皆さんには、お気に入りのファッションブランドはあるだろうか。

海外の有名ブランドが好きな人もいれば、ユニクロやH&Mのような、所謂ファストファッションが好きだという人もいるだろう。

だが、普段洋服を買うことはあっても、自分でブランドを作ってしまおう、と考える人は少数ではないだろうか。

そこで今回は、今年6月に、自らのオリジナルファッションブランド「kenia marilia(ケニアマリリア)」を立ち上げた、座波ケニアさんに、ブランド作りに対する想いや制作の裏側についてお話を訊いた。

洋服作りだけでなく、この時代に自分のブランドを立ち上げることの意味、について興味のある方は、ぜひ読んで欲しい。

服作りの全行程に関わる「生産管理」という仕事

──本日はよろしくお願いします。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

座波:生まれはブラジルのサンパウロで、日本に来たのは4歳の時です。

アパレル業界に入ったのは22歳の時で、これまでトータルで12年間ほどの業界経験です。

営業や企画、衣装デザインのサンプルなど様々な仕事に携わった中でも、最も深く長く関わっているのが、服の「生産管理」という仕事です。

──生産管理とは、どのようなお仕事なのでしょうか。

座波:服作りに関する全ての工程における段取りを組み、製品のクオリティコントロールを行う仕事です。

洋服をつくる場合なら、生地屋さん、ファスナー、ボタン、裁断屋さんや縫製屋、仕上げ屋、物流など、色々な部署を巻き込んで仕事をし、常に連携をとるハブのような存在です。

時には、制作進行だけでなく、企画チームと組んで打ち合わせをすることもあります。生産管理は工場側の状況などを把握しているので、予算を交えた話し合いや決定などにも携わります。

また、1人で何十型も同時進行で管理するのが普通で、納期に間に合わせるために、工場の割り振りや、資材の調達タイミングなどをシビアに決めていく仕事でもあります。

──想像するだけでも目が回りそうです。座波さんのように、フリーで生産管理の仕事をされている方は多いのでしょうか。

座波:いまフリーランスで生産管理の仕事をしている人は、私の知っている限りでは、ほとんどいませんね。
おっしゃる通り、色々な場所と連携を取らなければいけない大変な仕事なので、会社の中でやっているほうが確実に効率は良いんです。

あとは機密事項も多いので、経験者で信頼を築けている人でないと難しいかもしれません。

私自身も、許可がないとSNSではサンプルの制作過程は1つもアップできません。

「着物の文化を救いたい」という想いから立ち上げた

──座波さんが立ち上げられたファッションブランド「kenia marilia(ケニアマリリア)」について教えてください。

座波:ケニアマリリアのコンセプトは、「新しい和服のスタンダードを作る」です。
きっかけは、海外で演奏するアーティストの衣装を手がけているのですが、その衣装のほとんどは着物一着を解体して作ったものです。

アメリカやエチオピア、ドバイ、エリトリア、イスラエルでも公演したのですが、とにかく着物は大人気なんです。

トラディショナルテキスタイルを使っていると説明すると、みんな本当に良いリアクションが来て、着物の文化がとても愛されてることを実感したのです。こんなに外で人気で愛されてるのに国内の厳しい状況のギャップをみてどうにかしたい、という想いが湧いてきました。

なのでまず、『着物の川上産業の需要を増やそう』と思いました。


座波さん note記事より

──着物の川上産業とは、どういう意味でしょうか。

座波:つまり、着物が着られなくなると、着物自体の生産量が当然落ちるわけです。
流通自体が減ると、文化自体が衰退していってしまいます。

文化の衰退や、需要の低下を食い止めるためには、新しい需要を生み出すしかないと思いました。でも、そのまま着物をつくるだけでは受け入れられない。

着物文化は守られていくべきですが、もう少し、日常生活に着物の文化を取り入れられないかなと。

現代では、着物を着ることは、成人式や結婚式お祝い事のハレの日や夏に着る浴衣くらいで、基本的に多くは非日常で着ますよね。そもそも着物自体も気軽にトライできない雰囲気があります。

