2019年8月3日、AR業界を先導するゲストが多数登壇したコミュニティイベント「ARISE: Spatial Experience Summit #1」が開催され、AR開発者を中心に約300名が集結。「ARの未来」をテーマに熱いセッションが交わされた。


MRデバイス「NrealLight」(左) 「ARISE #1」にて(右)

登壇した中国のハードウェアスタートアップ「Nreal Ltd.」はメガネ型MRデバイス「NrealLight」を紹介、また建築家の豊田氏とクリエイターの水口氏は「ARが世の中に与えるインパクト」やスマートシティの延長で人とロボットが共存する「コモングラウンド」について言及した。

本記事では、同セッションの後日談として、AR業界を取り巻く現状やコモングラウンド実現までの道標について、より深く掘り下げた。尚、インタビュアーは、同セッションでモデレーターを務めた株式会社MESON COOの小林佑樹氏に依頼した。

豊田啓介
東京大学工学部建築学科卒業。安藤忠雄建築研究所を経て、コロンビア大学建築学部修士課程修了。SHoP Architectsを経て,2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所noizを蔡佳萱と共同主催(2016年より酒井康介もパートナー)。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・製作・研究・コンサルティングなどの活動を、建築からプロダクト、都市、ファッションなど多分野横断型で展開している。
水口哲也
クリエイター。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)特任教授。ヴィデオ・ゲーム、音楽、映像、プロダクトデザインなど様々な分野でグローバルな創作活動を続けている。2002年アルス・エレクトロニカ インタラクティヴ・アート部門、デジタルコンテンツグランプリ エンターテインメント部門、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門などで受賞。2006年には全米プロデューサー協会(PGA)と『Hollywood Reporter』誌が合同で選ぶ「Digital 50」(世界で注目すべきデジタル系イノヴェーター50人)の1人に選出される。
小林佑樹
東京大学大学院情報理工学系研究科卒。卒業後、代表の梶谷とMESONを創業。COOとして事業開発をする傍、エンジニアとしてARプロダクト開発なども手がける。「ARおじさん」の名前でTwitter上でARに関する情報発信を行う。 MESONで開発したサービスがAWSに評価され、Startup Architecture of the Year 2018を受賞。

次世代MRデバイスの登場で見えたパラダイムシフト


豊田啓介氏

小林:先日のARISE #1は、いかがでしたか? お二人とも「NrealLight」に注目されていましたよね。

豊田:非常に熱量の高いイベントでしたね。NrealLightは、これまでのMRデバイスに比べて軽くて気軽さがあり、違和感なくすんなり装着できました。精度は課題があるとしても汎用性という意味で、可能性がかなり広がりましたよね。

水口:私も同様に、軽さと機動性には驚かされました。スマホカメラとのインタラクション等、まだ実装されていない機能もありますが、それも時間の問題だという気がしました。

豊田:ドラゴンボールのスカウターのようなMRデバイスがあったら…と想定して、作り溜めていたシナリオが半分ぐらい実現できるなって。特定の建物や施設内での実証実験なら、NrealLightで十分始められます。

他社とのコラボレーションを歓迎して、開発をオープンに委ねるNreal Ltd.社のスタンスもいいなと思いました。7割完成したところで、もう出しちゃえっていうね。

小林:商品だけでなく、会社としてもセンスが良いなと感じます。実際にNrealLightのようなMRデバイスが浸透すると、街の中にどんな変化がありそうですか?

豊田:街の環境がデジタルデータ化され、あらゆる場所がロボットや自律走行車に認識可能なセンサーが搭載されたコモングラウンド化されている前提で考えると、街のチャンネルの選択肢が無限に増えますよね。例えば、渋谷の街がジュラシック・パークになったり、萌え系満載の世界に変化したり。周囲の人から見た自分も、自分から見た世界も双方向の演出ができるようになる。

小林:個人のアイデンティティの表現に、新たなオプションが追加されるようなイメージかもしれませんね。

水口:ARが開こうとしているのは、バーチャルな特殊空間を再現するVRの限界を突破した次の世界の扉であり、都市や生活空間すべてをつなげて、これまでの数百倍のレベルの社会実装を行うことだと思います。もし、NrealLightのようなデバイスを誰もがかけ始めたら、本当に世の中は一変しますよね。

共有できる95%と未知の5%を融合したUXデザイン


水口哲也氏

小林:このような未来が見えてきた中で、お二人が自社で取り組みたい具体的な内容を伺えますか?

