「なんとかして成果を出さなければ」「メンバーをまとめるにはどうしたらいいだろう」。このように期待を背負いすぎて、心が疲弊しているリーダーは多い。

効率的に仕事を進めていくため、自分の心に蓋をし、感情を奥底にしまい込む。そんな状況に苦しむ方もいるだろう。

株式会社アカツキ 代表取締役CEOの塩田元規氏は、著書『ハートドリブン – 目に見えないものを大切にする力』のなかで、「ビジネスシーンこそ感情を扱うべき」と話している。

成果が求められる環境のなかで、リーダーはどのように感情を扱いながら舵を取っていくべきか。良いチームワークを築くための、感情を軸としたマネジメントの考え方について塩田氏に伺った。

アカツキ  塩田

「合理的な意思決定」と「感情の分かち合い」のサイクルを回す

モバイルゲーム事業からライブエクスペリエンス事業まで、幅広い領域のサービスを提供する株式会社アカツキ。「A Heart Driven World.」をビジョンに掲げており、感情に重きを置いた経営を行なっている。企業経営という一般的にはロジカルな意思決定が必要とされる環境で、あえて感情をテーマにする真意とは。

——塩田さんはなぜ「ビジネスシーンこそ感情を扱うべき」と主張されているのですか?

塩田:感情を分かち合うことこそ、ビジネスを効率的に進める手立てだと思っているからです。

ビジネスの世界では、感情を出すのは非効率と思われがち。でも、本当の感情を分かち合えれば、お互いにとって一番いい解決策を考えられます。「正直、このプロジェクトをやり遂げられるか分からない」と本音を言ってもらえたら「戦略を練り直す? 一旦ストップする?」のように次のアクションを決められるんです。

そこでポイントになるのが、共感するのでもなく気持ちに寄り添うのでもなく、ただ真実をテーブルに下ろすこと。集まったみんなの感情を、まとめる必要もありません。真実をもとに解決策を考えることで、結果的に良いパフォーマンスが発揮できるんです。

——感情をテーブルに下ろすことで、自ずと一番良い方法を考えられるんですね。一方で、スピードを重視すると、感情を分かち合えない場面もあるかと思います。

塩田:リーダーは数字も求められるので、スピーディーに判断を下さなければならない場面も出てきます。そのときに重要なのが、リーダーの“判断の内側にある感情”をメンバーと分かち合えているか、です。

例えば、3カ月間で事業を黒字化するために、スピード重視で意思決定をする必要があるとき。「本当は、みんなと相談しながら進めたい。でも、プロジェクトを成功させるためにはスピードが重要だから、私の意思決定に付いてきてほしい」という不安を分かち合う。

すると、リーダーの心のなかが見えるので、メンバーも付いていきやすくなります。もし付いていくのがどうしても嫌なら、「このプロジェクトは抜ける?」と解決に向かって進めるようになるんです。

アカツキ 塩田

——意思決定の根本にあるのが「感情の分かち合い」である、と。

塩田:そうですね。ここで誤解してほしくないのが、合理的な判断と感情の分かち合いが対立構造ではないということ。感情を大切にするアカツキでも、毎日のようにデータを見て合理的な意思決定をしています。東証一部に上場した今でも、スピード感をもって必死に走らなければならない場面は多くあります。

ただ、ずっと走り続けていると、ガス欠になる。ガス欠を起こさないためには、「合理的な意思決定」をして走りつつも「感情を分かち合う」。この2つのサイクルを回し続けることが大切です。感情を内に留めず吐き出すことで、その感情を消化できてエネルギーが戻り、また走れるようになります。

リーダーも「不安」「悔しい」と本音を出していい。リーダーはいつだって、“見えない感情”に対して不安を抱えていますから。

ネガティブな感情を出しても咎められない場所作り

——リーダーの抱える不安とは?

