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インバウンド格差×老朽化に「会員制ゲレンデ」という解決策を 戸狩温泉スキー場が挑む「新たな地域共生モデル」

戸狩温泉スキー場

かつて日本の冬の風物詩であり、誰もが気軽に楽しめた「スキー・スノーボード」というレジャーが、大きな転換点を迎えている。

北海道のニセコや長野県の白馬をはじめとする一部の大型リゾートエリアでは、インバウンド需要の急激な増加に伴い、周辺地域の物価や宿泊費の急激な高騰とオーバーツーリズムが社会問題として注目されている。

実際に、旅行総合研究所のタビリスが発表した調査によれば、全国主要スキー場のリフト1日券平均価格が2022年から2026年の間、毎年約7〜11%という大幅な値上がりを記録し続けており、一部のメガリゾートでは1万円を突破している。

また、帝国データバンクが2025年6月に発表した調査によれば、一部の地域がインバウンドの恩恵を享受する一方で、全国の地方中小スキー場においては、若者のスキー離れや設備の老朽化、深刻な人材難といった構造的な課題が残されたままだと指摘されている。

老朽化したリフトなどの設備更新費や高騰する人件費といった運営コストの増加がリフト券価格に転嫁され続ければ、一般の消費者が気軽に雪山を楽しむための経済的ハードルは年々上がり続ける。

結果として、スキーや雪遊びが「資金のある一部の人しか楽しめないレジャー」へと変貌してしまう懸念が生まれているのが現状だ。

このように、潤沢な資本を持つ大型リゾートと、経営難に喘ぐ地方中小リゾートの「二極化」がかつてないスピードで進む中、この構造的課題に対する新たなアプローチとして「地域共生モデル」が注目を集めている。

このモデルでは、富裕層向けの「会員制ゲレンデ」という強固な収益基盤で得た利益を、地域に還元。一般ゲレンデのリフト券価格を据え置き、地域住民や新規客が手軽にスキーを楽しめる環境を維持する持続可能性を持った新しい経営形態となっている。

長野県の「戸狩温泉スキー場」において、このプロジェクトを主導する代表取締役の濱口 弘氏は、会員制ドライビングクラブ「THE MAGARIGAWA CLUB」の立ち上げなど、富裕層向けビジネスや金融・投資分野に関わってきた。

濱口氏は自社への利益のみを追求するのではなく、周辺の民宿等へ送客し地域経済全体で経済を循環させるエコシステムの構築を目指していると語る。

本記事では、「オーバーツーリズムと地方衰退」という課題を背景に、日本のスノーリゾートのあり方を探る。戸狩温泉スキー場のリニューアルプロジェクトを軸に、濱口氏にその取り組みと地域課題への向き合い方を聞いた。

なぜ戸狩温泉スキー場の再生を選んだか 国内スキー場の構造的限界とは

戸狩温泉スキー場代表・濱口 弘氏

日本のスキーブームは1980年代から90年代にかけて絶頂期を迎えた。全国各地にスキー場が建設され、週末になれば多くの若者や家族連れが雪山へと車を走らせた。しかしそれは同時に、現在の地方スキー場が抱える構造的問題の始まりでもあった。

現在、多くの地方スキー場が経営難に直面している要因について、金融と富裕層ビジネスの知見を持つ濱口氏は、日本のスノーリゾート市場における構造的な課題をこう分析する。

「日本のほとんどのスキー場の主な設備はスキーブーム期に設置されました。それから30年以上の月日が経ち、施設の老朽化が進む中で、資材費の高騰が重くのしかかっています。

巨大ツーリズムエリアに属さない中小規模のスキー場にとって、数億円単位の費用がかかるリフトやレストハウスのアップデートは現実的ではありません。

そして、設備が更新できずに稼働できなくなることが、そのままスキー場の営業終了を意味するという、非常に厳しい環境にあります。」

事実、リフトの架け替えには莫大な資本が必要であり、インバウンド需要の影響が少ない地域のスキー場にとって大きな負担となる。現状のままでは、近い将来、全国の多くのスキー場が設備寿命とともに静かに閉鎖の日を迎え、特定地方の衰退に拍車がかかる事態になりかねない。

