その言葉、本人を目の前にして言えますか? 卓球・金メダリスト水谷隼さんが語る、応援と誹謗中傷の境界線
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※この記事はLINEヤフーストーリーからの寄稿記事になります。
※写真:サムネイル写真提供は卓球レポート/バタフライ、本文中写真の提供はアフロスポーツ
「応援」や「叱咤激励」のつもり。でも、その言葉は、相手にどう届いているでしょうか。
スポーツの試合後、SNSやコメント欄には、選手を励ます温かい言葉のほか、プレーなどへのさまざまな意見が寄せられます。そうしたコミュニケーションは、ファン文化を支える大切な要素の一つです。一方で、「応援のつもりだった」「冗談だった」「みんな言っているから」という言葉が、当事者を深く傷つけてしまうこともあります。
応援する側の思いと、受け取る側の感じ方。その間には、どのような境界線があるのでしょうか。
コメント欄を運営するLINEヤフーにとっても、誹謗中傷は向き合い続けるべき重要な問題です。
今回は前編として、卓球の五輪金メダリスト・水谷隼さんに、SNSで受け取った応援の言葉や傷ついた言葉、そして、ご自身が考える「応援と誹謗中傷の境界線」について聞きました。
- プロフィール
- 水谷隼(みずたに・じゅん)さん
- 1989年静岡県生まれ。全日本選手権男子シングルスで史上最多10回の優勝を達成。リオデジャネイロオリンピックで男子シングルス銅・団体銀、東京オリンピック2020では伊藤美誠選手との混合ダブルスで日本卓球界初の金メダルを獲得した。現役引退後は、解説やタレント活動、卓球の普及活動など幅広く活躍。また、Yahoo!ニュース エキスパートとしても活動中。
1.応援される喜びと、SNSによる距離感の変化
――SNSなどの応援コメントは、どの程度見ていらっしゃいましたか?
ダイレクトメッセージも含め、見られる範囲ではほぼすべて見ていたと思います。オリンピックなどの大きな大会になると、何十件、何百件と届くので、全部は追いきれません。それでも、面識のない方からのものを含めて、できるだけ目を通していましたね。
――心に残っている言葉、励みになった言葉はありますか?
本当にシンプルな言葉です。試合に勝った時の「感動しました」「ナイスファイト!」「いい試合でしたね」といった言葉や、負けた時の「気持ちを切り替えて次、頑張ってください」「これからも応援しています」といった前向きなコメントは、どれも励みになりました。
――SNSの普及で、ファンとの距離感は変わりましたか?
距離はかなり縮まったと思います。僕はもともとブログで情報を発信していたのですが、移行する形で2013年頃から本格的にSNSを始めました。当時は卓球のプレースタイルや試合結果を見て応援してくださる卓球ファンが大半でした。
今はSNSのダイレクトメッセージを通じて、要望やアドバイス、感謝の言葉などが直接届くようになりました。アスリートの場合、自分のライフスタイルなど、パーソナルな部分も含めて応援してくださる方が増えたように感じます。
――勝敗によって、コメント欄の空気が大きく変わることはありましたか?
それはありましたね。負けた時には「世代交代だ」「引退した方がいい」といったネガティブなコメントが増えました。特に、日本代表として出場するオリンピック、世界大会などは、普段、卓球を見ない方も大勢見ます。そのため、目の前の結果だけで評価されやすく、負けるとコメント欄の空気が大きく変わりました。

2. 応援のつもりでも傷つくことが。苦しかった言葉、愛あるいじり
――選手時代、厳しいけど「応援のつもりなんだろうな」と感じるコメントと、応援には感じられない「傷ついたコメント」の違いは何でしたか?
応援のメッセージはお伝えしたように、シンプルにリスペクトや気持ちが伝わってきます。一方で、応援のように見えて、僕からすると攻撃のように感じるコメントもありました。
たとえば、ある試合で、誰が見ても勝つチャンスがほとんどないほど一方的にボロボロに負けた後、「めちゃくちゃいい試合でした。また次も、この調子でお願いします」と書かれたことがあります。表面上は応援に見えるかもしれません。でも、当事者には皮肉やからかいとして伝わります。
その人なりに応援してくれていたのかもしれませんし、僕がふがいないプレーをしてしまったからかもしれませんが、心をえぐられるような傷として残りました。
――勝敗だけを見て評価されている、と感じたコメントはありますか?
ありましたね。日本代表の試合などでは、普段は卓球を見ない方も含め、多くの人がその日の結果だけで評価します。負けた途端に「世代交代だ」と言われると、それまでの過程やプレーそのものではなく、目の前の勝敗だけを見ているのだと感じることもありました。
――試合結果やプレーに対する「愛あるいじり」という言葉は成立すると思いますか?
個人的には、少なくとも、試合の結果やプレーに対する「愛あるいじり」は成立しないと思っています。テレビのバラエティー番組のような場面ならまだしも、選手は試合に全力で臨んでいます。全力を尽くしても結果が伴わないことはありますが、それを本人に対して茶化すような言葉は、正直いらないと思います。悔しい思いは誰よりも本人がしているはずなんです。
――「好きだからこそ厳しく言いたい」という意見については、どう感じますか?
厳しく言いたい気持ちはよくわかります。ただ、技術やプレーについて厳しいことを言う役割は、目の前にいるコーチや監督、スタッフが担っています。自分のSNSで試合の感想を述べることまで否定するつもりはありません。ですが、本人に直接コメントやDMを送ること、あるいは、不特定多数の方にも見える場所で意図的に届けることはどうなのかな、と僕は思います。