塩田:「みんな笑っているけれど、本心はどうなんだろう」「僕の指示をみんなはどう捉えているのだろう」と、メンバーの見えない感情に恐れを抱いています。その恐れから「もしかしたらリーダーを変えてほしいと思っているかもしれない」と妄想を続けてしまうんです。

——確かに、顔色を伺いながら、恐る恐る進めることはあるかもしれません。

塩田:でも、メンバーの感情がテーブルに下ろされるだけで、妄想の声が止まります。もし、メンバーの感情がネガティブなものでも、そこから解決策を考えられるので、見えないものに対するリーダーの不安が無くなるんです。

——ネガティブな意見だった場合、メンバーはテーブルに下ろすのをためらってしまいそうです。

塩田:メンバーがネガティブな感情を出せないのは、「無防備な状態で分かち合っても刺されるだけ」と警戒心があるから。その警戒心を解くには、「ネガティブな感情を出しても咎められない」という心理的に安心できる場所作りをしなければなりません。

その環境作りのために、リーダーはその場に出るどんな感情も許すことが大切です。

よく陥りがちなのは、「メンバーの感情は自分がなんとかしてポジティブにしないと」と思ってしまうこと。しかし、相手がどんな感情をもつかは、相手に権利があります。つまり、メンバーが感じている感情の責任は、各々が持っているんです。

リーダーがメンバーの感情に手を加えようとするのは、ごう慢だと思います。テーブルに下ろされた感情を、煮もせず焼きもせず、そのまま受け取る。この意識付けをするべきだと思います。

——メンバーのネガティブな感情が許せないときは、どうすればいいでしょうか?

塩田:メンバーのネガティブな感情が許せないリーダーは、自分のネガティブな感情を許せていません。

「辛くてもう辞めたい」と思っているのに、なんとか自分を奮い立たせている人は、「マイナスな感情はあってはいけないもの」だと思っています。自分のことも許せていないのに、ましてや他人を許せるはずがない。

まずは、自分がもつネガティブな考えを認識し、その存在を許してあげてください。こうして感情の許容範囲を広げていくと、メンバーのネガティブな感情も許せるようになります。

アカツキ  塩田

『ハートドリブン』は魔法の杖ではない。救いを求めるときにやるべきこと

——最後に、感情の分かち合いをマネジメントに取り入れる際のアドバイスをください。

塩田:感情を扱うことは簡単そうに見えて、かなり難しい。一日二日でマスターできるものではないし、高度な技術が必要です。感情を扱おうと最初は頑張るけれど、なかなか続かない組織もたくさん見てきました。

失敗する組織に共通することは、本当に感情を扱いたいわけではなく、「感情さえ扱えれば、もっとパフォーマンスが出るはず」と期待から入っていること。『ハートドリブン』を“魔法の杖”だと勘違いしているんですよ。

そうした下心がまる見えなので、メンバーはうまく感情を下ろせません。その結果、「なんで感情を出さないんだよ! お前らもっと本音を分かち合えよ」と言い出してしまいます。これは、れっきとした“感情出せハラスメント”です。

——“感情出せハラスメント”……。

塩田:感情を小手先のテクニックとして扱おうとしているリーダーは、今いかに自分が苦しいのかに気づいたほうがいい。だって、現状を変えるために、救いを求めているということだから。

なぜ感情を扱うことに救いを求めているのか、なぜ居心地が悪いと感じているのか、なぜ現状を変えたいと思っているのか。そのように、自分の心の底にある感情を探っていき、その感情に目を向けるべきです。何かを変えようと思ったとき、外側から働きかけようとしても変わりません。

——他人を、そして現状を変えたいと思ったとき、まずは自分が変わる、と。

塩田:そういうことです、深いですよね。本当に深い。

『ハートドリブン』は、30回くらい読んでやっと本質を理解できると思います。僕も、未だによく読み直しているので。自分の行動を振り返りながら、「この本、外側に正解ないって言っているな。うわ、でも俺、外側にかなり正解を追い求めてたわー」と思っています(笑)。

——塩田さんでも、ハートドリブンの境地に達していないんですね。今の話、「うまく感情を扱えない」「成果がなかなか出ない」と悩んでいる方に勇気を与えてくれると思います。

塩田:リーダーは、常に周りの期待を背負っているから、その期待に応えることこそ成果だと思ってしまうんですよね。でも、そこで一度問いかけてほしいんです。「自分が本当に追い求めたい成果とはなんだろう」と。

成果とは、誰かから与えられるものさしで測るものではないと思っています。自分のなかで大切にしたい感情が「成果の定義」です。

僕だったら、哲朗(アカツキ共同創業者COO 香田哲朗氏)やメンバーが不幸せになるくらいなら、アカツキを続ける意味はありません。僕の成果の定義、そしてエネルギーの根幹は、アカツキを経営することでみんなが幸せになることですから。

取材・文:柏木まなみ
写真:國見泰洋