AI人材育成やAI関連投資に関して世界をリードするといわれるのが米国と中国。都市別で見るとサンフランシスコ、ニューヨーク、北京、上海などがグローバルAIハブと呼ばれている。
一方、ロンドン、ケンブリッジ、テルアビブなど他の国々においてもAIハブが醸成されており、各都市のAIハブを目指す競争は激化の様相を呈している。
世界各地で多くのAI都市が登場する中、AIエコシステム醸成の取り組みで高い評価を受けているのがカナダだ。1982年に創設されたカナダ高度研究所(CIFAR)は翌年の1983年に、AI分野の第一人者であるジェフリー・ヒントン氏率いる人工知能研究グループ「AI・ロボティクス・ソサエティ」を創設。ヒントン氏が所属するトロント大学周辺ではAI関連の取り組みが活発化し、トロントは世界でも高い評価を受ける国際AI都市に変貌を遂げたのだ。
このほかにも、モントリオール、エドモントン、バンクーバーもAI都市として進化を遂げており、グローバルテック大手が次々とAI研究所を設立するまでに至っている。
日本では資源国としてのイメージが強いカナダだが、今後はAI都市としても広く認知されていくことになるかもしれない。
カナダでいったい何が起こっているのか。AI都市に変貌を遂げるカナダ各都市の動向をお伝えしたい。
「四位一体」で各都市のAI産業基盤を強化するカナダ
この2〜3年の間、グーグル、マイクロソフト、フェイスブックなどグローバルテック大手が相次いでAI研究所を設立したことで、そのAI動向に注目が集まるようになったカナダ。
英ロンドンを本拠地とするグーグル傘下のディープマインドは2017年7月に同社初となる海外オフィスをカナダ・エドモントンに開設。わずかその3カ月後にはモントリオールにもオフィスを開設している。
グーグルの元CEOであるエリック・シュミット氏はツイッターで「カナダは、政府、大学、大企業、スタートアップの四位一体でAI産業基盤を強化している」と述べ、AI都市として変貌を遂げるカナダを高く評価。
グーグルの元CEO、エリック・シュミット氏
カナダにおけるAIエコシステム醸成の軌跡をたどっていくと、シュミット氏が指摘するところの意味が見えてくる。
エドモントン、モントリオール、トロント、バンクーバー。カナダの各都市では、主要大学とそれらの大学に所属するAI研究の第一人者らが中心となって創設されたAIコミュニティが複数存在する。
モントリオールではモントリオール大学のジョシュア・ベンジオ氏が率いる「モントリオール・ラーニング・アルゴリズム研究所(MILA)」、エドモントンではリチャード・サットン氏などが所属するアルバータ大学の「アルバータ・マシン・インテリジェンス研究所(AMII)」、トロントではヒントン氏率いる「ベクトル研究所」、バンクーバーではサイモン・フレイザー大学の「ビッグデータ研究所」などが主要コミュニティとして名を知られている。
テクノロジーメディアWIREDでシニアライターを務めた経験を持つ著名ジャーナリストのケイド・メッツ氏によると、1980〜2000年代初頭にかけてディープラーニング研究において最も顕著な功績を残した研究者が3人いるという。その3人のうち2人が上記で名の挙がった、ジェフリー・ヒントン氏とジョシュア・ベンジオ氏だ。もう1人はフェイスブックのチーフAIサイエンティストで、ニューヨーク大学教授のヤン・ルカン氏。
AI研究の第一人者ジョシュア・ベンジオ氏
メッツ氏がこのことを指摘したのは2016年10月のWIRED記事でのこと。その後2018年にこの同じ3人が「コンピュータ分野のノーベル賞」と呼ばれる「チューリング賞」を揃って受賞しており、彼らの功績は学会でも広く認められたことになる。
このほかアルバータ・マシン・インテリジェンス研究所に所属するリチャード・サットン教授は、AI手法の1つである強化学習の第一人者と目される人物。アルバータ大学の教授を務める傍ら、ディープマインド・カナダオフィスの特任サイエンティストも務めている。
カナダ各地にはこのようなAI分野の第一人者たちを中心とするコミュニティがあり、世界水準の研究促進・人材育成が進められているのだ。
カナダ連邦・州政府による支援も重要な役割を果たしている。2017年には、カナダ連邦政府が「カナダ全土AI戦略」を発表し、AI研究の促進に向け今後5年間にわたり1億2500万カナダドル(約100億円)を拠出すること明らかにした。また、ケベック州政府はモントリオールの地元AIコミュニティ向けに1億カナダドルを支援。オンタリオ州ではベクトル研究所に5000万カナダドルの支援が実施されたと報じられている。
カナダ各都市、AIハブとしての特色
カナダ各都市のAIエコシステムは、政府、キーパーソン、キーカンパニーなどの要素の差異から、それぞれに特徴のある発展を遂げている。グリーン・テック・アジアの分析レポート(2018年版)によると、トロントとモントリオールは国際的なハブとして発展。一方、エドモントンとバンクーバーは特化型ハブとして発展している。
同レポートによると、AI企業の密度が最も高いのがトロント。同市に本社を構えるAI関連企業は115社以上。トロント発の代表的なAI企業は、integrate.ai、Crowdcare、Cyclica、Mindbridge.aiなど。マーケティング、ヘルス/製薬、人材、カスタマーサービス、フィンテックにおけるAI活用が進んでいるという。
一方モントリオールは、AIリサーチハブとしての特性を持ち、研究者の数は世界最大級。同市に本社を構えるAI企業は57社以上。ベンジオ氏が立ち上げたAI企業ElementAIやFluentAI、Automatなどのほか、フェイスブックやグーグルなどが拠点を構えている。
モントリオール
エドモントンのAIエコシステムは小規模だが、アルバータ大学を中心とする強固な研究者ネットワークを有しており、主にリサーチハブとして機能している。ディープマインドが初の海外オフィスを設置したのがエドモントンであることからも、同市がリサーチハブとして高い競争力を持っていることがうかがえる。
カナダ東部に位置するモントリオールやトロント、その反対の西部に位置するのがバンクーバー。地理的な違いから、AI分野でも他の都市とは異なる発展を遂げている。バンクーバーはもとともと起業家ハブとしての特性が強く、AI分野でもリサーチではなく、スタートアップハブとして機能しているという。
同市を本社とするAI企業は67社以上。シアトルやシリコンバレーなど西海岸ネットワークの影響を受け、IT、メディア、ゲーム、映画分野などでのAI活用が進んでいるという。
現時点でカナダのAI都市として主に注目を浴びているのがエドモントン、モントリオール、トロント、バンクーバーの4都市だが、ウォータールーなど他の都市でもAIエコシステムの醸成が進んでいるといわれている。AIの世界動向を知る上で、カナダの動向を見逃すことはできないようになるだろう。
文:細谷元(Livit)