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2010年に65歳以上の老年人口が全人口の21%を超える“超高齢社会”に突入した日本。以後も着々と高齢化は進み、2025年までには老年人口が30%以上になるとの試算も出ている。
超高齢社会のその先を支える業界の一つが介護業界だろう。だが、課題は山積みだ。全産業平均で見ると低い平均所得。時に3Kと揶揄されることもある過酷な労働環境。離職率も決して低くはない。
いくつもの課題を抱える中、高まる需要に人材の供給が追い付いていないのが現状だ。団塊世代が後期高齢者となる、2025年までに37.7万人介護人材が不足するともいわれている。
こうした介護業界が抱える課題を解決するため、奮闘する20代のフロントランナーが秋本可愛氏だ。
2013年秋本氏が中心となり設立した介護業界の課題に取り組む若手のコミュニティ「KAIGO LEADERS」は全国4拠点まで拡大。
また2019年9月からは厚生労働省補助事業「介護のしごと魅力発信等事業」の一つとして、秋本氏が代表を務める株式会社Join for Kaigoなどが中心となり介護事業者向けの採用力・マネジメント力向上プロジェクト「CHANT」スタートに向けて動くなど、目覚ましい躍進を見せている。
若き介護業界のリーダーはなぜこの道を選び、そしてその先をどうとらえているのか、思いを聞いた。
サークルでの活動が介護業界と出会うきっかけに
今でこそ、若手経営者として邁進する秋本氏。だが、山口から上京、学生生活を始めた当初は「4年間でやりたいことが見つかればいい」と思うような、ごくごく普通の学生だったという。そんな秋本氏を変えたのは些細なきっかけだった。
秋本「サークルに入って遊んで、授業に出て。でも別に授業もあまり面白くもなければ、なんとなく出席すれば単位が取れる。そんな感じであっという間に1年がたってしまったんです。何も成長していない感じがありました」
漠然とした不安を抱く中、ふと目に留まったのが起業サークル『For Success』のミクシーに寄せられた案内文だった。
秋本「文章が気になったので顔をとりあえず出してみました。そうしたら自分の目標に向けて進む同級生がたくさんいて、刺激を受けました。『ここなら成長できるかも』そう思ったんです」
そうして秋本氏は大学1年の終わりごろから「For Success」に入会、実際に事業を作りながらノウハウを学び始める。だが、商学部出身、4人の祖父母は当時健康に全くの問題なし。秋本氏はそもそも介護には関心がなかったという。
実は、興味を抱くようになった背景には、同じプロジェクトに携わることになったメンバーの存在があったのだ。
秋本「サークルではチームで事業を作りながら起業のノウハウを学びました。当時同じチームのメンバーの一人が、おばあちゃんが認知症で『大好きだったおばあちゃんが自分のことを忘れてしまった』という思いがあり、課題意識も持っていたんです。そこに乗っかる形でチームで認知症予防向けのコミュニケーションツールになることを目指して『孫心』というフリーペーパーを作り始めました。そこが介護との初めての接点です」
2か月に一回のペースで刊行していた「孫心」は2011年には全国規模の学生フリーペーパーコンテストStudent Freepaper Forum 2011で準グランプリを受賞するなど、注目を集めるようになる。
こうした中でより認知症について学ぶ必要を感じた、秋本氏が取ったのが介護職員となり現場に入ることだった。
現場で働いたからこそ気づいた「介護業界のリアル」
大学3年時から介護施設でアルバイトとして勤務を始めた秋本氏。高齢者の介助をしていく中で、認知症ではなく介護業界そのものが抱える課題へと関心が移っていった。
秋本「介護の仕事は楽しかったです。ただ、働いていく中で多くの課題にも直面しました。ご家族が介護と仕事の両立に悩まれていたり、介護を放棄してしまったり、そんな姿を見てご本人が『生きるのが申し訳ない』と話すのを聞いたりしたんです。施設の側にも、慢性的な人手不足や定着率の低さといった問題がありました。アルバイトの私が2年ほどの勤務で施設の勤務歴が2番目に長くなったほどですから」
秋本氏の学生時代はちょうど東日本大震災の余波を受けて、社会貢献への関心が高まっていた。直面する介護業界の問題、そして復興支援など様々な形で社会に貢献しようとする学生たち。こうした中で秋本氏は介護業界が抱える別の問題にも気づく。
秋本「若い人材が各所で活躍しているのに、これからより深刻な状況になることがわかっている介護業界でそういう動きが見られませんでした。完全に乗り遅れていたんです。しかも、若い人たちがそもそも介護に関心を持っていないという大きな課題もあった」
在学中漠然とした問題意識を常に持っていた秋本氏は思案した中で課題解決に向けて、起業することを決める。
秋本「若年層で介護にも従事していて、課題にも気づくことができる。起業ノウハウもある程度はわかる。『私にしかできない』という謎の使命感があったんです。思いと勢いで起業しました」
秋本氏は就職活動をせず、2013年の4月卒業後すぐに「Join for Kaigo」を登記、経営者として歩み始める。当時は事業の大枠は決めていたものの中身はあまりない“箱だけ作った”状態での起業だったという。「今思えば浅はかだった」と当時のことを語る秋本氏。だが、その思い切りのよさがいい意味で自分を追い込むことになったともいう。
フリーペーパー運営時代に培った企業とのコネクションから得られた業務で「とりあえず食っていける」部分の収益を確保した中で秋本氏は自らのやりたいこと、やるべきことに着手していく。
同じ志を持つ若者を集めるKAIGO LEADERS
秋本氏やJoin for Kaigoの活動の中で最も注目を集めているものの一つが、同社が運営する“超高齢社会を創造的に生きる次世代リーダーのコミュニティ”「KAIGO LEADERS」だろう。