水口:弊社が想定しているのは、AR等のテクノロジーを駆使したエンタメやアート領域です。これまで私たちはテレビや本など2Dの世界で生きてきたけれど、すべてがエクスペリエンシャルな3Dに変わるわけで、それらの体験デザインや人の能力を拡張させる取り組みにトライしてみたい。

豊田:私は建築とAR・VRをかけ合わせた次元の拡張ですね。100%コントロールできるVRとリアリティの刺激で満足度を高めるAR、シームレスにつながっているこの2つを絞って選択することで感覚を触発するような。どんな戦略を持って、この選択をデザインしていくか。ここがおもしろいところかなと思っています。

水口:ただ、人によってはこの次元の変化に恐怖を感じる人もいるだろうなって。これまでは本やWEB上など、知識や情報は題材化して閉じられていましたが、そのベクトルが真逆に向き始めるので、抵抗感を示す人も少なくないでしょう。

このビッグパラダイムが世の中をより良く変えると信じている我々に課せられた使命は、いかに最善のUXデザインを設計して人々を恐怖から解き放ち、スムーズに新しい世界に誘導することだと思います。

小林:そのためには、このパラダイムシフトのメリットを明確に提示してあげることが大事かと思いますが、いかがでしょう?

豊田:建築界で言うと、根っからの現実主義の世界なので、正論のメリットだけではまだ動かないでしょう。違和感なく導いてあげるには、誰もが知るような身近なテーマの中にさりげなく未知な要素を織り交ぜる絶妙な”加減”が必要かなと。

興味深い実例だと、Niantic社が提供する次世代版リアルワールドゲーム「Ingress (イングレス)」が一部のゲーム好きにしか浸透しなかったのに対し、思考としては変わらない「ポケモンGO」は爆発的ブームとなった。これは、ポケモンという共有値があったからだと思うんです。

多くの人は片足だけ知らないものには手を出すけど、両足とも知らないものには触れようとしない。恐怖を解くためには、あえて誰もが共有できるものを95%にして、未知なものは残りの5%に留めるぐらいのバランスが良いのかなって。我々がデザインすべきはこの5%の部分で、これは正しさとか必要性とは別の次元にあってもいいのかもしれない。

水口:進化や成長もキーワードになると思います。ただ便利なだけのサービスはすぐに消えてしまうはずで、自分の能力が進化してアップデートしている実感があるとか、ARグラスでしか味わえないエクスタシーがあるとか、最初の体験のインパクトが非常に重要になってくるでしょうね。

おとぎの国・日本がテクノロジーで抜きん出るために


小林佑樹氏

小林:水口さんがおっしゃる「体験でのインパクト」を示す場として、大阪万博が大きな可能性を秘めていると思いますが、豊田さんはどんな設計のイメージをお持ちですか?

豊田:まず2025年なら、会場がデジタル化されていて、至るところにセンサーやマーカーが埋め込んであり、ARやVRで活かせるような仕組みを前提とします。

そのうえで、リアル・デジタル・コモングラウンドの3つの会場があって、お互いのフィードバックがなされている状態にしないと何も始まらないなと思っていて。ここに予算をつぎ込めるか、必要な組織が割り振られる仕組み作りができるかが鍵ですね。

小林:そのイメージを実現するために、現状の課題は何でしょうか?

豊田:詳細に言うのは控えますが、誰がどう仕切るかのようなしがらみがあるのは事実ですね。“誰がどの仕事を確保するか”よりも、 “テクノロジーをどう発展させて、いかに世界に新しい価値を提供するか”を最優先に議論すべきなのに、前例主義になってしまうとそもそもそういう議論になりません。ここが問題だと認識されなければ、安易な企画がどんどん水面下で進んでしまいます。それで機会損失してしまうのは、余りにもったいないですよね。

小林:逆にポジティブな面で捉えると、大阪万博のような大規模イベントでコモングラウンドやARが社会実装された未来都市を見せることができれば、海外でも前例がないわけで、それを日本が先駆けて行うインパクトは世界的に見ても絶大ですよね?

豊田:そうでしょうね。デジタル化された会場で、VRやAR、XRまでをすごい精度で合わせて100チャンネルの楽しみ方ができて、それが都市規模で行われて統計データもとれるって、すごいことだと思います。

水口:そもそも外国人が日本をどう見ているかという文脈でお話すると、以前、WIREDさん、経産省さんと一緒に、「外国人が考える日本の魅力」について、彼らの潜在意識を調査したところ、意外な結果が出たんです。外国人が魅力的に感じているのは「日本人のメンタリティ」「時間への正確性」「都会と田舎のコントラスト」で、日本人が誇りに思っているポイントとは、ややズレていました。

一つ一つのことに丁寧に対応する姿勢や1分単位で正確に動く乗り物、加えて、スーパーハイテクな東京と森が70%を占める田舎が混在している幅広さが、外国人からすると非常におもしろいのだとか。漫画やアニメの影響もあり、毎年ジャパンエキスポが行われているフランスでは、日本を「おとぎの国」のように見て憧れを募らせている若者もいるほどです。

これらを踏まえて、ARやVRで手つかずの自然が残る田舎の日常を体験できたり、ハイテクなのに温かみのある不思議な感覚が共存している日本らしさを提示してあげたりするには、大阪万博が最高の舞台だと思います。

