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「インスタ映え」という言葉がさまざまな場所・シーンで聞かれるようになった現在、「インスタ映え」というキーワードを基に集客するというプロモーションも増えているような印象だ。
一方で「インスタ映え」がここまで認知度が高まったということは、マーケティングのイノベーション理論でいう「レイトマジョリティ」や流行を最後に受け入れる「ラガード」といった層にも広まったことを示唆している。
これは別の見方をすると、トレンドの終焉が近づいているということにもなるだろう。そのことを示すかのように、今「アーリーアダプター」たちは、すでに次の一手を打ちはじめているようだ。それが「Anti-Instagram (インスタ映えない)」レストランである。
インスタ映えは、いつ始まったのか?
そもそも「インスタ映え」という言葉はいつ頃から流行しはじめたのか。
Instagramは、「Instant(即席、その場で)」+「Telegram(電報)」を組み合わせた造語で、今から約10年前の2010年10月6日にApp Storeにてリリースされたアプリである。
フィルムカメラの時代に2大勢力だったKodakのInstamatic(インスタマチック)というカメラとPolaroidのインスタントカメラはいずれも正方形に近かったため、この二つのメーカーに敬意を表し、この正方形の写真の規格を採用することにしたと言われている。
2010年12月には日本語対応し、日本でも大流行。
2017年12月に「インスタ映え」がユーキャンの流行語大賞に選ばれ、Hootsuit協力のもと発表されたDigital 2020というレポートによると、2020年2月現在、全世界で10憶人が使用、日本国内でも3,300万人が使用する人気アプリとなり、現在はインスタライブなどを通じてアーティストなどと交流できるコミュニケーションツールやショッピングツールとしても発展している。
ちなみに、株式会社ブレインパッドの調査によると、世界で初めて「インスタ映え」という単語が初めてつぶやかれたのは、2011年3月4日。インフルエンサーでも著名人でもない普通の一般の人だったとのこと。2017年に流行語大賞をとるまで、6年もかかったことになる。
ただ、振り子の法則のようなもので、みなが取りつかれた流行が定着し始めると、今度はそれを嫌いだ、その逆が新しいという人々が出てくるのがこの世の常である。
「インスタ映えない」レストラン
NYのシンクタンク、J.Walter Thompson Intelligence が毎年発表しているトレンド予測によると、2020年は「Anti-Instagramインスタ映えない」モノクロームのインテリアのレストランが流行するという。
レストランは、近年のSNSなどで他人の目を引き、やたらとかわいいと褒められる彩度が高めでキラキラしたインテリアデザインをやめ、あえてインスタ映えしないシックなインテリアを使い、写真に店内を撮影されSNS上で拡散されることよりも、人と人の近い同じ空間で料理と会話をお客さんに楽しんでもらおうと考える傾向に向かっているのだ。
ロンドン「Lucky cat」
ロンドンの高級エリアのメイフェアに2019年6月にオープンした「Lucky cat」は、ミシュランの星を今までに17個、現在では7個持つ有名なスコットランド出身のシェフ、Gordon Ramsay(ゴードン・ラムジー)がオーナーのレストランである。
コンラッド東京にもお店を構えたことがあるラムジー氏のこのお店では、日本料理をはじめとしたアジア料理を楽しむことができる。
名前の通り、300個の黒い招き猫もインテリアとして置かれている店内は、2010年のエル・デコのデザイナーオブザイヤーも受賞した有名ギリシャ人建築家Afroditi(アフロディティ)のAfroditiKrassa というウェスト・ロンドンにあるスタジオが設計している。
1930年代の東京のジャズ喫茶をイメージして作られたというそのインテリアは全体的にシックな木調に暗い照明で、決してインスタ映えするインテリアとは言えない。あえて明るい人目につくような鮮やかな色を避け、落ち着いたクラシックなインテリアを採用。
さらに個室を作ったり、照明をわざと暗くすることにより、写真を撮りインスタグラムなどに上げることばかりに気を取られるのでなく、おいしい料理とともに、人と人の親密な空間を楽しんでもらおうとしている。
カナダ、モントリオール「Marcus」
「インスタ映えない」シックなデザインは、モントリオールの中心部にある新しくなったFour Seasons Hotelに2019年5月にオープンしたレストラン・ラウンジバーの「Marcus」にも取り入れられている。
New York Times紙で2003年にNYのベストシェフにも選ばれ、オバマ大統領にゲストシェフとして選ばれたことがあるエチオピア系スウェーデン人のセレブリティ・シェフ、Marcus Samuelsson(マルクス・サミュエルソン)がオーナーのこのお店でも、スマホにとらわれず、人が一緒にいるその瞬間を楽しんでもらおうとする同じような試みがなされている。
モントリオールの建築事務所Atelier Zébulon Perronが設計したそのインテリアは、派手な色合いやデザインは使われておらず、グレーで淡い色が使われていて、落ち着いた空間が生み出されているのだ。
レバノン、ベイルート「B018」
レバノンの首都ベイルートにあるテクノ系のナイトクラブ「B018」は、国内外の若者に人気のナイトクラブとして1994年のオープンから長年君臨しており、海外からのセレブリティも訪れる場所だ。
2019年春にリフォームされたここも特にインスタ映えする色合いは全くなく、まずお店のロゴから黒に白地にシンプルなもの。ナイトクラブの店内は、濃いグレーを使ったモノクロのインテリアで、写真を撮ることよりも音楽を楽しんでほしいというオーナーの思いが伝わってくる。
若者のナイトシーンにおいても、ひたすら自己顕示欲をあらわにどれだけスマホのレンズを通して自分を他人に見せることができるかを勝負する時代は終わったのである。
インスタ・セルフィ文化に対するカウンターカルチャー/ムーブメント
最近のティーンエイジャーの間で人気のアプリの一つに、「HUJI CAM」がある。
FUJIFILMの写ルンですのような、昔のフィルムカメラで撮ったレトロな印象を与える写真が撮れるカメラアプリで、キラキラ、ふわふわとした加工をせず、そのままの自然体を見せるのが最近のトレンド。
またフィルムカメラであったようなオレンジ色で撮った日付がデジタル表示で写真の隅に入るというのも懐かしい。シンプルなカメラアプリだが、1,600万回もダウンロードされているというから、驚きだ。
App Storeより
また最近の傾向として、セルフィはもう古いと考える若者も少なくない。自分をよく見せるために加工し盛ったセルフィをやめて、撮る場所がどこなのか、誰といるか、何をしているのかという体験を重要視し、自然なところを写真に収めるという傾向に変化してきているのだ。
今までカメラロールがいっぱいになるまでしてきた様々なポーズも今では流行遅れ。フィルターや加工もせずに、自然光を使い、あくまでも家の外や普段の自分の部屋などで等身大の日常にある「自然な自分たち」を、撮影するのが人気になってきているという。
インスタ映えする明るいキラキラ加工し背伸びして自己表現してきた若者が、フィルム風のレトロな写真を使い、ありのままの自分たちの姿を表現しようとしているのだ。
スマホで誰のために写真を撮るのか、そして何のために写真を撮るのか。今後の若者の写真を使った流行がどう変化していくのか、今後も注目していきたい。
文:中森有紀
編集:岡徳之(Livit)