気候変動に対し、個人や企業はどう“適応”すべきか?SHIBUYA COPから考える、新たな共創のアプローチ
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2025年は、「地球沸騰化」の実感が増すとともに、日本でも酷暑・豪雨・季節感の変化など気候変動の影響が身近に迫る一年となった。CO2排出量削減に代表される「緩和」策が企業活動や国際協調の下で着実に進められる一方で、すぐには止められない気候変動の影響下で“どう生きるか”という視点──すなわち「適応」が欠かせないテーマとなりつつある。
こうした中、身近な視点から気候変動アクションを考える場として、2021年より開催されているのが、「SHIBUYA COP」である。一般社団法人SWiTCHの主催によるこの取り組みは、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)に合わせて毎年行われてきたイベントだ。COPの最新情報や世界の潮流、日本の先進的な取り組みをトークセッションやブース展示で紹介しており、エネルギー消費量の多い国際都市・渋谷に若者を中心に多くの参加者が集う。自治体や企業、学生など、世代や業界を超えてゲストが集まり、対話と交流を重ねながら、共創によるサステナブルな社会づくりを目指す「SHIBUYA COP」。さまざまな読者にもヒントを与えてくれるだろう。

「SHIBUYA COP 2025」トークセッション2では、サントリー食品インターナショナル株式会社(以下、サントリー)、東京フットボールクラブ株式会社(以下、東京フットボールクラブ)、環境省の3者が登壇し、「気候変動への適応と私たちの未来」をテーマに議論を展開。トークセッションでは、身近な暑さを切り口に、企業やスポーツ団体が取り組む暑さ対策に加え、暑さ以外の気候変動の影響やその適応策について語られた。
本記事では、このセッションを基に“適応”の最新動向を整理し、未来の暮らしのヒントを探っていく。
気候変動“適応”とは何か。私たちの暮らしに広がる新しい前提
近年の日本では、猛暑日の増加や線状降水帯による豪雨、海水温の上昇、花粉飛散時期の長期化など、気候変動の影響が“生活レベル”で顕在化している。未来の予測ではなく、暮らしの前提を揺るがす現実としての気候変動の対策では、「緩和」とともに「適応」というテーマが注目されている。
A-PLAT(気候変動適応情報プラットフォーム)によると、「適応」とは「気候変化に対して自然生態系や社会・経済システムを調整することにより気候変動の悪影響を軽減すること」とされる。一般的にイメージされる温室効果ガス排出量の削減などが該当するのが「緩和」だとすれば、「適応」はすでに起きている、あるいは今後避けられない影響に備え、暮らしや社会・生態系を守る取り組みであると同時に、こうした取り組みを新たなビジネスチャンスの創出や地域コミュニティーの強化などに生かすことで、経済成長や明るい地域づくりにつなげていくことを指す。いわば「変わる環境に私たちが合わせていく」ことで、明るくポジティブな未来を築く考え方である。
「SHIBUYA COP 2025」のトークセッション「気候変動への適応と私たちの未来」では、MCを務めたSWiTCHの学生メンバー 圓林 悟氏が、「適応」の重要性を次のように説明した。
圓林氏「『適応』とは、地球温暖化の影響に備えて、暮らしや自然を守ることです。身近な例で示すと、水分補給や日傘などの熱中症対策が『適応』、公共交通機関の利用や食品ロスの削減が『緩和』といえるでしょう。2015年の『パリ協定』採択以降、企業や自治体は脱炭素を目指し、『緩和』に注力してきました。しかし、今や気候変動の影響を肌で感じる中で、緩和とともに、酷暑の下でも安全・健康に暮らすための『適応』が必要です。このトークセッションでは『適応』に焦点を当て、気候リスクを乗り越え、前向きな未来につなげるアプローチを考えていきます」

