360度の大自然のなかでヨガをする疑似体験

すでにブームの域を超え、生活習慣のひとつとして定着した感のあるヨガ。

2017年に「ヨガジャーナル」が行った調査によれば、日本のヨガ人口は、週に一回以上の頻度で行く人が590万人。「年に一回」という人を合わせれば770万人になり、今後行ってみたいと思っているひとも合わせた潜在的なヨガ人口は1,600万人に上るとされる。マーケット規模に換算すると約2,600億円となり、一大市場だ。

これだけ将来的な可能性を含んだ市場であるため、多くの産業が目をつけているのは当然のこと。特に目覚ましいのが、ウェブ関連やAI、VRなどテクノロジー関連の企業の動きだ。

各社はコンテンツとしてのヨガの魅力に着目し、みずからの技術でヨガに付加価値をもたらして、自社の成長に繋げようと目論んでいる。

その一例が、ウエブサービス開発を手掛けるAlfreeが2016年から提供しているNature VR Yogaだ。通常のヨガはスタジオなど施設内で行われるが、近年では、公園や海浜など、自然のなかでヨガを行うアウトドアイベントが人気を集めている。そうした流行を背景に、同社はVRのテクノロジーをヨガにプラス。

VRのテクノロジーを活用し、疑似体験の形で大自然のなかでヨガをする感覚を味わえるようにして、Nature VR Yogaを開発した。

動画はYoutubeで配信されており、視聴にはCardboard、ハコスコ、Gear VRといったスマホVRヘッドセットを用いる。2019年12月現在、DMMのVR専用動画で、ジャンル「ビューティー・ヘルス」の動画は、26作品用意されている。


Nature VR Yoga の動画事例(公式ウェブサイトより)

確かに、自然の中で行うヨガは通常のヨガと比べて、心身ともに高いリラクゼーション効果がある。

わざわざ大自然のなかへ出かけなくても、そうした効果を、手軽に体験できるようにしたとして、ヨガ愛好家だけでなく、多くの層から支持されている。

米アミューズメントパークでもVRヨガを採用

アメリカでは、もっと大規模でヨガにVRを組み合わせ、エンターテインメントコンテンツとして確立した例がある。

2018年、ロサンゼルスのダウンタウン近郊にオープンした、巨大エンターテインメント施設Two Bit Circusでは、2019年4月、「Embody Move」を導入。Two Bit CricusはVRを活用したアミューズメントパークであり、38,000平方フィート(約3,500平米)という広大なスペースに、アーケードゲームやVRアトラクション、映画館などを備えている。

そのなかでサービスが開始された「Embody Move」は、施設のプライべートプレイゾーンVR CABANAできるコンテンツで、2人1組で行うVRを活用したヨガ体験のようなものだ。
参加者は、VRヘッドセットと、圧力感知式のヨガマットを使用する。ポーズについてのガイダンスが行われ、プレイヤーが指示に従いポーズを行うと、ヨガマットが体験者の動きやポーズを検知し、VR内の環境に変化をもたらす仕組み。

「Embody Move」では、ヨガだけでなく、合気道やダンスなど、さまざまな動きで構成されており、二人でヘッドセットの中に映し出される大自然のなかを旅していく。同じ行動をとったり、会話をしたりしながら、まさに、ふたりの仮想旅路を作り上げていくのだ。

「『EmbodyMove』は空間コンピューティングの技術を利用して、プレイヤーの健康づくりに貢献するだけでなく、他者とつながる体験を提供します」「Embody Move」の開発を手がけたMap Design Labの創始者、メリッサ・ペインターは、こう述べている。

つまり、VRというテクノロジーを借りて、ヨガは「健康」「運動」という従来の価値に、仮想空間を通して他者とつながるというエンターテインメント性を持ったのである。

なかでも、エンターテインメントの先端都市であるロサンゼルスにあるテーマパークが、「ヨガ×VR」の仕掛けをいち早く取り入れられたことから、今後、ヨガはエンターテインメントコンテンツとしての性格をますます強めていることが予測される。

ヨガが持つ開放感だけを効率よく追求

これまでも、ヨガにテクノロジーを連携させる動きは見られていた。

たとえば、スマートフォンと連携した専用マット「SmartMat」は、マットの内部に小型センサーが組み込まれており、専用アプリと連携して、音声と映像を使いながらヨガの指導を
してくれるというものだ。

ユーザーは、身長や体重などの基本情報を設定すればOK。あとは、マット上に体の一部を置けば、マット内部のセンサーが腕の長さや四肢の間隔などを認知してくれる。

そのため、このマットの上でヨガをするだけで、自分が正しい動きをできているか確認でき、体のズレなども計測することができるという仕組みだ。

だが、現在、特に盛り上がっているのは、「ヨガを行う時に使う道具にテクノロジーを組み合わせる」というものではなく、「ヨガという体験そのものにテクノロジーを組み合わせる」という動きだ。

つまり、「ヨガを行う」という体験に価値を見出し、その行為にテクノロジーを掛け合わせることで、まったく新しい“ヨガ的体験”を作り上げているのである。

なぜ、いま、ヨガにテクノロジーを組み込み、大自然を疑似体験する動きがますます盛んになっているのか。考察すると、それは人間の本能に由来していることがわかる。

そもそも多くの人は「日常生活から離れたい」という欲求を持っており、その解決手段の一つが「旅」である。

旅行者、つまり、日常生活圏を一時離れて、外の世界へ出かけていく人に共通してみられる心理的特徴は、「緊張感」と「開放感」という相反する感覚だ。

日常生活を離れて見知らぬ土地に身を置けば、おのずと不安感が強まりやすい。また、外部環境の変化にすぐに対応できるように、心身は常に緊張状態を強いられる。

一方、日頃生活している環境から物理的に離れ、特に、大自然のようになじみのない環境に身を置くことは、人間の感覚を研ぎ澄まし、心身を開放する。

このように人間は、「旅」という行為によって緊張感と開放感を同時に高め、日々のストレスから自由になることで、再び日常へ戻るための活力を養うのだ。

だが、仮想空間で味わう大自然には、「開放感」はあっても、「緊張感」はない。つまり仮想空間でのVRヨガは、開放感だけを手っ取り早く味わいながら、心身を整えるヨガとの相乗効果で、さらなるリラックスを効率よく味わえるというわけだ。

現代人は、手間と労力を徹底的に省き、物事を簡素化する傾向が強い。本来、ヨガは外界からの視覚的や聴覚的刺激を自分自身の集中力によって遮断し、自己を見つめることを目的にするものだ。そう考えると、VRによって大自然を疑似体験しながら行うヨガには、そうしたヨガ本来の目的が含まれない。

しかし、ヨガに対してリラクゼーションや日常からの開放だけを求めるなら、それは非常に有効だ。効率よく自分自身をVRの世界へ没入させ、忙しい日常を一瞬でも忘れることができるからだ。

ヨガにテクノロジーを組み合わせる動きは、今後もますます加速するだろう。だがそれは、ヨガ本来の目的を追求するものではなく、ヨガが持つ「リラクゼーション」の一側面だけを切り取り、拡大展開したものであることは、提供側も、サービスを受ける側も理解しておくことが必要だ。

もしかしたら数年後には、それはヨガではなく、全く違った名称で呼ばれているかもしれないし、もはや体を動かすという身体的アプローチはそこにはなく、脳に対してダイレクトに作用する刺激だけが存在しているのかもしれない。現在、ヨガ+テクノロジーの流れは過渡期にある。

文:鈴木博子