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インスタグラムを活用したマーケティングのサポートを行うイギリスのHopperは2019年8月、世界的に著名なセレブリティーたちによるインスタグラムでの宣伝の一回当たりの報酬について情報を発信した。
・カイリー・ジェンナー(モデル/女優):フォロワー数1億5,000万人 120万USドル(約1億3,000万円)
・クリスティアーノ・ロナウド(サッカー選手):フォロワー数1億9,000万人 97万USドル(約1億円)
・ビヨンセ(歌手):1億3,400万人 78万USドル(約8,500万円)
有名人の日常が垣間見えるSNSはファンにとって貴重な情報源だが、その中には上記のような巨額の報酬を受け取って投稿されたものもある。セレブリティーが商品に一言『グレイト!』と添えて投稿すれば、世間はそれに注目する。
商品自体のクオリティーはさておき、だ。実は近年、このインフルエンサーによる広告ビジネスに対して、懐疑的なスタンスをとる消費者が増えているという。
イギリスのメディア「Drum」は2019年5月、ワールドワイドの消費者のわずか4%しか、インフルエンサーによる宣伝を信用していないという驚愕の調査結果を報じた。
分析会社の「InfuencerDB」も、インフルエンサーによるSNS投稿のエンゲージメント率が3年前は4%だったのに対し、今年2019年の第一四半期では2.4%まで下落したと公表。
このようにインフルエンサーによる広告が信頼を失いつつある中、今欧米のミレ二アル、Z世代の人びとは商品広告やレビューに透明性を求め、「有料でも」信頼できる情報を手に入れるようになってきているようだ。
本稿では、これまでの消費スタイルに異を唱え、商品情報に正直さを求める若年層の新しい消費観について考察する。
人気美容系Youtuberの「PR商品受け取りません!」宣言
カナダ在住の大人気メイクアップアーティストYouTuber、サマンサ・ラヴィンディル氏は今年9月、YouTubeに投稿した動画で、いかに過剰消費に心を痛めているかについて語った。
ラヴィンディル氏によると彼女は過去10か月間で大手化粧品店のセフォラにて約160個、トータル金額にして8,301USドル(約90万円)の買い物をしたという。
また自身で購入したコスメ以外にも、ブランドから新作コスメが頻繁に届き、「コスメが届くたびに『レビューしなきゃ』と思うけど、本心からいいと思っていないものや、似たような商品を視聴者に買うように薦めるのは自分の創りたいコンテンツじゃない。
もっと視聴者にとって教育的な内容のものを作りたい」とThe Cutに語った。
話題となったサマンサ・ラヴィンディル氏の動画
中には気に入ってリピート購入したものもあるが、約半分は結果使わず、寄付したり処分したという。彼女は2020年1月1日まで一切化粧品を買わないと宣言し、コスメブランドにもPR商品を一切送りつけてこないようアナウンスした。
さらに、過剰消費のトレンドを終わりにしようと「No buy運動」をフォロワーにも呼び掛けたところ、コメント欄で2,600人が賛同。大きなムーブメントへと発展した。
コメント欄には他にも「あなたの正直な意見が好き」や「最近の美容系コンテンツはYouTubeの『ホール・ビデオ』(気ままに大量にショッピングした内容を紹介するビデオジャンル)で盛り上がっている部分があるから、彼女の決断には感謝している。
買いまくって使いまくって、というような今の風潮には賛同できない。私たちはそろそろヘルシーな消費の仕方を学ぶべきだと思う」など、ラヴィンディル氏のサステナブルな消費への姿勢に多くの支持が集まった。
彼女のフォロワーの多くはミレ二アルやZ世代の女性たちだが、ラヴィンディル氏のようなレビュワーが出てきたことで、YouTube上のインフルエンサーたちの一部は報酬と引き換えに商品をPRしているだけ、という事実に改めて気づき始めている。
価値を失いつつある「いいね」
PR報酬や無料サンプルと引き換えに影響力を持つインフルエンサーを起用し、自社製品を宣伝してもらうマーケティング手法は非常にポピュラーだが、一方で今インフルエンサーの倫理観が大きく問われており、消費者側にもそのビジネスに潜む問題について再考すべきという風潮が一層加速している。
インフルエンサーはフォロワー数やエンゲージメント率がPR報酬に大きく関係してくることから、フェイクフォロワーを購入してフォロワーを嵩増ししたり、「いいね」が自動でつくアプリを利用したり、インフルエンサー同士がお互いの投稿に「いいね」やコメントを送りあう目的で組織されているコミュニティーをフル活用したりと、SNS上には「虚像のインフルエンサー」が一定数存在するのも事実である。
インターネット上にはフォロワーを購入できるサイトが多く存在する
そうした中、今欧米各国はインフルエンサーや企業の過剰な宣伝への対策を講じている。イギリスでは政府がオンラインの有料広告に関する規定を厳格化し、イギリス広告基準局もこの数年間で有料広告に関する規定に違反した数百を超えるインフルエンサーとブランドに警告を出したという。
