サッカー・アルゼンチン代表を追い詰めた人口53万人の島国――カーボベルデに学ぶ「小さくても世界と戦う」国家戦略
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サッカー・アルゼンチン代表(以下、アルゼンチン代表)の猛攻を、何度も止めたゴールキーパーがいた。
2026年7月、FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦。前回王者アルゼンチン代表と対戦したのは、大西洋に浮かぶ小さな島国、カーボベルデの代表チームだった。
Lionel Messi(リオネル・メッシ)選手率いる優勝候補を相手に、カーボベルデ代表は延長戦までもつれ込む大接戦を繰り広げる。最終的には2対3で敗れたものの、世界中のサッカーファンに「カーボベルデとはどんな国なのか」という強烈な印象を残した。
人口約53万人。日本の一都市のような人口規模の国が、なぜ世界王者をあと一歩まで追い詰めることができたのか。
その答えは、サッカーだけでは説明できない。実はカーボベルデという国そのものが、「小さくても世界と戦う方法」を国家レベルで実践してきた存在だからである。
人口53万人ではなく、「世界中のカーボベルデ」で戦う

カーボベルデは、アフリカ西岸から約600キロメートル沖に浮かぶ10の島からなる共和国である。火山島が連なり、農地は限られ、天然資源にも恵まれていない。経済規模も決して大きくはない。
それでも近年、この国はアフリカ有数の安定した成長を続けている。観光産業は大きく伸び、2024年の実質GDP成長率は7.3%を記録した。行政のデジタル化も進み、再生可能エネルギーや海洋経済への投資も加速している。
その背景には、一つの特徴がある。カーボベルデは、国の力を「国内に暮らす約53万人」だけで捉えていない。
歴史的に、多くのカーボベルデ人が仕事や教育の機会を求め、ポルトガル、フランス、オランダ、米国などへ移住してきた。その結果、海外には数十万人規模のカーボベルデ系コミュニティが形成されている。
サッカーの代表チームも同じである。ヨーロッパの育成組織で成長した選手たちが、自らのルーツであるカーボベルデ代表を選択する。つまり彼らは、人口約53万人だけで代表チームをつくっているわけではない。世界各地に広がるカーボベルデ系コミュニティが、代表チームを支えているのである。
この構図は、経済でも同じだ。世界銀行によると、海外からの個人送金はGDPの約12%を占める。だが、重要なのは送金だけではない。海外で経験を積んだ人材が知識や人脈、投資を母国へ持ち帰ることで、新たな産業や雇用が生まれる。
日本では、地方から東京へ出た若者を「流出」と表現することが多い。しかしカーボベルデは、国外へ出た人々を「失われた人口」ではなく、「世界中にいる仲間」と捉えている。
この発想の転換こそが、人口規模の小さい国でありながら世界と戦える理由の一つなのである。
「何がないか」ではなく、「何があるか」で戦略を組み立てる
もちろん、カーボベルデには課題も多い。農業の制約となる乾燥した気候、化石燃料の輸入依存、小さな国内市場、島国ゆえの物流コストなど、国の成長を制約する条件ばかりだ。
しかし、カーボベルデはこうした制約を抱える一方、「足りないもの」を補うより「すでに持っているもの」を最大限に生かす道を選んだ。その代表例が観光業である。
サル島やボア・ビスタ島の白砂のビーチ、サントアン島の雄大な渓谷、フォゴ島の活火山ピコ・ド・フォゴ、サン・ビセンテ島の音楽文化など、島ごとに異なる自然や文化を観光資源として磨き上げてきた。
現在、カーボベルデを訪れる宿泊観光客は、年間で人口を大きく上回る規模に達しており、その多くをイギリスやポルトガル、ドイツ、フランスなどヨーロッパからの観光客が占める。世界銀行は、観光を中心としたサービス業が近年の経済成長を支えていると分析する。
ここで注目すべきなのは、人口約53万人という国内市場の小ささを、海外から観光客を呼び込むことで補っている点である。
国内市場が小さくても、海外から需要を取り込むことで成長の余地は広げられる。人口が少なくても、人々が訪れる価値を生み出すことはできる。こうした発想は企業経営だけでなく、人口減少が進む地域社会にとっても示唆に富む。
居住人口が縮小していても、地域外から継続的に関わる人や訪問者を含めれば、その地域の可能性は大きく変わるからだ。
小さいからこそ、速く変化できる
人口が少ないことは、弱みばかりではない。むしろ組織として考えれば、規模が小さいことは変化の速さにつながる可能性がある。
カーボベルデ政府は現在、行政サービスのデジタル化を国家戦略として進めている。行政手続きのオンライン化だけでなく、デジタル人材の育成やスタートアップ支援にも力を入れ、西アフリカのデジタルハブを目指している。
人口規模の大きな国では、制度改革に時間がかかる場合が多い。しかし人口規模の小さい国では、一つの政策を全国へ展開するスピードが速い。これはスタートアップ企業が、大企業よりも素早く方針転換しやすい状況に似ている。
