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サプライチェーン全体で挑む「2045年ネットゼロ」。化学メーカー・ヘンケルが示す”Scope3の壁”を越える次世代サステナビリティ戦略

気候変動をはじめとするさまざまな環境問題への対応が、世界的な課題となっている。特に化学・消費財企業ではサステナビリティへの取り組みが業界のトレンドとなっており、温室効果ガスの削減は急務だ。現在、多くの企業が2015年に採択されたパリ協定で定められた目標「2050年ネットゼロ」を掲げ、カーボンニュートラルの実現に取り組んでいる。

ネットゼロの取り組みでは、温室効果ガスの排出量を、自社の事業活動で直接発生したもの(Scope1)、事業活動で使用するために外部から購入した電気・ガスなどのエネルギーに起因するもの(Scope2)、そしてサプライチェーン全体で発生するもの(Scope3)の3つに分類して算定・報告している。

特にScope3は、取引先から物流、消費後の廃棄までを含む、自社の枠を超えた広範な排出が対象となるため、削減の実現は容易ではない。各社間のデータ連携やトレーサビリティの確保、中小企業を含む多様なパートナーとの協働が不可欠であり、この「Scope3の壁」をいかに乗り越えるかが、業界全体の共通課題と言えるだろう。

こうした中で、ドイツの化学・消費財大手ヘンケルは、定められた目標よりも5年早い「2045年ネットゼロ」という挑戦的な目標を掲げた。

本記事では、同社の日本法人ヘンケルジャパンで接着技術事業部門のマーケティングを統括し、サステナビリティアンバサダーも務める高林宏和氏にインタビューを実施。先駆的な取り組みがビジネスの成長や競争力にどのように結びつくのか、その戦略を聞いた。

――ヘンケルジャパンでは、どのような事業を展開されているのでしょうか。

ヘンケルには2つの事業部門があります。一つは接着技術事業部門、もう一つがコンシューマーブランド部門です。接着技術事業部門では、接着剤をはじめ、シーリング剤や機能性コーティング剤などを展開しており、スティックのりの「Pritt(プリット)」や接着剤の「Loctite(ロックタイト)」などが生活者に身近な商品として知られています。

コンシューマーブランド部門は、ヘアカテゴリーとランドリー&ホームケアを扱っています。日本では「シュワルツコフ プロフェッショナル」や「資生堂プロフェッショナル」をはじめとするサロン向け事業と、「Syoss(サイオス)」や「Got2b(ゴットゥービー)」などコンシューマー向け事業を手がけています。ランドリー&ホームケアでは「Persil(パーシル)」などを展開しています。ヘンケルはドイツで設立されたグローバル企業ですが、日本にも研究開発施設があり、日本市場向けの製品開発を行っています。

従業員の家族向けにサステナビリティの取り組みを説明する高林氏。スティックのりの「Pritt(プリット)」について説明をしている

――現在、世界的に脱炭素化の流れがありますが、製造業として直面しているサステナビリティへの課題をどのように考えていらっしゃいますか。

特に接着技術事業に関しては、非常に重要な課題だと認識しています。製造業の中でも化学工業は、鉄鋼業に次いで炭素排出量が多いカテゴリーであり、接着剤はさまざまな製造分野に使用されています。それらのCO2を削減していくことは、取り組まなければならない課題です。

また、接着剤についてはリサイクルのしやすさを考慮することも重要です。接着剤の重量は、それが使用される製品や商品全体の2%以下にすぎませんが、リサイクル時に接着剤をはがすのか、そのままリサイクルできるのかによって、環境に与える影響は大きく変わります。お客様の中には、接着時は強く接着し、はがすときには簡単にはがせる接着剤を求める方もいます。

私たちは、接着剤において世界トップシェアを誇るリーディングカンパニーだからこそ、いち早くそのサステナビリティに取り組まなければなりません。お客様のイノベーションを、サステナビリティとともに促進することで、世界へのインパクトをより大きくできると考えています。それこそが私たちの使命です。

――ヘンケルでは、パリ協定で合意された世界共通の目標「2050年ネットゼロ」よりも5年早い「2045年ネットゼロ」を宣言しています。かなり挑戦的な目標かと思いますが、どのような背景があっての宣言なのでしょうか。

ヘンケルの最初のサステナビリティレポートの発行は、30年以上前に遡ります。サステナビリティへの取り組みは、もはやヘンケルのDNAの一部であり、かなり長期的なスパンで推進してきました。パリ協定の締結以前から、化学業界全体でサステナビリティを推進する中で、ヘンケルはそのイニシアチブをとってきた企業の一つだと自負しています。

また、ヘンケルのパーパスである「Pioneers at heart for the good of generations(次世代に向けて、意義ある未来を形づくるために、革新、責任、持続可能性という長年の遺産を未来につなげること)」は、サステナビリティと強く相関しています。そのため、従業員のエンゲージメントも高めるだけでなく、私たちに関わるお客様やサプライヤー様にも訴求しやすい部分はあると考えています。

ヘンケルが掲げている「2045年ネットゼロ」は、「Science Based Targets Initiative」(SBTi:科学に基づく目標設定イニシアチブ)に準拠した、科学的根拠に基づく目標です。以前から温室効果ガス低排出化の実現を非常に重要視していましたが、パリ協定の締結以降は、サプライヤー様も含め、より積極的に取り組みやすくなったと感じています。

――ヘンケルだけでなく、サプライチェーン全体で目標(Scope3)を達成していくために、どのように連携されていますか。

ヘンケルではまず、CO2を削減できているのかどうかを測定するため、カーボンフットプリントの測定方法に関する化学業界のガイドラインの策定にも関わっており、現在そのガイドラインは「Together for Sustainability」で共有されています。低排出化の実現だけでなく、それを正確に計算できる仕組みづくりも重要です。ガイドラインに基づき、私たちがサプライヤー様から購入する原材料の99%は、「Together for Sustainability」の監査・審査を受け、一次データを取得した上で算出しています。

また、新製品はすべてサステナビリティのフレームに則って開発されています。研究開発の最初の段階から、使用する原材料をはじめCO2排出量を算出できるようにしています。「Together for Sustainability」という理念のもと、業界のイニシアチブをとって目標の達成に努めていきたいと考えています。

――コア事業である接着技術は、社会のカーボンニュートラルにどのように貢献できると考えていらっしゃいますか。

接着剤は原材料からのCO2排出量が非常に多いため、原材料の段階でどれだけ削減できるかが重要なテーマです。その上で、バイオマス材料やリサイクルしやすいモノマテリアル化に対応した接着剤の開発など、お客様のサステナビリティニーズに応えるソリューションを提供することで貢献できると考えています。私たちだけで新製品を開発して終えるのではなく、実際に使っていただかなければ実現できない部分があります。商品パッケージやダンボール梱包など、さまざまな現場でCO2の削減目標を掲げている方に対しても、しっかりと訴求していきたいとしています。

自動車産業においても、EV化や軽量化の流れを受けて接着剤に求められる性能が変化しています。軽量化のために車体パネルを薄くすると剛性が弱くなるため、剛性を保つために補強部品が必要になるのですが、そこに接着剤が使われています。また、車体に当たる雨音を抑えるためにも接着剤が利用されています。さらにEVバッテリーでは、再剥離がしやすいソリューションを使うことで、バッテリー部材の再利用を促進しています。 これは単なる製造段階の工夫にとどまらず、使用後のリユースやリサイクルを見据えた技術革新であり、サーキュラーエコノミーに直結する取り組みです。

これらのケースでは、接着剤そのものが軽量化しているわけではありませんが、結果として車体の軽量化に間接的に寄与しています。私たちのソリューションが、間接的に貢献できる場面は数多くあります。

