AIに頼るほど「共感力」が衰える? WEFが指摘する、AI時代に必要な“人と向き合う力”とは
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「このメール、もう少し柔らかい表現にして」
そんな一言をAIに投げかけることは、今や珍しいことではない。
メール文の作成、企画書のブラッシュアップ、会議の要約、プレゼン資料の整理など、AIは私たちの仕事を支える心強いパートナーになりつつある。
特に、謝罪やフィードバック、依頼や提案を断る連絡など、「どう伝えればよいか悩む場面」では、その力を借りた経験がある人も多いだろう。
実際、アメリカでは35%の従業員が、センシティブな内容を含む職場でのコミュニケーションについて、AIを使って文章を作成・修正した経験があるという調査結果もある。
便利なのは間違いない。しかし、世界経済フォーラム(以下、WEF)は、AIにコミュニケーションを委ねることのリスクを指摘している。
AIを使うこと自体が問題なのではない。問題なのは、人と向き合う力までAIに任せてしまうことかもしれない。
「このメール、AIに書いてもらおう」
AIが広がったことで、文章を書くハードルは劇的に下がった。取引先へのメール、部下へのフィードバック、採用候補者への返信、顧客への謝罪。これまでは時間をかけて考えていた文章も、数十秒で下書きが完成する。
もちろん、これは大きなメリットだ。言葉遣いを整えたり、伝わりやすい表現に修正したりすることは、AIが得意とする領域である。英語など外国語でのコミュニケーションでは、その恩恵はさらに大きい。
一方で、AIを日常的に活用するなかで、違和感を覚えた経験がある人もいるのではないだろうか。
AIが作成した文章は完成度が高くても、読み返してみると、普段は使わない単語や言い回しが含まれ、「どこか自分らしくない」と感じることがある。
特に、長くやり取りを続けている取引先や同僚であれば、「いつもの文章と少し雰囲気が違う」と違和感を覚えるかもしれない。そのため、AIが作成した文章をそのまま送るのではなく、下書きとして活用し、自分らしい言葉に書き換える人もいるだろう。
AIは文章を書く手助けをしてくれる。しかし、その文章を「自分の言葉」にする最後の作業ができるのは、人間だけだ。
WEFが警鐘を鳴らす「共感力のギャップ」
AIが職場のコミュニケーションに浸透するなか、WEFは、AIを適切に活用しながら良好な人間関係や信頼関係を築くためには、「AIリテラシー」だけでは十分ではないと指摘している。
そこで、WEFが提言するのが、「エモーショナルリテラシー(Emotional Literacy)」という考え方だ。これは、自分や相手の感情を理解し、適切に伝え、受け止める力を指す。WEFは、AIを使いこなす技術と同じく、エモーショナルリテラシーを育てることが重要だとしている。
背景にあるのは、「エンパシー・ギャップ(Empathy Gap、共感力のギャップ)」という問題である。
AIは、以下のような共感しているように見える文章を書くことはできる。
「ご不安なお気持ち、お察しします」「ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
AIによるこうした表現は自然に見えるが、データをもとに最適な言葉を生成しているのであって、人間の感情を本当に理解しているわけではない。
そして、もし私たちが難しい対話を繰り返しAIに任せるようになれば、自分自身が相手の立場を考え、言葉を選び、気持ちを伝える機会そのものが減ってしまう。
WEFは、共感をAIにアウトソースし続けることで、人間自身の共感力が衰える可能性があると警鐘を鳴らしている。
AIはコミュニケーションを効率化する。でも、信頼を築くのは人だ
もちろん、AIを使うこと自体は悪いことではない。定型的な文章を作成したり、情報を整理したりする場面では、大きな力を発揮する。しかし、文章を作ることと、人間同士が信頼関係を築くことは同じではない。
例えば、謝罪メールを書くとき、多くの人はAIが提案した文章をそのまま送るのではなく、自分の言葉へと手直しするだろう。それは、AIの文章が不自然だからではない。相手とのこれまでの関係性や、自分らしい言葉遣いを反映したほうが、気持ちが伝わると感じるからだ。
人は、単に「正しい文章」を読んでいるのではない。「この人が、自分のために言葉を選んでくれた」と感じたときに、相手への信頼を深めていく。だからこそ、AIが作った文章をそのまま送るよりも、自分の言葉として伝え直すことには意味がある。
特に、管理職にとってこの違いは重要だ。部下へのフィードバックや評価面談、顧客とのトラブル対応などでは、適切な言葉を選ぶだけでなく、「この人は自分と向き合ってくれている」と相手に感じてもらえるかどうかが、信頼関係を左右する。
AIはその対話を支援できる。しかし、相手との信頼関係を築く最後の一歩は、人間自身が担うしかない。
AIリテラシーだけでは足りない
現在、多くの企業でAI活用に関する研修が始まっている。プロンプトの書き方や業務への活用方法、情報漏えいへの注意点など、AIリテラシーを身につける取り組みは今後さらに増えていくだろう。
一方で、「相手の話を聞く力」「フィードバックを伝える力」「対立を建設的な対話へ変える力」といった、人間同士が向き合うためのトレーニングは十分に行われているだろうか。
WEFは、これから企業がAIリテラシーとエモーショナル・リテラシーをセットで育成することが重要だと指摘している。AIを使いこなす技術だけではなく、「どこまでAIに任せ、どこからは自分が向き合うべきか」を判断できる人材が求められているのである。
これから企業が育てるべきなのは、「AIを使える人」ではない。AIと人間、それぞれが果たすべき役割を理解し、両者を適切に組み合わせられる人材なのではないだろうか。
AI時代に価値が上がるのは、「人に向き合う力」
AIは、文章を書くことも、会議を要約することも、アイデアを整理することもできる。将来、その能力はさらに向上していくだろう。
しかし、相手の表情を見ながら言葉を選び、不安や怒りに耳を傾け、ときには自分の非を認めながら信頼関係を築くことは、人間にしかできない。
だからといって、AIを使わない方がよいというわけではない。AIを適切に活用することで、人間は対話や相手への配慮など、人にしかできないことにより多くの時間を割けるようになる。重要なのは、AIが作成した文章をそのまま使うのではなく、自分の言葉として相手に届けることだ。
AIは、文章を生成することはできる。しかし、その言葉が自分らしいかどうか、相手との関係性にふさわしいかどうかを判断し、最後に責任を持って伝えるのは人間である。
これからのAIリテラシーに求められるのは、プロンプトを書く技術だけではない。AIにできることが増える時代だからこそ、何をAIに任せ、何を自分で担うのかを見極め、人と向き合う力を失わないことが重要になる。
それこそが、AIと共に働く時代に求められるリテラシーなのではないだろうか。
文:中井 千尋(Livit)