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世界的企業に成長した中国の越境ECアリババやJD.com(京東商城)は、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行時に、外出を制限された人々の需要をとらえ、飛躍のきっかけをつかんだ。
当時、アリババでは従業員も感染し、社員全員が自宅を出ないよう命じられたため、オンラインでカラオケ大会をしたり、チャットで励まし合うなどして、困難を乗り越えたという。
当時黎明期だったIT産業は今、中国のイノベーションをけん引する一大産業に育った。新型コロナウイルスによる肺炎が拡大する中、アリババのような大企業からスタートアップまで、自社の強みを生かした支援体制を迅速に整えつつある。
医療から生活、教育まで360度支援のアリババ
ECだけでなく、ありとあらゆるサービスを網羅しているITの総合商社的なアリババは、グループを挙げて新型肺炎支援を展開している。
傘下のヘルステック企業と金融アプリ「アリペイ(支付宝)」は共同で、オンラインの無料医療相談を開始。アリペイのアプリを通じて医療関係者に心配ごとを相談できるようにした。当初は湖北省の市民向けに開放し、徐々に対応エリアを広げている。
武漢の医療者向けには、出前アプリのEle.me(餓了麼)、ハイテクスーパーのHema(盒馬鮮生)、オンライン旅行のFliggy(飛猪)、口コミサイトのKoubei(口碑)が、食事や生活用品を手配している。Fliggyは宿泊施設に武漢の医療スタッフに無料で宿を提供することも呼びかけ、提案後24時間で3,000以上の宿泊施設が賛同を表明した。
アリババが運営するハイテクスーパー「Hema」。アリババはオンラインからオフラインまでさまざまなサービスを網羅している。
傘下の動画コンテンツ企業は、2月10日から中国の小中生向けに動画サイト、アプリを通じて無料授業を提供する。
また、アリババの研究開発組織DAMOアカデミー(阿里巴巴達摩院)は、患者を問診したり問い合わせに答える感染症診察ロボットを開発。浙江省、黒竜江省、山東省の医療機関に配置した。
世界最大のSNS「WeChat」はデマの監視と寄付で力発揮
10億人以上のユーザーを抱えるメッセージアプリWeChat(微信)は26日、「新型肺炎特設ページ」を開設、リアルタイムで感染の状況を紹介している。
自社のSNSがフェイクニュースの発信源になりやすいことから、コンテンツや投稿の監視を強化し、専門家がフェイクニュースやデマをチェック。既に400以上のコンテンツが「デマ」と認定された。
悪質な情報を流すアカウントに対しても永久凍結など厳しい態度で臨んでいる。ウイルスの感染源と推定されている野生動物の取引に関する発信も禁じた。巨大なユーザー数と決済アプリを持つ特長を生かし、キャッシュレスでの寄付も受け付けている。
28日には新型肺炎の対策に貢献するヘルステックサービスを開発するエンジニアを社内公募した。30人余りの募集に対し、公募開始から数時間で300人が名乗りを挙げたという。
選ばれたメンバーは29日から、フルタイムで新型肺炎対策プロジェクトに従事する。
テンセントのアプリWeChatには、ユーザーが新型肺炎支援の寄付ができるコーナーも設けられた。
バイドゥはAIとデータ活用したハイテクサービス
検索ポータルから人工知能(AI)企業への転換を目指すバイドゥ(百度)は、ワクチン開発やAIによる研究者支援のプロジェクトを立ち上げた。
また、春節期間中に人々の都市間移動を示すマップを公開した。都市への流入と流出を1日ごとに観測できる。このマップからは、武漢など湖北省の人の移動が止まっていることを視覚的にとらえることもできる。
バイドゥが春節にリリースした人の都市間移動を示すマップ。左は1月12日の流入、右は28日の流入。武漢周辺の都市間移動がほとんどなくなっているのが分かる。
EC中国2位のJD、自社物流システム物資を配送
EC中国2位のJD.comの強みは、自社で構築した配送体制だ。アリババが物流をサードパーティーに委託しているのに対し、JD.comは倉庫や車両に巨額の投資をし、「実質的には物流企業」とも言われている。
JD.comは車両や倉庫に巨額の投資を続け、「物流企業」の一面も持っている。
今回の新型肺炎で人や車両の移動が制限される局面でも、同社は地方政府などと協業し、武漢市へ救援物資を配送する体制を確保した。医療物資を届けたい公益団体や企業の依頼を専用電話で受け、優先して配送しているという。
DiDiは医療スタッフ専門の送迎体制を構築
配車アプリのDiDi(滴滴出行)は、湖北省で医療スタッフの無料送迎を始めたのを皮切りに、サービスの範囲を少しずつ広げている。
現在は武漢市の病院と提携し、アプリに医療スタッフ用の配車依頼機能を搭載。上海にも無料サービスを広げた。
数百人の運転手は防護服に身を固め、こまめに車両を消毒し、業務を行っている。
外に出られない人々の生活、教育、娯楽を提供
IT企業が支援しているのは、患者や医療スタッフだけではない。武漢市など感染が深刻なエリアでは都市が封鎖され、その他の地域でも、映画館など人が密集する娯楽・観光施設の多くが閉鎖された。多くの人が春節休みを自宅にこもって過ごしており、学校では新学期の延期が広がっている。
ショート動画アプリTikTokを運営するByteDance(字節跳動)は、自社が運営する複数の動画プラットフォームで、人気映画作品を無料で配信している。
バイドゥ傘下の動画プラットフォームiQIYI(愛奇芸)も、現金の寄付に加えて武漢市に人気テレビドラマの配信ライセンスを寄付した。
ヘルステック、エデュテックのスタートアップは、習い事や塾に行けない子ども向けにオンライン教育コンテンツを提供したり、オンライン医療相談を提供するなど、こぞって自社のサービスを無料開放している。
このほか、中国で製造した「モデル3」の納車を始めたばかりのテスラは28日、新型肺炎の流行が収まるまで全国140都市の充電スタンドを無料開放するとオーナーに通知した。
どの企業も、ビジネスの打算ではなく、不自由を強いられている国民に寄りそう思いから、休暇返上で支援プロジェクトを展開している。一方で、SARS以上の感染者が確認され、全土で移動制限がかかる中国自体が、IT産業の巨大な実験場になっているのも事実で、後から振り返れば、この難局が新たなイノベーションの起点になるのかもしれない。
文:浦上早苗