「インバウンドバブル」という声がメディアを賑わす現状を踏まえれば、インバウンド需要が十分なエリアへ投資を行うのが、ビジネスとしての定石に思える。

しかし濱口氏は、あえて民事再生を経た「戸狩温泉スキー場」への投資という、難易度が高く、一見するとリスクの大きい挑戦を選んだ。

「同スキー場には、ロケーション・雪の量・山の形状とサイズというスキー場にとって必要な3つの要素が詰まっていました。

それにもかかわらず、村営がベースであったために、マーケティングや中長期のビジネスストラテジーが描かれていませんでした。裏を返せば非常に大きなポテンシャルがある地域であると感じたのです」

地域を創生させ、社会課題を解決しうる原石でありながら、見せ方と戦略が欠けていた。この「ギャップ」にこそ、事業再生の勝機があると濱口氏は見込んだのである。

「完全会員制」が生む新たな価値 オーバーツーリズムの解消と老朽化・資金難の解決

会員のみが利用できるクラブハウスのイメージ

戸狩温泉スキー場がそのポテンシャルを引き出すための最大の切り札として導入したのが、「完全会員制ゲレンデ」という仕組みだ。これは、現在のスキーリゾートが抱える「インバウンド客によるオーバーツーリズム」と「地方施設の老朽化・資金難」という2つの課題に対するソリューションである。

近年、日本特有の軽くて質の高いパウダースノーは「JAPOW(ジャパウ)」と呼ばれ、世界中のスキーヤーを惹きつけている。しかし、その熱狂は思わぬ結果を招いている。

「パウダースノーを求めたスキーヤーが人気エリアを訪れても、滑走者の多さが原因でほとんど消えてしまっているというケースが多いです。

しかし、人数が限定的な会員制リゾートであれば、この心配は払拭できます。また、ゲレンデの面積に対する滑走者数も劇的に減るため、衝突やトラブルの原因も抑えられます」

混雑を排除し、安全で質の高い滑走体験を保証する。これが会員制ゲレンデの最大の価値だ。そして、この仕組みはビジネスモデルそのものを変える。

「通常、リフト券販売での運用益だけでは、まとまった設備投資が難しいのが地方スキー場の現実です。しかし、会員権やヴィラの不動産販売からの収益を活用すれば、施設のアップデートが可能になります」

そして、濱口氏は自身の経験から「優越感・特別感・ストレスフリー」の3つこそが世界の富裕層が真に求めている価値だと語る。

「『痒いところに手が届く』というのが、戸狩温泉スキー場が展開する会員制クラブ『The Club Togari』のテーマです。会員さんが自身やご家族のスキー板やブーツ、重い荷物を運び、雪の上や坂道を歩くことなど、煩わしいと思うことをすべてストレスフリーにできる環境を整えることに注力しています」

“あえて”自社ホテルを建てない、民宿文化を守り抜く「地域共生モデル」

地域の人々に愛される温泉「暁の湯」

リゾート開発の定石を考えれば、莫大な資本を投じて自社で大型ホテルを建設し、飲食から宿泊、アクティビティに至るまですべてを自社施設内で完結させることで、利益を最大化するのがビジネスの王道だ。外資系ファンドが主導する多くの開発案件は、まさにこの手法をとっている。

しかし、濱口氏はそれをあえて行わず、周辺の民宿へ送客する「地域共生モデル」を選択した。そこには、単なる算盤勘定を超えた、地域に対する敬意があると言う。

「戸狩温泉は、民宿の集合体で作られた歴史のあるスキー場です。だからこそ、単純なビジネスの勝算のみで民宿を閉鎖させるような選択はしたくないという思いが強くありました。昔から現在に至るまで、戸狩の街は民宿を営む地元の人たちで成り立っているのです」

地方のスキー場は、長年にわたり地元住民の生活の糧であり、アイデンティティそのものであった。その地域独自のアイデンティティを、大規模な開発によって断ち切り、外部から来た資本が利益を吸い上げる構造を作ってしまえば、街の魂は失われてしまう。