ARがこれが実現できたら相当なインパクトだし、外国人の方にとっては日本のコントラストがより深く映るのではないでしょうか。

大阪万博を「壮大なチャレンジの場」に導く道標

小林:現状の課題を打破して、大阪万博を壮大な実験の場にするには、関係者にコモングラウンドやARの体験を促し、いかにそれが強烈かを体感してもらうことが必要なのかもしれないですね。

豊田:もちろん体験のインパクトはすさまじいので、一部の人の意見を変えることはできるかもしれませんが、社会や企業を動かすとなるとそんなに簡単ではない、というのが個人的な実感です。

例えば大阪万博でコモングラウンドやXRが社会実装された街を作れたとして、じゃあ実際に東京で実装するとなると、技術だけではない問題も起こります。例えばビル内で自律歩行するロボットが生まれ、人間がビル内でエレベーターを使う機会が圧倒的に減れば、ビルの構造自体が変わります。

これまで30〜40%を占めていた超高層ビルのエレベーター関連のの面積が10%でも削れれば、原理としてはかなり経済的なインパクトが創出できる。一見、それはメリットのように思えますが、エレベーター業界にとっては由々しき問題です。すべては切り取り方と仮定次第でしかないんですが、いろいろ便利になれば誰もがハッピーという話にもならない。難しいですよね。

小林:新しい職種を生み出す、または世論を動かすぐらいのインパクトがないと、パラダイムシフトは起こらない…ということでしょうか。

水口:日本ってそこもおもしろいところで、進化したい欲求と変わりたくない欲求が常にせめぎ合っていますよね。アメリカなんかは「変わっていかなければ」という思いが根底にあり、会計基準や法律が目まぐるしく変わる。一方、日本は古くて大きい会社を中心に物事が考えられていて、スタートアップにやさしくない。

豊田:昭和世代のおじさんたちが、自分たちの価値観で牛耳る仕組みが続く限りは変わらないでしょうね。

水口:形のないものが世の中を変えていくってことが信じられないのだと思います。GAFAなんて、まさにそういうものじゃないですか。

小林:そのような現状のなかで、僕ら若者や形のないものが社会を変えると信じている人たちは、まず大阪万博に向けて何をすべきでしょうか?

豊田:我々が万博に関わるためには、どうやって目に見える“勝ち馬”を作るか。それに尽きると思います。公式に依頼されるのを待っていたら何も変わらないので、先行してある領域で勝ち馬を見せてあげて、これを入れないとマズイという状況を作るしかないなって。

勝ち馬になりたがる人は少ないけど、勝ち馬に乗りたがる人は多いので、自分たちが勝ち馬になることを目指すのがベストじゃないでしょうか。

水口:やはりルールのないインターネットを上手に活用して、好き勝手にサービスを作ってみるといいと思います。それが徐々に社会のインフラにマージするイメージ。例えばARで社会実装を試みてしまって、本当に良いものなら周りの人が乗ってくるだろうし。私も万博に向けて、ゲリラ的にプロトタイピングしてしまおうと画策しています。

小林:必ずしもプログラミングしたり、実装したりしなくても、After Effectsのようなソフトを使ってARのプロットを見せるのもアリですよね。

MESON, Inc Twitter より

小林:こちらは、毎週弊社が行っているアイディアソンで出てきた案「AR時代のPinterest」をプロトタイプ化したものです。これならデザイナーや動画クリエイターでも作れますし、ARでできる可能性や思想を表現するだけでも、相当なインパクトを与えられると思います。

豊田:今、AR界隈で求められているのは、技術に長けたエンジニアだけじゃなくて、ARを他領域とつなぐ専門家ではないでしょうか。例えば、AR×建築、AR×音楽等。そのノウハウを持っている人が圧倒的に少ないので、こういった研究も今後、価値を発揮するでしょうね。

小林:MESONが主催しているARコミュニティイベント「ARISE」は、まさにそういった他業界とARをかけ合わせて化学反応を起こすのが趣旨です。第1回目は「建築業界」とのコラボレーションでしたが、別の業界とも掛け合わせていきたいですね。

豊田:あのイベントを自主的にやっているのは、すごいですよね。技術やコネクションを囲い込んでいた一昔前と相反して、オープンな姿勢で情報の流量を増やしてイノベーションを起こしていく方法が、すごく今の時代に合っているなって。大阪万博に向けて、ARISEはまさに「新時代の価値の生み出し方」を提示できる場になると思います。

小林:そんなコミュニティに成長させたいですね。このイベントを開催すること自体が勝ち方なんだって提示して、日本を変えるキッカケになればと思います。

豊田:期待しています。

水口:ARISEをますます盛り上げていきましょう!

取材・文・写真:小林 香織