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ビリー・アイリッシュが挑む“グリーンツアー” エンタメ産業の脱炭素化はどこまで可能か

ライブや音楽フェスティバルは何万人もの観客を動員し、都市に経済効果をもたらす一方で、大量の廃棄物やCO2排出、使い捨てプラスチックの消費など、環境負荷の大きさが長年課題とされてきた。

特にコロナ禍を経て大規模イベントが一斉に再開したことで、その“持続不可能さ”が改めて可視化されている。そんな音楽ツアーのあり方を、世界的ポップスターのBillie Eilish(ビリー・アイリッシュ)氏が変えようとしている。

こうした状況の中、ビリー・アイリッシュ氏は環境NGO「REVERB」と連携し、自身のツアーをグリーン化する取り組みを継続的に進めてきた。彼女の実践は、単なるイメージ戦略ではなく、エンターテインメント産業全体の構造転換を射程に入れた試みだ。

本稿では、その具体策と波及効果を通じて、エンタメ産業の脱炭素は可能なのかを考える。

エンタメ産業が抱える環境負荷という現実

ライブや音楽フェスティバルの環境負荷は決して小さくない。音楽業界の持続可能性向上を目指す団体「Musicians for Sustainability」によれば、アメリカ国内だけでもライブイベントは年間1億1,600万ポンド(約5万2,000トン)以上の廃棄物を生み出し、約40万トンのCO2を排出しているとされる。

これは人口10万〜20万人規模の都市の年間CO2排出量に匹敵する。ミュージシャンへの熱狂の舞台裏には、こうした目に見えにくい環境負荷が存在しているのだ。

エンタメ産業のライブ分野の環境負荷は、大きく3つに分けられる。第1に観客やスタッフの移動に伴うCO2排出。第2に会場で発生する大量の廃棄物。第3に電力消費や舞台装置の輸送など、ツアー運営に伴うエネルギー使用である。

とりわけ大規模ツアーでは、都市間を移動するトラックや航空機、会場の電力供給、フード・ドリンク販売に伴う使い捨て容器など、あらゆる工程がCO2排出や廃棄物発生などの環境負荷につながっている。

一方で、観客層の中心を担うZ世代は、気候変動やサステナビリティへの関心が高い世代でもある。彼らにとって、推しのアーティストが、これらに対してどのような価値観を持ち、どのような行動を取るのかは重要な意味を持つ。ライブ産業は単なる娯楽ではなく、価値観を共有する場へと変化しつつあるのだ。

REVERBという仕組み化の力

ビリー・アイリッシュ氏の取り組みを支えるのが、音楽業界に特化した環境NGO「REVERB」だ。REVERBはアーティストと連携し、ツアー現場で具体的な環境対策を実施する。単なる啓発活動ではなく、実務レベルでの介入が特徴である。

例えば、ライブ会場内に給水スポットを設置し、使い捨てプラスチックボトルの削減を図ることも、REVERBの取り組みの1つだ。

そのほかにも、環境配慮型の物販を導入し、サステナブル素材を活用する。さらには、ファンが気候アクションに参加できるブースを設け、寄付や署名を通じて行動を促す。ツアーごとに排出量を算定し、削減策を講じたうえで、残余排出をオフセットするなどの環境対策を行っている。

重要なのは、こうした施策が一過性のものではなく、「ツアーの標準装備」として組み込まれている点だ。REVERBはアーティストごとにカスタマイズしながらも、業界全体で再現可能なモデルを構築している。これは脱炭素を“善意”ではなく“仕組み”に落とし込む試みと言える。

ビリー・アイリッシュの一貫性

ビリー・アイリッシュ氏はキャリア初期から環境問題への関心を公言してきた。ツアーではプラスチック削減やヴィーガンフードの推進などを実施し、ファンに対しても具体的なアクションを呼びかけている。

彼女の特徴は、メッセージと実践が結びついていることだ。ステージ上で気候危機について語るだけでなく、舞台裏のオペレーションにも踏み込む。アーティストという強い発信力を持つ存在が、サプライチェーンの改善や運営体制の見直しにコミットすることは、業界内外に大きな影響を与える。

また、彼女のファン層は若年層が中心であり、その影響力はSNSを通じて瞬時に拡散される。ライブ会場で体験した“サステナブルな選択”は、日常生活の行動変容にもつながり得る。推しの価値観が、ファンのライフスタイルをも変えるのである。

業界全体への広がり

REVERBはビリー・アイリッシュ氏だけでなく、Dave Matthews Band(デイヴ・マシューズ・バンド)やJack Johnson(ジャック・ジョンソン)氏、Maroon 5(マルーンファイブ)など、数多くのアーティストと連携してきた。音楽業界では徐々に「グリーンツアー」が1つの潮流になりつつある。

欧米では、音楽フェスティバル主催者がサステナビリティをイベント設計の前提に据える動きが広がっている。イギリスのGlastonbury Festivalは使い捨てプラスチックボトルの販売を廃止し、来場者にマイボトルの持参を促している。

欧州各地ではリユースカップのデポジット制が一般化し、再生可能エネルギーの活用や低排出型の電源システム導入も進む。

こうした取り組みは環境配慮にとどまらない。イベントの環境方針そのものがブランド価値を左右し、スポンサー企業にとっても無視できない評価軸となっている。サステナビリティはCSRではなく、ブランド戦略の一部になりつつある。

ライブ産業は舞台設営・輸送・電力・飲食・物販など広範なサプライチェーンを抱える巨大な経済圏だ。

そのため脱炭素化が進めば、エネルギーや物流、素材産業にも波及する。さらに大規模イベントは都市インフラとも密接に関わる。ライブのグリーン化は単体での取り組みを超え、都市レベルの環境政策とも接続し得るのだ。

それでも残る課題

もちろん、エンタメ産業の脱炭素化には課題も多い。ツアーの規模が大きくなるほど、輸送や電力消費は増大し、完全なゼロエミッションは現実的ではない。チケット価格への転嫁、会場インフラの制約、各国のエネルギー事情など、乗り越えるべき壁も存在する。

また、オフセットに依存しすぎれば「実態が伴わない環境アピール(いわゆるグリーンウォッシュ)」との批判も生じる。重要なのは、CO2排出量削減を優先し、透明性のあるデータ開示を行うことだ。環境配慮がマーケティングの装飾に終わらないためには、定量的な検証と継続的な改善が不可欠である。

エンタメの力をどう活かすか

それでもなお、エンタメ産業が持つ影響力は大きい。数万人が同時に同じ空間・音楽を共有し、感情を揺さぶられるライブ体験は、強い共感と連帯を生むポテンシャルがある。その場で示される価値観は、社会に波のように広がっていく。

ビリー・アイリッシュ氏の実践は、エンタメ産業が気候危機というグローバル課題に対して果たし得る役割を示している。脱炭素は重厚長大な産業政策だけでなく、カルチャーの力とも結びつくことで加速する可能性があるのだ。

エンタメ産業の脱炭素化は容易ではないが、不可能ではない。重要なのは、影響力を持つプレイヤーが一歩を踏み出し、仕組みとして定着させることだ。ライブの熱狂とサステナビリティは両立し得るのか。その問いに対する1つの答えが、いまステージの上から提示されている。

文:中井 千尋(Livit

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