AIが生んだ時間を、人にしかできない仕事へ。CNNが示すAI時代の報道のあり方
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AIの急速な普及によって、報道やコンテンツ制作の現場は大きな転換期を迎えている。情報収集や編集、映像制作などでAIの活用が広がる一方、ディープフェイクや偽情報への対応など、情報の信頼性をいかに担保するかも重要な課題だ。
こうしたなか、世界的なニュース専門メディアであるCNNは、AI時代に求められる報道・コンテンツ制作を実践的に学ぶ機会を提供する「CNN Academy Tokyo: Digital Storytelling in the Age of AI(以下、CNN Academy Tokyo)」を日本で初開催。同プログラムは2026年8月24日から28日までの5日間、上智大学四谷キャンパスを中心に実施された。

プログラムでは、CNNの現役ジャーナリストやプロデューサーらによる指導のもと、モバイルジャーナリズムやストーリーテリング、動画制作、AIツールの活用などを実践的な講義を行った。最終日には「速報報道とAIがニュースルームに与える影響」をテーマとしたセッションや、参加者が5日間の学びを生かして制作した課題作品の上映も行われた。
AIによって報道やコンテンツ制作はどのように変化しているのか。そして、AIでは代替できない人間の仕事とは何なのか。CNN Academy Tokyoで示されたAI時代の報道のあり方と、CNNが重視するジャーナリズムについて、CNNインターナショナル・コマーシャルのシニアディレクターを務める佐々木 奈津美氏に話を聞いた。

AIが変える、ニュースルームの時間
まず、AIの普及によりCNNの現場ではどのような変化が起きているのだろうか。
「翻訳業務や音声のテキスト化といった、これまで時間がかかっていた作業はAIの恩恵を受けています。加えてCNNには、社内で構築したリサーチサポートシステムがあります。46年にわたって蓄積されたアーカイブやデータベースに加え、ブレイキングニュース(速報)やヘッドライン、各地域の情報などに即座にアクセスが可能です。
世界各地のCNNが24時間体制でニュースを伝えるため、“Follow the Sun(時差を利用した引き継ぎ)”でバトンをつなぐなか、こうしたインハウスの仕組みが日常業務を支えています」
翻訳や情報の整理、世界各地との連携など、AIによって効率化できる業務は確実に増えている。一方で、最終チェックは人間が行う体制を徹底しているという。
AIにより情報整理にかかる時間を短縮できた分、現場では「現地取材など、人間がよりフォーカスすべき仕事に時間を割けるようになった」と佐々木氏は語る。

「先日発生した日本やネパールでの洪水のようなブレイキングニュースを扱う際も、調査報道を行う際も、長期的な時間を確保する必要があります。現地取材や電話での裏取り、取材先との信頼関係の構築には多くの時間がかかるためです。AIにより削減できた時間や労力は、このような人間が行うべき仕事に投資されています」
AIは情報の整理に長け、言語の壁を越えられるが、言葉のニュアンスや文化的な背景、取材対象者の心情を理解することまで自動化できるわけではない。CNNの現場では、AIを人間の代替ではなく、「人間が向き合うべき仕事に時間を使うためのツール」として位置づけている。
速さだけでは、信頼は守れない。CNNが掲げる“Facts First”の姿勢
AI時代において、特に重要性を増しているのが「何が事実なのか」を見極める力だ。
CNNが掲げる事実に基づいた報道理念“Facts First”は、スピードが求められるブレイキングニュースでも徹底されている。この姿勢は、CNN Academy Tokyoのセッションでも強調して伝えられた。
話題性のあるニュースはSNSで瞬く間に拡散される。しかしCNNでは、事実や情報源が確認されるまでは「確認作業中」であることを明示し、未確認の情報を報じない姿勢を貫く。
CNNには、ファクトチェックチーム・リーガルチーム・スタンダード&プラクティス(放送倫理)チームという3つの専門チームがあります。日本のメディアではデスクと呼ばれる担当者が一人で担うことが多い確認業務を、CNNではトライアドの取材当事者ではない第三者による厳格なガイドラインとリスク管理を通して世の中に公開しています」