そこで、着物の素材を使って新しい洋服をつくることで、生産の衰退を少しでも食い止めれたらと思ったんです。

──ケニアマリリアのターゲット層は、どのあたりを狙っていますか。

座波:基本的に、20代から30代くらいの女性が、オフィスやお出かけに着ていけることを想定しています。

これまでも似たようなコンセプトだったり、商品だったりは、存在するにはしていたんですが、少なくとも私が日常で着たいと思うものは少なかったんですよね。

日本の伝統文化がもっと生活の中に生きていたら、今よりもう少し自信が持てたりもう少し前向きになれたりするのかなと思います。

女性がハッピーで自信と誇りを持って笑顔で生きていけたら、周りの男性もハッピーになるので、相対的に全員ハッピーになるのではないかと(笑)

平和や笑顔って、誰か1人から始まることだから、そういう意味でどこにでも着ていけるデザインであるというのは、良い循環になるのではないかと思ってます。

販路拡大・宣伝が自分で出来る時代だからこそ実現

──そもそも、なぜ自らファッションブランドを立ち上げようと思われたのでしょうか。

座波:ブランドを今やろうと思った一番の動機は、自分で販路を拡げることが出来る時代になったから、ですね。

本当は学生時代にやっても良かったし、社会人1年目の時にやってもよかった。その時にはもうやりたかったので。でも当時は、1人の力で裁縫工場と契約する信頼がまだ無かったり、宣伝告知をローコストで出来る環境が整っていませんでした。LINEもありませんでしたからね。

アパレル会社時代、すごく腕のいいデザイナーさんがいました、しかしどんなに良い洋服を作ったとしても、それが世間に知られなければ存在していない、と気付かされて悔しい思いをしました。

なので今ならTwitterやSNSで発信出来る、販路も自分で開拓できる、やるなら今だ!と思って踏み切った、という感じです。

とは言え、ブランドを立ち上げること自体はそこまで難しいことではありません。
難しいのは、そのブランドを続けていくことです。

──アパレル業界自体にも変化を感じますか。

座波:感じますね。いまはアパレル業界にとっても、大きな転換期に来ていると思います。

これはどの業界においても言えることだと思いますが、以前通じてたやり方が通じなくなってきた、という感覚があります。

アパレルは参入障壁が低いと思われがちですが、実は、間口はとても狭い業界です。例えば、Tシャツにロゴをプリントすることと、ジャケットを型紙から作るのとでは、難易度に大きな差があります。

昔はそうした差を埋めることは難しかったですが、今では少しずつ、そうした状況が変わってきています。

なので今は転換期。変化することに躊躇しない、柔軟であることが鍵だと思います。

厳しい制約の中で、いかに高品質なものを作れるか

──ブランドを立ち上げるプロセスの中で、難しかった点はどのようなところですか。

座波:着物という制約の中で、服をどのように組み立てるか、と考える点が難しいですね。

私の場合は、一着の着物を解体し、また洋服として組み直す、という作業をします。通常、洋服生地というのは、幅が1メートルから1.5メートルで、裁断したり縦横組み合わせて自由な形を作ります。

でも、着物の場合、幅が34センチ程度しかないんです。着物1着を余すことなく利用して洋服をつくるというのは、もはや設計や図工みたいなものです(笑)

あとは、洋服の開発は全て自分で、イチから考えることばかりだったので苦労しました。型紙を自分で何回も直して、裁断して、着物の文脈を崩さないように調整する。繊細な素材なので、洗う時も破けてしまわないように気を付ける。むやみに洗濯機にかけると裂けてしまう場合もあって取り扱い方も試行錯誤しました。

もちろん、わざわざこんなに手間を掛けないでも、無地の白Tシャツにワンポイントで着物のアクセントを付ける、といったことも可能です。

でもそれだけでは、生産の衰退を食い止める、ということにはならないと思うんです。

私はあくまでも、新しい需要・新しいカテゴリーを生み出したいと考えています。新しいカテゴリーを作って、新しい文化が生まれれば、そのための生産が出来るようになってくる。それで川上産業が少しでも上昇できればと考えています。

