最先端テクノロジーで、交通渋滞や治安の悪化、公共交通の混雑といった世界中の都市が抱える課題に挑み、さらには余暇活動の充実もサポートする次世代都市「スマートシティ」。
 
災害に備える水位モニタリングセンサーから、天候などにあわせて照明量を微調整する街灯、市民と行政機関をつなぐオンラインプラットフォームまで、その取り組みは多岐にわたる。
 
世界に知られるスマートシティとなることは、市民の生活の質が高いという証明であるだけでなく、投資や高度技能人材を惹きつけることから、各国政府はテクノロジー企業や大学と協力し、競い合うようにスマートシティプロジェクトを推進している。

そんななか今年初めて、世界102都市を対象とし、各都市120人の住民にテクノロジーがどれほど日常に浸透し生活を豊かにしているのかを調査した「IMD Smart City Index 2019(世界スマートシティ・ランキング)」が発表された。

1位は急速な経済成長を成し遂げ、世界トップレベルの研究機関も有するシンガポール。以下、2位チューリッヒ、3位オスロ、4位ジュネーブ、5位コペンハーゲン、6位オークランド、7位台北、8位ヘルシンキ、9位ビルバオ、10位デュッセルドルフという結果となった。

日本からは東京62位、大阪63位がランクイン。テクノロジーの普及が進んでいると言われている中国の都市も軒並み40〜60位台でとどまっていた。
 
トップにランクインしたシンガポールやチューリッヒと、日本や中国の都市を分かつものはなんなのだろうか。

都市インフラとテクノロジーを総合評価「世界スマートシティランキング」

スイスのビジネススクールIMDが、シンガポール工科デザイン大学との提携のもと、今年2019年にスタートした「IMD Smart City Index 」。

このランキングは、都市生活に活用されているテクノロジーそのものを評価するのではなく、住民がテクノロジーの都市生活への貢献を評価しているかを分析している。

その分析には2つの軸がある。ひとつは「ストラクチャー」、すなわち居住都市のインフラや住環境、サービスにどの程度住民が満足しているか。そしてもうひとつは「テクノロジー」、つまり住民にテクノロジーを活用した多様なサービスが提供されているかだ。

この二つの軸はそれぞれ、健康と安全、モビリティ、アクティビティ(余暇活動)、就業と教育の機会の保障、ガバナンスの5つの分野で評価される。

発展途上国と先進国との格差を考慮するため、各都市は国連の人間開発指数(平均寿命、教育、識字率、GDPなどを評価したもの)に基づいて4つのグループに分けられた後、グループ内他都市との比較により2つの評価軸にそれぞれAAAからDの評価が下され、それに基づいて最終的な総合ランキングが算出された。

また、ランキングの算出に加え、公共交通や教育、汚職や公害といった各都市の抱える課題の優先順位と住民の意識についても聞き取り調査が行われた。

そして、市民の意識調査として、個人情報の活用による交通渋滞緩和、顔認証の活用による治安向上、そしてオンライン上の情報公開推進による政府機関の信頼度向上といった点に関し、住民がどのように受けとめているかの聞き取りも同時に行われた。

市民のニーズにテクノロジーが応える、スマートシティ上位国


最先端のスマートシティを体現する1位シンガポール(PIXABAYより)

ストラクチャーとテクノロジー、両方でトリプルAを獲得し、1位に選ばれたシンガポールは、東京23区より少し大きい程度という小さな都市国家でありながら、世界的に有名な研究機関を有し、全世界から高スキル人材が集まる国として有名だ。

しかし、小さな国土に約561万の人口を抱える国だけに、道路、公共交通の混雑が課題となっている。

そんなシンガポールで市民が高く評価したのは、カーシェアリングや駐車スペースサーチ、自転車レンタルといった様々なアプリによる、移動手段の確保と渋滞の緩和だ。

またそもそも不要な移動をしなくてすむようになるオンラインサービスの普及も市民に好意的に認識されており、行政、医療、教育、公共交通チケットなどさまざまな分野が電子化されることで、生活の利便性を高めているだけでなく、教育、就業、起業などの機会の保障にも寄与していた。


美しい風景と最先端テクノロジーの共存するチューリッヒ(PIXABAYより)

二位のスイス最大の都市チューリッヒは、インフラがトリプルA評価、テクノロジーがA評価で総合2位となった。

世界的に有名な金融とビジネスの中心的都市であり、スイス国内の航空・鉄道のハブ都市でもあるチューリッヒでは、住宅不足、道路渋滞、緑地不足、治安の懸念といった大都市ならではの課題が市民に重要視されている。

チューリッヒでユニークなのは、電子化による市民の政治参加の促進が高く評価されていた点だ。課題へのソリューションを検討するプロセスへの参加そのものをテクノロジーがサポートし、それを市民が評価している点は、直接民主制の実践国として知られるスイスならではの結果といえる。

また「最優秀オペラ座」に選ばれたチューリッヒ歌劇場や、スイス最大規模の美術館チューリッヒ美術館を有する都市だけに、チケットや予約のオンライン化による観劇や美術鑑賞といった文化活動への参加促進も高評価だった。

この2都市に共通していたのは、意識調査で市民がテクノロジーの活用をポジティブに受けとめていた点だ。

日本や中国の都市では、スマートシティを構築する際、個人データの集積や顔認証の導入などに不安を覚える市民が少なくない中、シンガポールやチューリッヒをはじめ多くの上位国で、総じてテクノロジーの導入はポジティブな受けとめ方をされていた。

スマートシティ推進の鍵は最先端テクノロジーより市民の実感


モバイルアプリやサービスの電子化が評価された上位国(PIXABAYより)

アメリカなどの最先端テクノロジーで名高い国の都市をおさえてトップとなったシンガポールやチューリッヒで住民から高く評価されたものが、すでに世界中で存在しているサービスの電子化やモバイルアプリであることは、不思議にみえるかもしれない。

しかし、テクノロジーが存在しても、それを住民が実際の生活上でメリットを実感できる段階までもっていくには、住民が重視する課題の把握とマッチング、サービスの周知や理解の促進、様々な不安感の払拭など多くのハードルが存在する。

あくまで市民の声にフォーカスしているこのランキングの上位都市は、市民が日々の生活で感じる不満・不安、ニーズに対し、適切なテクノロジーを活用した回答を用意し、実際に市民の元へサービスとして届けることが可能なガバナンスが存在しているのだろう。

スマートシティ官民連携プラットフォームサイトが今年10月オープンした日本。
サイトには、日本の強みは、少子高齢化が急速に進行し、世界有数の災害が多発する国であり、今後世界各国が抱える困難にすでに直面している「課題先進国」であることだと示されている。

課題に直面しているというだけでなく、高齢者のモビリティの確保、人口過密都市における災害対策といった分野で、日本に住む人々がテクノロジーの恩恵を強く感じる日が訪れれば、日本も世界にスマートシティのモデルを示すことができるのかもしれない。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit