なぜ若者は貯金より旅行・ライブを選ぶのか──「ドゥームスペンディング」が映す未来への不安
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「将来のために貯金した方がいい」
そう言われれば、多くの人がうなずくだろう。老後資金、住宅購入、万が一への備え。貯金はないよりあった方がいいが、私たちは時々こう考える。
旅行に行きたい。好きなアーティストのライブに行きたい。新しい体験をしたい。そしてふと、こんな気持ちになることがある。
「将来のために我慢し続けることに、本当に意味はあるのだろうか」
近年、海外ではそんな感覚を表す言葉として「Doomspending(ドゥームスペンディング、破滅的消費)」が注目されている。
ドゥームスペンディングとは何か
ドゥームスペンディングとは、将来への不安や悲観的な見通しから、貯蓄よりも現在の消費を優先する行動を指す。
例えば、住宅購入や老後資金のための貯蓄よりも、旅行やライブ、推し活、趣味など、今の満足や体験のためにお金を使う行動がその代表例として挙げられる。
背景にあるのは、住宅価格の高騰、物価上昇、経済不安、キャリアの不確実性だ。イギリスの経済紙Financial Timesは、ドゥームスペンディングの背景について、「家を持つこと」や「老後に備えること」が以前ほど現実的な目標として感じられなくなっていると指摘している。
また、アメリカの金融サービスCredit Karmaの調査では、4人に1人以上がインフレや経済不安を理由にドゥームスペンディングを経験したと回答している。
もちろん、誰もが将来を諦めているわけではない。むしろ多くの人は不安だからこそ貯金したいと思っている。しかし、その一方で「今を犠牲にしてまで将来に賭けるべきなのか」という迷いも抱えている。
ドゥームスペンディングは、その揺らぎを映し出した言葉なのかもしれない。
なぜ人は「今」を優先するのか
興味深いのは、この現象が単なる浪費では説明できないことだ。かつては、「今努力すれば、将来は報われる」という感覚が比較的共有されていた。良い学校に進学し、良い会社に就職し、着実に働く。そうすれば生活は少しずつ良くなる。少なくとも、多くの人はそう信じることができた。
しかし現在は、その道筋が以前ほど見えやすくない。住宅価格は上昇を続け、終身雇用は当たり前ではなくなった。AI技術の進展によって、数年後の仕事のあり方さえ予測しにくくなっている。
その結果、多くの人は将来のために何かを我慢するよりも、今確実に得られる価値に目を向けやすくなる。ドゥームスペンディングとは、お金の問題というより、「未来への確信の薄れ」が消費行動として表れた現象ともいえる。
それは本当に浪費なのか
一方で、この現象を単純に「無駄遣い」と捉えることもできない。なぜなら、多くの若者がお金を使っている対象は、必ずしもモノではないからだ。
旅行、ライブ、イベント、推し活、学び、趣味など、そこには「所有すること」よりも「経験すること」を重視する価値観がある。
アメリカのビジネスメディアForbesは、Z世代を中心に「所有より経験」を重視する傾向が広がっていると報じている。
コロナ禍を経て、将来の不確実性を意識する機会は増えた。そうした経験を持つ世代にとって、「今できることを今行う」という考え方は、単なる衝動ではなく現実的な価値判断でもある。
こうした背景を踏まえると、ドゥームスペンディングは「将来を考えない人たちの消費」というよりも、「不確実な時代における人生の優先順位」が消費行動に表れた現象とも捉えられる。
ドゥームスペンディングが映し出しているもの
ドゥームスペンディングという言葉が広がっている背景には、若者の金銭管理への意識低下だけでは説明できない変化がある。むしろ、「今我慢すれば将来は報われる」という前提が、以前ほど自明ではなくなったことの表れともいえる。
ドゥームスペンディングは、お金の話であると同時に、「私たちは未来をどれくらい信じられるのか」という問いでもある。その言葉が広がっていること自体が、時代の空気を映しているのかもしれない。
文:中井 千尋(Livit)