なので、立ち上げ期の今の段階では、時間を掛けてしっかり自分に落とし込んで生産しないと意味がないかなと思っています。

──着物に対する、お堅いイメージが少しでも変わればいいですよね。

座波:そうですね。実は、時代の変化と共に、着物も進化をしてきました。

現代では十二単(じゅうにひとえ)を着ている人はいませんよね。着物は長い時間を掛けて、マイナーチェンジをずっと繰り返して、今の形に落ち着いているんです。

室町時代の頃などは、袖が筒状になっていたり、大きくなっていたり。袖だけでもかなり変わっています。でも、着物という文化自体は、失われていない。

なので、私もその流れの中で、変化における新しいカテゴリーを一つ作ってお手伝いできたらな、と思っています。

ファッションブランド作りに必要なのは、やり切るガッツと覚悟

──ケニアマリリアの売り場所や、値段については、どのように考えられていますか。

座波:販売はECメインにし、値段もちゃんと手が届くもので考えてます。幸い生産の経験が長く1人で始めている事業なので過去の経験や環境をうまく活用して双方が満足できる製品をつくっていきたいですね。

──自分のファッションブランドを始めるために、必要なスキルは何ですか。

座波:必要なのは、やり切るガッツと、覚悟です(笑)

正直なところ、小難しいテクニックはそれほど必要ないと思っています。自分よりも技術的に出来る人はたくさんいるので、困ったらプロに頼ることもできるので、それより「自分はこれをやりたいんだ」という明確なビジョンとガッツを持って、最後までやり切ることです。

TwitterのDMでも、たくさんブランドの立ち上げについて質問されます。

でも結局、「あなたは何をやりたいの?」という質問に行き着きます。

あと、これからブランドを立ち上げたいと思ってる人に、知っておいてもらいたいのは、立ち上げることより続けることのほうが何倍も難しい、ということ。

──なぜ難しいのでしょうか。

座波:そもそも洋服作りというのは、自分が思い描いている通りの物が出来なくて当たり前です。脳みその中にある完成イメージを相手に伝える能力も必要ですし、上がってくるサンプルの妥協線を決めることも大切。

サンプルを一つ作るのにしたって、1着数万円はザラ、そういう目に見えない大変さがあるのでそれらを乗り越えて、最後までやり切る力が大切です。

私が色々な人を見てきた中で、今でも上手くいってるなと思う人は、みんな明確なビジョンを持っています。そして誰も諦めない。

ダメだと思った瞬間がもうダメ。それくらいの熱量が必要です。

とくにアパレルは、現物商売。コンスタントに製品を作り続けていくためには、キャッシュフローももちろん大事工場への信頼や資材屋さんとの信頼、パターン屋さんとの信頼など、とにかく関係づくりと信頼づくりを泥臭く続けて、人相手に商売をする。

制約が多いという意味では、無形商売とは違った大変さはあると思います。

友人に贈るように、相手にとって何がベストかを考え続ける

──この仕事のやりがいとは何だと思いますか。

座波:私は今やっている仕事については、やりがいというより自分に与えられた一つの役目だと感じています。

生産管理の仕事は精神的・体力的にもハードなので、合う合わないが分かれます。自分は何とか十数年やってこれたので、これはもう天職かなと。

とは言え、昔は段取りも何も上手くいかなくて、デスクで泣いていたこともありました。でも当時の先輩から教わったのは、泣いても納期は縮まらない、ということ。泣いたからといって私の仕事は終わらないから、冷静にそれを全うするだけ。それをやり続けたら今になった、という感じです。

反省はするけど、落ち込まない、ということを学びましたね。

──人気の出るファッションブランドを作るためには、どうしたらいいのでしょう。

座波:正直なところ、それは分かりません。

でも、私がいつも心がけているのは、大切な友だちに贈りものを作る、という気持ちです。あの友だちにスカートを作ってあげたら喜んでくれるかな、この色似合うだろうなとか。なので、私の大切な人に向けて文字を書きたいし、製品を作っていきたいし工程も知っていって欲しいですね。

相手にとって、何がベストなのか、それを考え続けることが大切だと思います。

──最後にこれからの展望をお願いします。

座波:このケニアマリリアというブランドが、多くの人に、必要とされる存在になっていきたいですね。

みんなのクローゼットの中に、必ず1着入っているような、「今日は何着ていこうかな」の選択肢の中に、ケニアマリリアが入っていてくれたらすごく嬉しいです。

そしてそれが世界中の人だったら、もっと嬉しい。

海外の人たちにも、日本の文化を、もっと身近に感じてもらえたら最高ですね。

取材・文:花岡郁
写真:西村克也