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BMWやHSBCなどのグローバル企業が実施している新時代のブランディング「ソニック・ブランディング」。オリジナル・サウンドによって企業と消費者の繋がりを強めようという試みだ。音は言語や文化を飛び越える力を持っている。今後もオリジナル・サウンドを追求する企業は増えてきそうだ。
このブランディングにおいて「オリジナル」を追求するという試みは、動画にも波及し始めている。
消費財大手のP&Gは2019年9月に、ナショナル・ジオグラフィックと共同で独自ドキュメンタリー場組「Activate」を公開。デートアプリTinderも同年10月に、オリジナルのインタラクティブ動画コンテンツ「Swipe Night」を発表した。
これに先立つ2019年4月には民泊プラットフォームのAirbnbも独自の動画作品をつくる可能性を示唆。また自社でスタジオを持つ可能性もあるとの報道がなされている。
これまでテレビ番組や映画では、企業はスポンサーの1つとして名を連ね、消費者に対するブランド認知の向上を図ってきた。
しかし、ネットの高速化やスマホの普及など周辺環境の変化は、人々のメディア消費のあり方だけでなく、企業とメディアの関係を大きく変えようとしている。この変化は「オリジナル・コンテンツ・エコノミー」などと呼ばれ、世界の企業やマーケターの間で関心が高まっている。
以下では、この新たなトレンドの詳細と最新動向をお伝えしたい。
Z世代、毎週テレビを見る割合は24%、YouTubeは76%
企業がオリジナル動画の可能性を模索しだした主な理由として、若い世代のメディア消費がこれまでの世代のそれとは大きく異なっていることが挙げられる。
日本でも話題になっている「若者のテレビ離れ」。世界共通の現象になっており、若い世代にアプローチするにはテレビ以外の動画メディアを活用する必要性が高まっているのだ。
Z世代とミレニアル世代の意識調査を専門とするYPulseが米国の若者を対象に実施した調査では、13〜18歳の層で毎週テレビを見ると回答したのは33%のみ。Z世代全体(10〜25歳)では、毎週テレビを見ると回答した割合は24%となった。この数字はミレニアル世代だと41%に上昇する。
テレビを見ないからといって動画コンテンツを見ていないわけではない。YouTubeやNetflixなどを通じて様々な動画コンテンツを視聴している。
同調査では、毎週YouTubeを視聴していると回答したZ世代の割合は76%と非常に高いものとなった。ミレニアル世代も61%と半数以上がYouTubeを視聴している(ミレニアル世代で最大だったのはNetflix)。
Z世代の特徴の1つは、物心ついたときからスマホやタブレットが近くにあり、動画とともに育ったという点だろう。エンタメ目的だけではなく、教育や習いごとでも動画を活用しているほど。YPulseはこの特徴から同世代を「動画ファースト世代」と呼んでいる。
Z世代の動画ファーストな側面は、教育企業Pearsonなどが実施した調査でも明らかになっている。Z世代とミレニアル世代の学習方法に関して聞き取りを行った同調査。
Z世代で学習において教科書を選ぶとの回答は47%だったのに対し、YouTubeを選ぶという回答は60%近くに達した。ミレニアル世代だと、教科書60%、YouTube55%と逆転する。
YouTube教育系チャンネルの元祖ともいえる「Khan Academy」。そのメインチャンネル(英語)の2020年2月6日時点の登録者数は538万人、累計視聴回数は17億回に上る。
メインチャンネル以外にも、国別・トピック別のチャンネルがあり、合計するとより大きな数字となる。Z世代の動画ファーストの特徴を如実に示す数字といえるのではないだろうか。
Khan Academy YouTubeチャンネル
P&Gは環境問題や貧困問題にフォーカスしたオリジナル番組を制作
上記の事実を鑑みると、Z世代へのブランディング・アプローチを考えるときテレビにコマーシャルを打つのが得策ではないのは明白だ。
ではYouTubeに広告出稿するのが良いのかというと、それも最適な選択肢とはいえないかもしれない。アドブロックツールが普及していることに加え、広告が表示されるコンテンツが必ずしもブランディング上好ましいものとはいえないからだ。
ブランドイメージのコントロールができないのが問題といえる。
特に現在は、企業の倫理性や環境問題が強く問われる時代。ブランドイメージのコントロールを誤れば、批判やボイコットの対象になりかねない。
これらを考慮するとP&Gの取り組みは1つのベンチマークになる可能性がある。
同社はナショナル・ジオグラフィックなどと共同で、6回に渡るドキュメンタリー番組「Activate」を制作し、2019年9月に公開した。
同番組では、米国の著名音楽家や俳優が世界各地に渡り、プラスチック汚染や貧困など世界的な問題に取り組む草の根運動を紹介。その中でP&Gの浄水フィルターなどを活用する場面が映し出される。世界最大級の広告予算を持つといわれるP&G、その新しい取り組みには多くのメディアや広告関連の人々の関心が集まっている。
英語メディアFastCompanyは、この番組について、プロダクト・プレースメントでもなく、スポンサード・コンテンツでもないもので、「プレステージ・テレビジョン(prestige televion=威信・品格を高める番組)」と呼べるものだと説明している。
P&Gがナショナル・ジオグラフィックと共同制作したオリジナル番組「Activate」
Tinderは地球消滅まで3時間の世界を描いたインタラクティブ動画コンテンツを公開
Tinderが2019年10月に実施した取り組みも「オリジナル・コンテンツ・エコノミー」の可能性を示すものだ。
Tinderが公開した動画コンテンツのタイトルは「Swipe Night」。
通常、同アプリでは、デート対象となる人を気に入れば右に、そうでなければ左にスワイプしてマッチングするのを待つが、同番組ではストーリーの展開に伴う意思決定を、左右のスワイプで行っていく。その意思決定ごとに、異なるストーリーが展開されるインタラクティブ動画コンテンツだ。
Tinderのオリジナル動画コンテンツ「Swipe Night」の予告動画(YouTube Tinder チャンネルより)
ストーリーは、地球消滅まで3時間に迫っているというパニック的な状況が設定され、ユーザーは主人公になって各ポイントで意思決定を行っていく。
各意思決定はユーザープロファイルに表示され、新たなマッチングの機会になる可能性があるという。Tinderユーザーの半数はZ世代。この動画施策は同世代のエンゲージメントを高めることが狙いのようだ。
このほか、冒頭で紹介したようにAirbnbが動画コンテンツと制作スタジオに興味を示しているほか、メール広告プラットフォームのMailChimpがオリジナル動画コンテンツ制作のためのスタジオ「Mailchimp Presents」を公開、またEコマースのShopifyも動画制作スタジオ「Shopify Studio」をローンチするなど、オリジナル動画制作をめぐる動きは活発化の様相を呈している。
ソニック・ブランディングを含め、音と動画のオリジナリティを追求する取り組みは今後どのような展開を見せるのか、その行方が気になるところだ。
[文] 細谷元(Livit)