなくなったと感じた社員もいたみたいです」(高梨さん)
原田社長ら複数の社員はメリハリをつけるために、普段通りに着替えて家を出て、散歩して家に戻って仕事を始めるという「疑似出社」を実施したりもしている。
また、プレシャスパートナーズと同様に、オンラインでの雑談タイムを設けて、新入社員とのコミュニケーション促進や正式なミーティング前の雰囲気づくりにも取り組んでいる。
最近は週に1、2度、昼休みにオンラインでボードゲームをしている。高梨さんによると、終業後も会社に残ってゲームで遊ぶのが習慣になっており、「オンラインでもゲームをやりたい」との声が出たのをきっかけに、時間を決めて遊ぶようになった。
ほかにも、想定外の小さなトラブルは少なくない。
高梨さんは「ウェブ会議システムのZoomは便利ですが、使い始めのころは会議室を間違って入って、違う方と顔を合わせたりしました」という。
プレシャスパートナーズの北野由佳理経営戦略室長はテレワーク導入時、家にインターネット環境がない社員の多さに驚いた。
北野さんは、「社員数は100人くらいなのですが、WiFiルーター17台を契約して社員に支給しました。部屋にネットがないなんて私は信じられなかったですが、スマホで事足りているという人が思いのほか多かった」と話した。
今回の新型コロナをきっかけに出社の必要がなり、環境が変化したことで、職場=コミュニティーであることを改めて意識した人も少なくない。仕事の生産性を高めるには効率だけでなく、適切なコミュニケーションが必要で、今まで何気なくしていた「雑談」をどう組み込むかも鍵となっている。
取材・文:浦上早苗