暑さは生活の最前線へ、子ども・スポーツ・都市に拡大するリスク
気候変動の影響の中でも、最も早く、最も生活レベルで実感されるのが「暑さ」だ。トークセッションの前半では、この“身近な暑さ”に対して企業やスポーツの現場、行政がどのように適応しようとしているのかが語られた。
まず紹介されたのは、猛暑による子どもの健康被害の深刻化だ。サントリー 井島 隆信氏は、「GREEN DA・KA・RA」ブランドを通じて行う熱中症啓発活動について説明した。
井島氏「当社が近年着眼しているのは、子どもの身長の高さで計測した気温が、大人と比較して+7℃程度に及ぶことです。この子ども特有の暑熱環境を『こども気温』と称し、暑さから逃げる行動を促す啓発活動を実施しています。水分補給だけでなく、日陰に入って涼むことの重要性を知るなど、子育て世代の気付きに寄与できればと考えています」

「暑さ」の影響を強く受けるのは子どもだけではない。スポーツの現場でも、気候変動はすでに競技の在り方を左右するレベルに達している。プロサッカーチーム「FC東京」を運営する東京フットボールクラブ 川岸 滋也氏は、フィールドで起きている異常を伝えた。
川岸氏「熱がこもりやすい性質がある人工芝のグラウンドでは、熱さで靴のソールが溶ける事態も生じており、やけどをする子どもも増えています。選手やスクール生の健康を守るためには、給水時間の確保、休講などの対応が必須。さらに、Jリーグでは2026年より秋春制に移行しますが、この背景にあるのも気温上昇です。サッカー界でも気候変動への適応は、待ったなしの状況となっています」

この「暑さ」を起点とした課題は、社会全体へと波及する。行政の立場から適応対策に当たる環境省 羽井佐 幸宏氏は、両社の報告を受け気候変動の深刻な影響を改めて強調した。
羽井佐氏「気候変動の影響は、皆に平等に及ぶわけではありません。子どもなど弱い立場の方々は、特に大きな影響を受けます。また暑さのみならず、農業・食料や水環境・水資源、災害への影響も計り知れず、それぞれの領域で適応策が求められます。例えば、稲作では高温耐性品種への変更や作付け時期の調整、水資源では節水や雨水利用、循環装置による水質改善、自然災害ではハザードマップや避難経路の確認、備蓄などの行動が、私たちが想定すべき適応策です。環境省の『気候変動影響評価報告書』などをご覧いただき、生活の中での適応について、改めて考えていただきたいと思います」

こうした議論が示しているのは、「暑さ」は単なる気象現象ではなく、健康・教育・スポーツ・経済・都市機能までを横断する“社会リスク”であるということだ。そして、この最前線の変化にどう対応するかが、次の暮らしを形づくる鍵になる。
気候変動へのさまざまな“備え”が都市と暮らしをアップデートする
暑さという最前線の課題に続き、セッションの後半では“暑さ以外の適応対策”が紹介された。気候変動は気温上昇にとどまらず、水資源の枯渇、土砂災害の激甚化なども引き起こす。その影響は、人々の暮らしや地域社会、産業など、実に広範に及ぶ。だからこそ、各分野での挑戦が未来の都市や暮らしのアップデートにつながっていく。
「水と生きる SUNTORY」をコーポレートメッセージに掲げるサントリーでは、良質な地下水を育む水源涵養(かんよう)活動に取り組んできた。
井島氏「人々や生命を支える水は、私たちのビジネスの源泉でもあります。サントリーは全国各地で森を整備し、国内工場でくみ上げる地下水量の2倍以上を涵養しています。2003年より開始した同活動は現在、16都府県26カ所以上まで広げ、12,000haを超える規模に拡大しました」
サントリーの取り組みは天然資源の保全にとどまらず、温暖化により危惧される水資源の枯渇への適応策として、地域との共創モデルを示している。続いて話題に上ったのが、豪雨への適応だ。川岸氏の発表によると、台風激甚化や線状降水帯によるJリーグの試合中止数は、近年急激に上昇。2018年以降の平均は、2017年以前の約5倍に達しているという。

川岸氏「こうした状況は、未来の子どもたちがスポーツを楽しむ環境を脅かすものです。Jリーグは現在、サステナビリティ活動を数値化する国際的なイニシアチブ『Sport Positive League』に参画するなど、気候変動の問題解決に資するアクションを強化しています。また、アスリートを起用した啓発活動やFC東京では有識者懇談会なども実施しており、今後はFC東京もスクール生4,500人と全社員を対象に、適応教育をスタートする予定です」

JリーグやFC東京の取り組みは、スポーツの持続的な運営の実現とともに、サッカーの注目度を生かした気候変動適応の波及という点でも着目すべきだろう。生活やビジネス、スポーツなど、広範な影響をもたらす気候変動については、さまざまな事象の関連性を視野に入れることも、私たちには求められる。羽井佐氏は環境省での経験を通じ、具体的な視点を提示した。
羽井佐氏「例えば、耕作放棄地となった田んぼに大量の雨が降ると、下流地域に被害が及びます。使われない田んぼを湿地のような環境に戻し、雨水を蓄えることは、適応策の一つになるでしょう。そして、そこにトンボやゲンゴロウなどの生物がすむと、都市の子どもの遊び場にもなり得ます。親世代や企業が自然への関心を高めるきっかけ、過疎地域の交流人口創出にもつながるかもしれません。置かれた状況をプラスに転換する発想もできるのではないでしょうか」
羽井佐氏は続けて、事業の強みを生かす企業活動の必要性も伝えた。
羽井佐氏「環境省は『早期警戒システム(EWS)』の導入に積極的に取り組んでいます。長年にわたり防災の経験を重ねてきた日本は、EWSの分野で高水準の技術を備えています。企業の海外展開を国が推進すれば、ビジネスチャンスの創出、グローバルサプライチェーンの強靱化、現地の安全性向上にもつなげられるでしょう。強みを生かした貢献に向けて、私たちは官民連携を推進していきます」

パートナーシップで適応と緩和をつなぐ次のアクションを
多様な領域で影響が広がる気候変動に向き合うためには、一つの業界や分野だけでは限界がある。セッションの最後は、企業・スポーツクラブ・行政、そして若い世代という異なる立場から、「これからの適応をどう進めていくべきか」という長期的なビジョンが語られた。
井島氏「飲料メーカーとして100円単位の商品を展開するサントリーは、さまざまな生活者と接点を持ちます。だからこそ、気候変動に対する啓発活動、情報発信も充実させられるはずです。適応にアプローチする共創の輪を広げながら、さまざまな方々とアクションに取り組んでいきたいです」
川岸氏「気候変動に対し、プロサッカーチームに何ができるのか。取り組みは始まったばかりであり、私たちは試行錯誤を重ねています。しかし、試合が行われる一日を振り返るだけでも、産業廃棄物の削減やリサイクル率の向上のように、サステナビリティに結びつけられるアクションは多い。情報発信や啓発という点でも、サッカーが持つ注目度を生かすことで、貢献できると感じます。皆さまがサッカーを楽しみ続けるためにも、共創の機会を増やしていくべきでしょう」
羽井佐氏「今回は『適応』がテーマでしたが、『緩和』の重要性も一層増しています。世界が取り組む、気温上昇幅を1.5℃に抑える目標は、いわば地球を人間にとって安全で住みやすい環境に保つための最低限の条件といえます。目標をクリアできても、2025年の夏のように過酷な気候は当たり前になっていくと想定されます。そうした未来において、より良い暮らしを目指していくのが『適応』です。その対策は、技術革新やビジネスチャンスとも捉えられるかもしれません。多くの皆さまと共に取り組むことで、課題を解決できると考えています。また、国立環境研究所(NIES)では、「#適応しよう」キャンペーンというものを始めていて、15個の適応アクションを定めています。そういったものも参考にまずは身の回りからできることを探し、気軽に適応策を実行していただきたいです」
圓林氏「気候変動というと、“マイナスをゼロに戻す”というニュアンスで捉えがちですが、適応では“プラスにつなげていく”という視点も大切だと感じました。そのために、若い世代である私たちは何ができるのか。真剣に考えていきたいです」

企業・スポーツ・行政・若者。立場は違えども、共通して語られたのは「変化する気候を前提に、誰もが行動できる未来をつくっていく」という姿勢だ。
気候変動適応は“守るための行動”を超えて、領域を横断するパートナーシップを通じた価値創造の可能性を秘めている。ここで芽生えた共創の輪が、これからの社会を支える大きな力になっていくだろう。