人口約53万人という規模の小ささは、変化への対応のしやすさにつながる可能性もある。だからこそ、カーボベルデを「小さな国」と見るだけでは、この国の本質は見えてこない。むしろ、一つの「スタートアップ国家」として見ると、その戦略の輪郭がはっきりと浮かび上がってくる。
行政を「スタートアップ化」する
行政に投入できる人材も予算も限られる人口約53万人の島国。だからこそ、カーボベルデはデジタル化を「便利な行政サービス」ではなく、国家の競争力そのものと位置付けている。
カーボベルデ政府は2030年までに公共サービスの8割以上をデジタル化する目標を掲げ、行政手続きのオンライン化を進めている。
領事サービスでは、多くの申請が1日以内に処理されるようになり、電子決済や電子証明書も普及し始めた。世界銀行は、こうした改革によって行政サービスへのアクセスが改善し、企業活動や海外在住者との接点も強化されていると評価する。
さらに、首都プライアと港町ミンデロには「TechPark CV」が整備され、西アフリカ地域のデジタルハブを目指す構想も進む。

https://www.techpark.cv/#/newsdetails/24
重要なのは、これらを単独のIT政策として見ることではない。行政のデジタル化が進めば、起業や事業運営に伴う手続きの負担軽減につながる。海外在住のカーボベルデ人も行政サービスを利用しやすくなり、島同士が離れているという地理的な制約の緩和も期待できる。
デジタルは一つの産業ではなく、人口規模の小さい国の弱点を補うインフラなのである。
「海しかない」を「海がある」に変える
カーボベルデが自国の強みを生かす取り組みの一つが、ブルーエコノミーだ。海洋資源を持続可能に活用し、漁業、養殖、港湾、海運、海洋観光などを成長につなげる考え方である。
カーボベルデは、相対的に陸地が小さい一方、大西洋には広大な排他的経済水域が広がる。こうした地理的条件そのものは変わらないが、カーボベルデは海を制約ではなく、経済成長に生かせる資源として捉えている。
つまり、「島だから不利」という発想を「海洋国家だからこそチャンスがある」に転換したのである。
EUや欧州投資銀行(EIB)は、港湾や再生可能エネルギーへの大型投資を進めており、カーボベルデ政府も港湾インフラの整備や海洋産業の高度化を国家戦略として位置付けている。海を国境ではなく、市場への入口と捉えているのである。
これは企業にも通じる。同じ経営資源でも、「制約」と見るか、「独自性」と見るかで、戦略はまったく変わる。
再生可能エネルギーは環境政策ではない
カーボベルデは風力・太陽光を生かしたエネルギーへの投資も積極的に進めている。一見すると脱炭素政策に見えるが、その側面には経済政策としての狙いもある。
カーボベルデはエネルギー供給の多くを輸入した化石燃料に依存しており、国際的な燃料価格の変動による影響を受けやすい。そのため、国内で利用可能な風力・太陽光などの再生可能エネルギーの導入を進め、エネルギーの輸入依存度を低減することを目指している。
再生可能エネルギーは環境への配慮だけではなく、経済安全保障であり、産業政策であり、観光ブランドの形成にもつながる。
個々の政策がバラバラに存在するのではない。すべてが「小さくても持続的に成長する」という一つの国家戦略につながっている。
日本が学ぶべきなのは「規模」ではない
一方、カーボベルデは、若年層の失業や気候変動への対応、観光産業への依存、エネルギー価格の変動など、さまざまな課題も抱えている。
それでも、カーボベルデが世界から注目される理由は、「人口が少ないのに成功した」からではない。人口が少ないことを前提に、戦略を組み立てたからである。
日本でも人口減少は進んでいる。特に地方ではその影響がより顕著に表れている。。そのとき必要なのは、「かつての人口を取り戻す方法」を探すことではないのかもしれない。
地域に何が残っているのか。世界中にどんな人とのつながりがあるのか。何を諦め、何に集中するのか。人口が減る時代だからこそ、これらの問いはますます重要になる。
カーボベルデの取り組みは、人口規模の拡大に頼らず、限られた資源や地域の強みを生かして成長する可能性を示している。
あの120分は、偶然ではなかった
アルゼンチンとの一戦は、カーボベルデという国に世界の注目が集まる大きな機会となった。しかし、その背景には、観光やデジタル化、海洋産業、再生可能エネルギーなど、長年にわたって進めてきた国家戦略がある。
観光を育て、海外に暮らす人々とのつながりを保ち、行政をデジタル化し、海を経済資源として捉え直し、再生可能エネルギーへ投資する。その一つ一つが、「カーボベルデ」という国の存在感を少しずつ高めてきた。カーボベルデ代表の躍進は、その成果を世界に見せるきっかけになったのである。
試合には敗れた。しかし、世界王者を相手に最後まで自分たちのスタイルを貫いた姿は、この国そのものを象徴していた。
「何を選び、何を磨き、誰とつながるのか」。カーボベルデは、その問いに対する一つの答えを、世界王者との120分で私たちに示したのである。
文:岡 徳之(Livit)