日本のテレビ局や大手通信社でキャリアを積んできた佐々木氏も、CNNの強固なチェック体制には驚いたという。
「ディープフェイクやUGC(ユーザー生成コンテンツ)があふれるなかで、本当に信頼できる情報なのかを検証する人材の必要性は高まっています。今回のプログラムでもAIの便利さに触れつつ、AI時代に注意すべき点についてもしっかりと受講者に伝えています」
AIによって映像や音声、画像などのコンテンツが容易に加工できるようになった今、情報を速く伝えるだけではなく、正しい情報であることを確認してから伝える仕組みがこれまで以上に重要だ。そして、その真偽を検証する人間の存在価値は高まっていく。
AIでは短縮できない「人へ届ける」報道
佐々木氏は、AI時代のジャーナリズムを考えるうえで、もう一つ重要なことを強調する。それは「事実を伝えるためにはコストがかかる」ということだ。
「報道すべき事実は、目の前に転がっているものばかりではありません。しっかりと調査し、時間をかけて取材対象者との信頼を築き、ようやくたどり着ける事実もあります。今回のプログラムでも、CNN プロデューサーの小倉 潤子が『事実は、そこに人がいて心と感情があり、その人とのコミュニケーションがあってこそ知ることが出来る。そしてはじめて人に届く』と伝えており、私自身もその言葉に共感しました」

その象徴的な事例として佐々木氏が挙げたのが、CNNが2024年に報じた日本のホストクラブにおける売掛金問題と、そこから派生した性風俗へのあっせん問題に関する取材だ。この問題は社会的な関心を集め、その後の風営法改正にもつながっている。実態を公にするため、ジャーナリストは当事者と半年間にわたり信頼関係を築きながら取材を重ねたという。
「こうした意義のある報道は、簡単に作られるものではありません。体も心も時間も使い、取材対象者と心を通わせることではじめてかたちになる——。これこそがジャーナリズムの“コア”です。人々が心を動かされる瞬間は普遍的であり、私たちが果たすべき役割が変わることはありません」
どれほどAIによって制作時間が短縮されようと、事実を見つけ出し、人と向き合い、オーディエンスの心に届くストーリーへと昇華させるプロセスは、AIによって置き換えることはできないだろう。効率化が進むからこそ、時間や労力をかけて人と向き合い、事実を掘り起こすこと。その積み重ねがジャーナリズムの価値を支えている。
日本から世界へ——CNN Academyが育むグローバル視点
CNN Academy Tokyoの最終日には、受講者がチームで制作した動画作品の上映が行われた。参加者は、限られた時間のなかで意見を出し合い、一つの作品を完成させる課題に取り組んだ。報道やコンテンツ制作を取り巻く環境が変化するなか、CNN Academyを日本で実施した意義はどこにあるのだろうか。

佐々木氏によると、根底にあるのはCNNの創業者であるTed Turner(テッド・ターナー)氏の、ジャーナリストの育成を重視する考えだ。CNNは世界に約1,100社のアフィリエイトパートナーがおり、創業期からCJF(CNN Journalism Fellowship)を通じてパートナー向けのトレーニングを提供してきた歴史もある。
今回、日本初となる東京開催に至った背景について、佐々木氏は次のように語る。
「日本は経済・文化・テクノロジーの面で世界から注目される国であり、東京支局が発信するニュースはCNNの中でも非常に人気があります。日本の出来事を世界へ届ける人材、そしてグローバルに活躍できる人材の育成に貢献することに、大きな意義を感じています」
CNN Academy Tokyoには、メディア業界を目指す学生のほか、モバイルコンテンツ制作を学びたい現役のメディア関係者や企業の広報など、多様な受講者が集まった。多くの受講者に共通する課題は、グローバルな視点を身につけることだ。
「魅力的だと思うポイント」と「どう見せれば効果的に伝わるのか」が日本と海外では異なる。また、独自の言語や文化を持つ日本から世界へ情報を発信する場合、国内では説明不要なことでも、海外のオーディエンスには文脈的な補足が必要となる。前述したホストクラブの報道も、まずは「ホストクラブとは何か」を伝えなければならなかったという。
何を伝えるかだけでなく、「誰に、どう伝わるか」を考える視点は、グローバルな情報発信においては不可欠だ。
AI時代だからこそ必要とされるジャーナリスト
最後に、これからジャーナリストやメディア業界を目指す人々に向けて、佐々木氏からメッセージをもらった。
「AIの台頭により『ジャーナリストは必要とされないのではないか』と不安に思う人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。情報があふれている時代だからこそ、社会の実態や人々の声を世に届ける役割が必要とされています。『それを伝えられるのはあなたしかいない』とお伝えしたいです。また、伝えるための手法はさまざまなかたちで学ぶことができ、CNN Academyもその一つです」
現場へ足を運び、人と出会い、その声に耳を傾け、事実を確かめる。そして、その真実を誰かの心に届くかたちで表現する——。AIはそのための時間を生み出すツールだ。しかし、何を伝えるべきかを判断し、発信した情報に責任を持つのは、人間の仕事であることに変わりはない。
AI時代のジャーナリズムは、人間にしか果たせない本質的な価値とは何かを改めて問いかけている。