――当事者として感じる「応援」と「誹謗中傷」の境界線は、どこにあると考えていますか?
こういう時代ですから、細かく一律に線を引くのは難しいと思います。ただ、受け取る側がどう感じるかによって変わってくるのではないでしょうか。
僕は経験を重ねて、ある程度は受け流せるようになりましたが、フォロワー数が増え始めていた頃はまだ慣れていなかったので、一つひとつのアンチコメントを受け流すことができませんでした。自分の家族もそれを見て、心配したり、感情的になったりしていたこともあります。
特に若い選手の場合、届くコメントが数件から数十件に増えていく時期は気にしてしまい、プレーに影響することもあると思います。これは競技を問わず、あらゆるスポーツ選手に共通する悩みではないでしょうか。
――「これは誹謗中傷かどうかの判断や対応が難しいな」と感じた経験はありますか?
明確な脅迫ではなくても、投稿のたびに悪意のあるコメントを続ける人がいました。一つひとつは誹謗中傷と断定しにくくても、毎回続けば大きな負担になります。自分が対応することで、さらに影響が広がってしまうこともあります。どう対応するべきなのか、非常に難しさを感じた経験でした。
――明らかに度を超えた誹謗中傷や脅迫も受けたことがあるそうですね。当時、どのように対応されましたか?
お伝えした通り、一時的ではなく、継続的に誹謗中傷を受けていました。
また、オリンピックの時には、「死ね」といった言葉が、英語や中国語などさまざまな言語で何百件も届きました。あまりにも量が多いため、途中からは何も感じないようにして、受け流さなければプレーできない状態になっていました。相談はマネージャーなどにしていましたし、粘着行為では身の危険を感じたこともあります。
今は、度を超えたメッセージが来たら証拠として保存し、必要に応じてしかるべき窓口に相談することにしています。ちょっとした投稿であっても、相手やその家族の人生を変えるほどの影響を及ぼす可能性がありますし、その責任を伴います。そのことをよく理解してほしいです。

3.ファンに伝えたいこと、理解してほしいこと
――当事者として、ファンに理解してほしいことはありますか?
SNS上で向けられた言葉は、ポジティブなものも、ネガティブなものも、本人を目の前にして言われるのと同じように感じます。ですから、投稿する前に、「本人が目の前にいても、同じことを言えるか」をしっかり考えてほしいです。目の前で直接言えないのであれば、投稿するべき言葉ではないと思います。
また、応援のつもりでも、当事者を傷つけることがあります。受け取る側がどう感じるかを、一度立ち止まって考えてほしいですね。
――現役時代、誹謗中傷について声を上げたり、相談したりする難しさはありましたか?
現役時代は、一つひとつの言葉に反応していたらプレーに影響してしまうため、ある程度は諦め、受け流さざるを得ませんでした。苦しんでいても、それを表に出さず、自分の中で抱えている選手は多いと思います。正直、とてもセンシティブで、周囲に相談もしづらいテーマなんです。
「嫌ならSNSをやめればいい」と言われることもありますが、今のスポーツ選手にとってSNSは仕事の一部です。活動の発信は、スポンサーやファンとのつながりを築くためにも重要です。ある意味で、SNSをやめることは、仕事をやめることに近い。簡単に離れられるものではないということも知ってほしい現実です。
――スポーツ選手への誹謗中傷を減らしていくために、今後どのような対応が必要だと思いますか?
オリンピックのたびに選手への誹謗中傷が問題になります。また、スポーツ選手だけでなく、芸能人や政治家への攻撃も非常に多く、見ていて心が痛みます。
スポーツ選手は本来、競技に集中したいはず。そして、周りの人が代わりに解決するのもなかなか難しい。そんなことに時間を割いている場合ではないのですが、当事者自身もある程度、対応する力を身につけなければ、どんどん苦しくなってしまうのではないか、と感じています。
ただ、当然、選手だけで解決できる問題ではありません。国やプロバイダー、SNSの運営会社、プラットフォーマーなどにも、より具体的な解決に向けた取り組みを進めてほしいですね。
――これから、どんな応援文化になってほしいですか?
自分が言われてうれしい言葉を、相手にも届ける文化になってほしいです。SNSやプラットフォームのコメント空間には悪い面だけでなく、ファンとの距離が縮まり、これまで伝えられなかった思いを自分の言葉で直接伝えられるという良さがあります。その良い部分を広げ、悪意のある利用を減らせる仕組みと文化が育ってほしいですね。
複数の投稿型サービスを展開する LINEヤフーにとっても、誹謗中傷は向き合い続けるべき重要な問題です。後編では、元メジャーリーガーの上原浩治さん、元競泳日本代表の萩原智子さんのアスリート2名に加えて、精神科医の井上智介さん、弁護士の岡野武志さん、LINEヤフーの政策渉外担当者とともに、私たちに何ができるのかをさらに考えます。10月1日に公開予定です。
取材日:2026年8月13日
文:LINEヤフーストーリー編集部