マイクロソフトが今月ニューヨークで開催した、Surface新シリーズの発表イベントは、まさに異例づくしだった。普段はモバイル業界を中心に取材している筆者が、その場に立ち会うことができたのも異例のことだったが、さらに驚いたのがイベントの冒頭、CEOのサティア・ナデラ氏がステージに現れたこと。今日のイベントは単なる新製品発表会ではなく、マイクロソフトにとって重要な意味を持つ。そう印象づけるには十分な幕開けだった。


当日サプライズ登壇した、マイクロソフトのサティア・ナデラCEO。

マイクロソフトはこの日、Surfaceシリーズの最新モデルとなる「Surface Pro 7」と、「Surface Laptop 3」の13.5インチモデルと15インチモデル、さらに新しいカテゴリーの製品となる「Surface Pro X」と完全ワイヤレスなイヤホン「Surface Earbuds」を発表した。

「Surface Pro X」はクアルコムとの共同開発による、低消費電力な独自のチップセット「Microsoft SQ1」を採用。薄型のSurfaceペンを収納できる、専用のキーボードカバーも用意される。LTEでいつでも繋がって、どこにでも持ち運べる。よりモバイル性能を追求したデバイスだ。

しかしサプライズはこれだけではなかった。どうやらマイクロソフトは今後、さらにモバイルに注力していくようだ。

同社CPO(最高製品責任者)のパノス・パネイ氏は、来年のホリデーシーズン、つまり1年以上も先に発売予定の製品であることを断った上で、折りたたみデバイス2モデル「Surface Neo」「Surface Duo」を発表。会場は大きくどよめいた。


「Surface Neo」と「Surface Duo」を手にするパノス・パネイCPO。

9インチのタッチディスプレイ2つを、360度開くヒンジでつないた「Surface Neo」には、「Windows 10X」と名付けられた、Windows 10をベースに2画面に最適化した新しいOSが搭載される。

チップセットにはインテル製のLakefieldが採用される予定で、マグネットで固定できる薄型のキーボードを取り付けて、コンパクトなPCのようにも使えるし、ペンを使って手書きするなどタブレットのようにも使うことができる。


「Surface Neo」の重さは655g、厚さは5.6mm。新OS「Windows 10X」を採用する。

「Surface Duo」は「Surface Neo」よりもさらに一回り以上小さく、ディスプレイは5.6インチ×2。360度開く折りたたみのデバイスである点は同じだが、OSにはAndroidが採用される。マイクロソフトからAndroidを搭載したデバイスが発表されるとは、まさにサプライズだった。


5.6インチ×2で、対角線上では8.3インチのディスプレイを持つ「Surface Duo」。

ご存じのようにマイクロソフトは数年前まで、「Windows Phone」や「Windows 10 Mobile」といった独自のモバイルOSを手がけていた。ノキアを買収して、独自ブランドのスマートフォン「Microsoft Lumia」もリリースしたが、道半ばで開発を断念。「Windows 10 Mobile」のサポートも、今年12月9日までで終了予定となっている。

スマートフォンで一度失敗したマイクロソフトが今、再びスマートフォンを手がけるのはなぜか。多くのメディアが「マイクロソフトがスマートフォンに再参入する」と報じたが、パネイCPOはイベントの中で繰り返し「これはフォンではなく、Surfaceだ」と説明している。

OSにAndroidを選択したのは「すでに多くのアプリがあり、ユーザーのニーズに応えられるから」だが、電話機を作るつもりはないという強いメッセージだ。実際にグーグルの協力のもと、マイクロソフトの良いところとAndroidの良いところを、どちらも兼ね備えた製品になるという。

ナデラCEOは冒頭のスピーチで、Surfaceが目指すのは「コンピューティングをあらゆる場所、あらゆるデバイスに組み込み、その中心に人を置くこと。形式も機能も革新し、より生産性を高めること。1つのデバイスだけでなく、あらゆるデバイスで自然な体験ができるようにすること」だと話した。また最後に再び登壇した際にも「いつどこにいても、誰もがより効率的に作業するためにSurfaceがある」と締めくくっている。

マクロソフトのビジネスは今や、OSやパッケージソフトから、パブリッククラウドサービスへと大きく軸足を移している。OfficeやTeams、Azureといったサービスをあらゆる場所でより自然に利用できるようにし、生産性を高めることこそ、Surfaceに求められる役割だ。パネスCPOはその世界観を「シンフォニー」に例えてみせた。

コンパクトもスリムも、パワフルも大画面も、デスクトップも揃った。現場の最前線向けには「HoloLens 2」もあるが、シンフォニーを完成させるためには、さらに「Surface Neo」や「Surface Duo」のようなモバイルデバイスが必要だということ。その際、同じように自然に利用できるのであれば、もはやOSにこだわる必要はないというわけだ。

あとはいかに、2画面でより自然に使え、生産性を高められる環境を整えられるか。発売の1年以上も前に異例の発表をしたのも、Windows 10XやAndroid上で同じように動作し、かつ2画面の両デバイスに最適化されたアプリケーションの開発を、開発者に促すためにほかならない。

なお、Androidは最新OSの「Android 10」で折りたたみを正式にサポート。日本でもまもなく発売されるサムスンの「Galaxy Fold」など、折りたたみはスマートフォンの新たなトレンドとしても注目を集め始めている。

マイクロソフトがこの1年のうちに、Surfaceならではの体験ができる環境を整えられなければ、今後続々登場するであろうこれらのデバイスに飲み込まれてしまう危険性もある。「Surface Neo」や「Surface Duo」が加わったシンフォニーが、どのような音楽を奏でるのか楽しみだ。

取材・文:太田百合子