「民宿を営む地元の人々に、自身の施設に再投資は可能だ、再投資を行いたいと思っていただける環境をスキー場が作るべきと考えています」

スキー場が魅力的なハブとなり、富裕層や新規顧客を惹きつける。そして、その顧客が地域の民宿に宿泊することで、地域経済に資金が循環する。その循環によって民宿が潤い、自らの施設を改装・アップデートしていく。このエコシステムが機能して初めて、真の意味での「地域の再生」が果たされるのだ。

一方で、この「会員制×地域共存」というモデルは、資金難や後継者不足に喘ぐ全国の地方スキー場や観光地すべてにとって、再現可能な戦略であるとは言えないと濱口氏は指摘する。

「全国の他の地方に今回のケースがそのまま当てはまるとは言い切れません。スキー場の会員権に数千万円を支払う市場がどの程度存在するかは、1つの課題です。当クラブでは、5年で400人の会員獲得を目指しています。

また、交通アクセスや周辺のスキー場環境も重要な要素であり、本州全体を見渡しても、このビジネスモデルが適用できる地域は限られると考えています」

「雇用」から「経営権」の委譲へ、ローカルヒーローが変える地方の未来

濱口氏は、将来的に事業を分社化し、地元の若者に経営を任せていく構想もあると語る。地方創生において「雇用を生み出す」と語る経営者は多いが、「経営権そのものを委譲していく」と明言するケースは稀だ。金融や投資のプロとして、地域が自走するための力をどのように育んでいくのかが問われる。

「正しい経営を学び実行すれば成果につながるという実感を、地元出身の人材に持ってもらいたいと考えています。その中からローカルのヒーローが生まれれば、それに続く若者も増えていくはずです」

濱口氏が語る「ローカルのヒーロー」とは、夢物語ではない。

「例えば、地元出身の従業員がスキー場で経験を積み、経営陣に参画し、高い報酬を得られるようになるといった、目に見える成功事例です」

地方で働く若者たちが希望を失う最大の理由は、「この街にいても先がない」「努力しても報われない」という閉塞感にある。外部のプロフェッショナルが参画し、画期的なビジネスのノウハウを注入し、利益を適切に分配する仕組みを作る。この循環によって、若者の意識は劇的に変わり得るのだ。

「私がこのプロジェクトを通じて起こしたい変化は、『この街にいてはダメだ』という諦めではなく、『この街にいたい』『この街に戻ってきたい』と心から思ってもらえるような環境・施設・会社を作っていくことです。

そして、このエリアに住みたいと思う人を必然的に増やせるように、街全体を変化させていきたいと考えています」

単なる数字上の売上目標を超えて、地域経済の構造と人々のマインドセットそのものを変革する。これこそが、本プロジェクトが持つ最大の社会的意義だという。

収益至上主義を越える、次世代のスノーリゾートが示す地方創生の形

戸狩温泉スキー場代表・濱口 弘氏

インバウンドの爆発的な需要を背景に、日本のスノーリゾートは今、未曾有の好機だけでなく大きな歪みに直面している。メガリゾートへの資本の集中と価格高騰、そして地方リゾートの衰退。このまま市場の原理にだけ任せていれば、多くのスノーリゾートがその歴史に幕を閉じ、地域経済は崩壊していくだろう。

戸狩温泉スキー場として、これからの社会における「地方創生×リゾートビジネス」の在り方をどのように提案していきたいかという問いに対し、濱口氏はこう話す。

「一方通行ではない、両方通行のコミュニケーションが取れる会社にしていきたいと思います。外部から強引に物事を進めるのではなく、地域の人としっかりとコミュニケーションをとりながら、何がその地域にとってベストかを考える。収益のみの観点だけで物事を見ないことも、これからの地方創生リゾートの本来のあり方だと思います」

富裕層向けの「会員制ゲレンデ」という極めて合理的なビジネスモデルと、地域の民宿文化を守り抜く「地域共生」という人間的な哲学。一見すると相反するこの2つの要素を融合させた戸狩温泉スキー場の挑戦は、日本の地方ビジネスにおける転換点を予感させる。

戸狩温泉の雪山で始まったこの変革は、誰もが持続可能で豊かな時間を共有できる未来への1つのモデルケースとして、今後の社会と資本主義の新たな可能性への大きな示唆になるだろう。

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