秋本氏はこの活動を2013年Join for Kaigoの起業とほぼ時を同じくして開始した。
介護業界で異例の20代が中心となったコミュニティはこれまでに延べ3,000人以上が参加、そして全国4都市に拠点を置くほどの規模へと成長を遂げた。
だが、当初のKAIGO LEADERSは同じ志を持つ仲間同士の飲み会で、事業として運営していくつもりもなかったという。
秋本「若手を集めるために、まずは介護に関心がある若手にはどのような人がいるのか知っていなければいけないと思ったんです。幸いにも『孫心』を作っていたおかげで、介護、若手というと秋本だろう結び付けてくれる人もいました。そこで興味を持ってくれた人たちをまずは集めてみたんです。最初の半年くらいは月に1回あって、飲んで話をするような形でした。そこから介護と他領域を結び付けたイベントを開いたり、徐々に規模を大きくしていったんです」
2年目の終わりには個人の課題設定に基づいて、プロジェクトを立案・設計し、実現に向けたプロセスを設計するワークショップ「KAIGO MY PROJECTO」その後は介護業界で活躍する指揮者とともに学ぶ「PRESENT」をスタート。人脈の輪も広がり、徐々に組織としての形が作られていった。
様々な法人と手を組み、さらなる介護人材の確保へ
2019年現在ではJoin for KaigoにはKAIGO LEADERSのコミュニティから集まった社員6名、プロボノメンバー53名が、KAIGO LEADERS事務局の運営、介護領域の人材がともに学ぶ場である「KAIGO HR」の運営をはじめとした、介護事業者向けの人材採用・育成事業などを手掛けている。
介護ビジネスというと人材以外にたびたび取りざたされるのが、収支の問題だ。秋本氏はJoin for Kaigoでは問題なくランディングができているのだと語る。背景あるのは営業をせずとも得られる収益の割合の高さだ。
秋本「そもそもフルタイムで働いているメンバーが少ないというのも一つの要因ですが、大きいのは総収益の6,7割に相当する法人向けの支援事業がほとんど営業をしなくても確保できているということが大きな要因です。
私たちの強みといってもいいでしょう。KAIGO LEADERSや私の『講演を見た』といって相談に来てくれる。私たちが参入しているマーケットがいかに求められているのか、ということの表れでもあると思います。今後はより多くの企業のサポートができるよう、人員も増やしていければと考えています」
着実に成長を続けるJoin for Kaigoが次に手掛けるのが厚生労働省補助事業「介護のしごと魅力発信等事業(ターゲット別魅力情報発信事業(介護事業者向け))」として2019年9月から実施される“介護事業者の採用・人材力育成プロジェクト”「CHANT(ちゃんと)」だ。
ちゃんと人材採用して、ちゃんと人材育成しよう、という思いが込められたこのプロジェクトはJoin for Kaigoと高齢者住宅の企画設計などを手掛ける株式会社シルバーウッド、PwCコンサルティング合同会社3社共同のものだ。
この中でJoin for Kaigoは全5日程で代替2.5か月くらいの期間を使って介護事業者向けに採用力を高めるために行う「採用力実践プログラム」を担当する。行政の力を借りて事業を実施することの背景には何があるのだろうか。
秋本「私たちの見ている範囲だと2025年までに介護人材を55万人ほど確保しなくてはいけない。ですが需要に供給が追い付いていないのです。業界としては頑張らなければいけないところのはずなのですが、実際には疲弊感、閉塞感があり、課題解決能力に乏しいという問題があるんです」
介護業界がかかえる問題は根深い。秋本氏によれば職員が採用を兼務、時には施設長が採用を担当していることもあるという。困っていても、自らで課題が解決できるほどの情報の共有も進んでいない。「HRというと『ホームラン?』といわれてしまう」そんなことも少なくないのだ。
秋本「こうした問題に対してKAIGO LEADERSでは個人の応援、KAIGO HRで法人向けに支援を行ってきました。法人向けに行ったコンサルでは一定の効果もでています。ただ、まだまだ組織として法人への発信力が弱いですし、コンサルやプログラムの費用がハードルとなっているのではないか、という思いもありまた。だから行政の力を借りられればと思って手を挙げたんです」
CHANTは単年度の事業だ。その後の展開について秋本氏はこう語る。
秋本「厚労省としては単年度で終わらせず、来年度以降もほかの都道府県でもこの事業を拡げ人材確保につなげたいという思惑があるようです。
私たちとしても今後いろいろな法人さんたちとご一緒できるように国の事業ではなく都道府県、市区町村単位でのところに手を挙げて広げていこうと思っています。しっかりと採用活動を通じて自社の魅力を伝えられる法人が増えることが、介護のイメージアップにつながると思います。」
地域のトップランナーをあたり前に
課題が山積する日本の介護業界。その中で秋本氏は自らの世代今後の役割を「地域にいる介護のトップランナーの価値観を当たり前にしていくこと」だと語る。
秋本「私たちの一回り上の世代の人たちが様々な好事例を残してくれています。おばあちゃんやおじいちゃんが生きていて申し訳ないなんて感じずに、最後の最後まで幸せに生きていられるような施設もあるんです。
ただ、これはその地域に問題をなくしたい現状を変えようと思っている人がいるかどうかに左右されてしまいます。必要なのは周囲に影響力を与えるような主体的にアクション出来る人材を増やすことです。私たちは1万人増やすことを目標としています。
各地域でトップランナーの価値観が当たり前になれば、それをベースとしてそれぞれ幸せなあり方を模索できるはずです。そうした環境づくりをオンラインとかコミュニティを通して支援できればと思っています」
取材:木村和貴
文:小林たかし
写真:西村克也