アメリカでも、消費財大手のユニリーバがインスタグラムとツイッターのフェイクフォロワーに関して、「顧客の信頼を失う前に、早急な対応をとり広告の透明性を向上する目的」で「フェイクフォロワーを持つインフルエンサーとは仕事をしない」ことを明言した。
このようなモラルを欠く一部のインフルエンサーの存在が明るみに出れば出るほど、混沌とした情報の海に溺れる消費者との対比がより浮き彫りになっている。
迷う消費者、求めるのは”本当の情報”
今アメリカでは多くのD2Cブランドが存在し、群雄割拠の様相を呈している。中にはカルト的な人気を誇るコスメブランド「Glossier」や、リアル店舗をショールームとして機能させるECの眼鏡ブランドとして驚異的な成長を遂げた「Warby Parker」など圧倒的な人気を得るブランドも存在する。
しかし、それらの二番煎じのようなブランドも多く、消費者にとって本当に優れた商品を探すのがより困難になってきている状況だ。
そんな中、VCファンド出身のジェニー・ガイランダー氏によるインスタグラムのレビューアカウント「Thingtesting」がフェアなレビューを求める消費者の間で人気を集めている。
ロンドンを拠点に昨年2018年4月にスタートしたThingtestingは、純粋なファン以外にもブランドの創始者や多くのベンチャーキャピタリストなど、約4万人にフォローされている今注目のアカウントだ。
ガイランダー氏は主にD2Cブランドの商品に関する長所と短所を含む簡潔なレビューを投稿するなど、消費者が買い物をする際に有益となる情報を発信している。
例えば、デンマーク発のファブリックブランド「TEKLA」のタオルは「使い始めて3か月目だが、まだ新品のよう。
もしあなたにタオルを買い替える予定があるならTEKLAはおすすめ」という比較的高評価もあれば、コスメのサブスクリプションサービス「BirchBox」には「2か月間で10個の商品を試したが、結局使ったのは3つだけ」という辛口評価。
またスクリーンが発するブルーライトをカットする機能を備えた眼鏡「Felix Gray」に関しては「眼鏡という商品の特性上、評価が非常に難しい。
しかし一か月使用してみて効果はあるように感じる」とし、有料メンバー内のユーザーの意見も合わせて記載するなど、できるだけノンバイアスな情報を発信しようと努めているのが伝わる。また彼女の前職であるVCファンドでの経験を活かした投資的な観点からのレビュー内容も人気の秘訣だ。
Thingtestingによる「Felix Gray」のレビュー(Thingtestingのインスタグラムアカウントより)
Thingtestingが支持される一番の理由は、レビューする商品のほぼ全てを自腹で購入し、「NOスポンサーシップ、NOアフィリエイトフィー」という姿勢を貫いている点だ。
現在Thingtestingは、ユーザーがインスタグラムの「親しい友達」になるために支払う100USドル(約1万円)のフィーでマネタイズされており、メンバーになることでより詳しいレビューなどの有料コンテンツにアクセスすることができる。
有料メンバーは募集開始から最初の6週間で300人が登録し、いまも600人が待ちリストにいるという盛況ぶりである。
日本のZOZOSUITもレビューされていた。ガイランダー氏によると「洋服のクオリティーとこの採寸の体験は別に分けて考える必要があるけど、ここまでは”すごく”面白い!」だそう。(Thingtestingのインスタグラムアカウントより)
ガイランダー氏のもとに届く、レビューしてほしい商品のリクエストは数百を超えるというが、彼女が実際にレビューするのは2、3週間に1つのペースだ。これまでレビューした商品の中にはその後の売り上げが倍になったものもあるといい、新生D2Cブランドにとっては彼女のレビューは喉から手が出るほどほしいものだろう。
それでもガイランダー氏はレビューのクオリティーを保つため、現在のペースを変えることはないという。
来年2020年には新しくウェブサイトを立ち上げ規模を拡大し、新たにサブスクリプションサービスを開始する計画だという。今年2019年9月にはプレシードラウンドで30万USドル(約3,200万円)の調達も達成し、先行きも順調だ。
彼女はThingtestingを運営する目的として「情報があふれている中で、消費者はよりシンプルにキュレートされた上質なレビューをほしている。毎回モノを新調することがいいことだとは思わない。
でも買い物をする場合には事前リサーチをしっかりすることが大事だということをフォロワーに伝えたい」とヴォーグビジネスに語った。
フラットな目線での情報を与え、消費者自身に購買の必要性や本来あるべき消費の方法を考えるきっかけを与える彼女たちのような存在は、これまでのようにインフルエンサーが紹介する新商品に飛びつくような過剰消費のトレンドを改める、大きな一歩になるだろう。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)