――車体が軽量化すれば、その分エンジンのエネルギー消費を抑えることにもつながりますね。再生エネルギー分野への取り組みはいかがでしょうか。

ヘンケルの160以上ある工場のうち、91%は電力を再生エネルギーに切り替えています。接着技術事業部門に絞ると、2024年末の時点で124工場の96%が再生エネルギーに切り替え済みとなっています。残る数パーセントは、再生エネルギーの供給が十分でない地域です。再生エネルギーへの切り替えによって一時的にコストが上昇するケースもありましたが、他の部分を削減したり、技術的な工夫をしたりすることで、製品コストへの影響を抑えるように努めています。

――サステナビリティへの取り組みは、一定のコストがかかると思います。その労力をかけるビジネス上のメリットは、どのような点にあるのでしょうか。

前提として、ヘンケルではサステナビリティを選択肢の一つではなく、取り組むべき使命と位置づけています。それは、私たちだけでなく、お客様やサプライヤー様にも広がっており、ネットゼロに向けて高い目標を掲げて取り組む企業も増えてきました。

グローバルのカンファレンスでも、「サステナビリティを本気でやらないという選択は、将来的にオペレーションのライセンスを失うことと同義となり得る」という声もあります。私たちが10年後、20年後、そしてその先も企業活動をしていく上で、サステナビリティは事業運営のためのライセンスのような意味合いを持ち始めています。

こうした中で、私たちがイノベーションを提供し、サステナビリティに貢献していくことは、ビジネス上で競争優位性を維持することにつながると考えています。

――日本市場においては、サステナビリティ戦略をローカライズしている部分はありますか。

海外に輸出をしていることもあり、グローバルなサステナビリティ基準が日本市場においても適用されています。ただ、自動車業界・エレクトロニクス業界・パッケージ業界など、それぞれの業界で顧客の優先事項は異なります。そのため日本市場では、業界・顧客の優先事項に合わせてカスタムしたソリューションを展開しています。例えば、パッケージ業界では、プラスチック量の削減やリサイクルを推進するソリューションが注目されています。

――今後、ネットゼロの実現のためにどのような取り組みが必要になるのでしょうか。

まずはこれまでと同様に、サプライヤー様との協力関係を強化して、再生エネルギーの導入や省エネルギー化を、より一層進めていかなければなりません。私たちだけでなく、お客様とのパートナーシップを通して、CO2の排出削減を支援していきたいと考えています。

今後のイノベーションでは、サステナビリティの比率をどれだけ高められるかが重要になります。開発の初期段階から、サステナビリティに関する計算ができるように体制を整えていきたいと考えています。

サステナビリティの重要性は多くの人が認識していますが、その取り組み方が難しいと感じている方も少なくありません。ヘンケルはその草分け的存在として、これまでもサステナビリティの面で社会に貢献してきました。今後もこの取り組みの先導役として、私たちと関わる多くの企業や団体が同じ方向に進めるように後押ししていきたいですね。

そして、サステナビリティへの取り組みを通じて従業員のモラルを高め、企業文化を強化し、お客様やサプライヤー様に選ばれる企業を目指します。そのためにも、次世代教育は重要です。ヘンケルではグローバルおよび国内で子どもたち向けのサステナビリティ教育を行っており、次世代に知識を深めてもらうことで、好循環を生み出し、将来の意識向上につなげていきます。次世代の意識を変えることこそが、企業文化の持続可能性を高める最大の投資だと考えています。

いまやサステナビリティへの取り組みは、企業にとって当然の責務であり、事業活動をしていく上で重要なミッションとなっている。ヘンケルの取り組みは、自社だけでなく業界全体、社会全体のサステナビリティを牽引するような強い理念のもとで推進されている。今後のビジネスにおいて不可欠となるサステナビリティについて、より深く思索していくことが求められているのではないだろうか。

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