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AIが生んだ「実在しない温泉」に誘導された旅行客 AI時代の旅に問われる姿勢とは

オーストラリア・タスマニアで、AIが生成した情報を信じた旅行者が、実在しない温泉を目指して現地を訪れるというトラブルが起きた。

この出来事が広く知られるようになったのは2026年1月だが、発端となったのは、2025年半ばに公開されたAIが生成した記事である。

本稿では、この「幻の温泉」騒動を軸に、AIによる旅行情報が、現実の人間の行動にどのような影響を及ぼし得るのか、そしてAI時代に旅行情報の責任は誰が担うのかを考えていく。

AIが作り出した「存在しない温泉」

問題となったのは、タスマニア旅行を扱う民間の観光ウェブサイトに掲載されたブログ記事だ。記事は「タスマニアで体験すべき7つの温泉」と題し、島内のホットスプリングを紹介していた。その中に含まれていたのが、「Weldborough Hot Springs(ウェルドボロー温泉)」である。

この記事では、この温泉が自然に囲まれた静かな癒やしのスポットであり、ハイキングやウェルネス目的の旅行者に人気があるかのように描写されていた。

しかし実際には、ウェルドボロー周辺に温泉は存在しなかったのである。地元で知られているのは、冷水の河川「Weld River」だけで、温泉施設や入浴可能な天然温泉は確認されていない。

後に、この記事はAIによって生成されたコンテンツであることが、サイト運営者によって明らかにされた。

記事が掲載されたサイト「Tasmania Tours」を運営していたのは、ニューサウスウェールズ州に拠点を置き、タスマニア以外の州でも複数のツアー予約サイトを運営する「Australian Tours and Cruises」 という事業者だ。

同社オーナーのスコット・ヘネシー氏は、「私たちのAIは完全にミスを犯した」と述べ、問題の記事がAI生成コンテンツだったことを認めた。

ヘネシー氏によれば、同社は大手旅行サイトと競争するため、マーケティング素材の一部を外部業者に委託しており、その過程で第三者がAIを使ってコンテンツを作成していたという。通常は、すべての記事を公開前に確認しているが、ヘネシー氏が国外に滞在していた間に、一部の投稿が誤って公開されてしまったと説明している。

記事公開後、数カ月にわたり続いた混乱

AI生成の記事が公開されたのは2025年7月ごろとされている。その後、記事を信じた旅行者の一部が、実際に温泉を目当てにウェルドボローを訪れるようになった。

地元の宿泊施設や観光関係者には、「温泉はどこにあるのか」「この近くにホットスプリングがあると聞いた」といった問い合わせが相次いだ。

宿泊施設を経営するクリスティ・プロバート氏は、「オーストラリア本土からタスマニアを旅行していた24人のドライバーのグループが、温泉を目指してわざわざ行程を変更し現地に立ち寄ったこともあった」と語っている。

この証言が示すのは、誤情報が単なる勘違いではなく、実際の移動や旅程変更という具体的な行動を引き起こしていたという事実である。遠方から時間と費用をかけて訪れた旅行者にとって、目的地そのものが存在しなかった現実は、大きな失望につながった。

「それっぽさ」が生む誤信

なぜ、このような誤情報が疑われることなく受け入れられてしまったのか。背景にあるのが、生成AI特有の性質だ。

生成AIは、過去のデータをもとに、文脈的に自然で説得力のある文章を作ることができる。一方で、その情報が現実に存在するかどうかを自動的に検証する機能は持たない。このとき起きるのが、「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象だ。AIが、存在しない場所や出来事をもっともらしい形で生成してしまうのである。

今回のケースでは、文章だけでなくAIが生成した画像も問題を深刻にした。実在しない温泉をそれらしく描いた画像は、読者の疑念を薄れさせ、「本当にある場所だ」という印象を強めた可能性がある。旅行情報において、視覚情報が与える影響は極めて大きい。

世界各地で起きている類似事例

Euronewsの記事では、ウェルドボローの事例が決して例外ではないことが示されている。AIを使った旅行情報や計画が、世界各地で現実のトラブルにつながった例が報告されているからだ。

2025年には、ペルーのアンデス山中を旅していた旅行者が、AIが案内した「聖なる峡谷」を探して進み続けたものの、その場所が実在せず、途中で地元ガイドに止められたとBBCが報じている。誤情報が旅行者の安全リスクに直結しかねないことを示す例だ。

また別の例では、ChatGPTを使って日本の旅行計画を立てた旅行者が、下山用ロープウェイの運行時間を誤って案内された結果、山中で日没を迎え、暗闇に閉じ込められる事態になったと紹介している。

上記のいずれも、AIによる誤情報が、実際の人間の行動に影響を与えたケースである。

AI時代に変わる「旅行情報の責任」

今回の出来事は、観光メディアと旅行者のどちらか一方だけの問題ではない。AIが旅行情報の制作や旅行計画に入り込んだことで、旅行情報をめぐる責任の構造そのものが変わりつつあるのだ。

観光メディアや旅行会社にとって、AIはコンテンツ制作を効率化する有力な手段だ。一方で、旅行情報は人間の移動や安全、消費に直結する。

そのため、AIを使うのであれば、実在性が問われる地名や施設は人間が確認すること、AI生成コンテンツには編集・監修の工程を組み込むこと、AI生成画像を使用する場合はその旨を明示することなど、検証を前提とした運用設計が不可欠になるのである。

同時に、情報を受け取る側の旅行者にも、これまで以上の注意が求められる。AI生成の文章や画像は整っており、見た目だけでは信頼性を判断しにくい。

誤情報を見分けるため、公式観光局の情報と照合する、複数の情報源を確認する、地図やレビューと矛盾がないかを調べるといった基本的な確認は、もはや特別な行為ではなくなりつつある。

重要なのは、AI時代の旅行情報では「誰かが確認しているはず」という前提が成り立たなくなっているという点だ。情報を発信する側も、受け取る側も、それぞれの立場で確認と判断を担う必要がある。今回の「幻の温泉」騒動は、その現実をはっきりと示したのである。

AI時代の旅に必要な前提

実在しない温泉に旅行者が誘導されたこの出来事は、AIが旅行情報の制作と消費の現場に深く入り込んだ現実を象徴している。AIは便利で強力なツールだが、事実確認まで自動で担ってくれる存在ではない。

AI時代では、旅行情報を発信する側には検証と責任を前提としたAI活用が求められる。そして、情報を受け取る側には、情報を鵜吞みにする前に確かめる姿勢が求められていく。その双方の行動がそろって初めて、AI時代の旅は安全で信頼できるものになるのだ。

文:中井 千尋(Livit

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