「島原半島の三河屋さん」が描く、地域QOL経営の未来
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高齢化や人口減少によるサービスの担い手不足は、多くの地域社会で深刻化している。交通インフラの維持やライフサポート、環境配慮など、多様化するニーズに限られたリソースで応えるためには、地場の事業者によるアプローチが重要だ。長年の地域貢献を通じて信頼を築いてきた企業が、経営の多角化により価値を創出することは、持続可能な社会づくりに直結する。
出光興産株式会社が推進する「スマートよろずや構想」は、こうした地域ニーズに応えるプロジェクトだ。同社系列のSS(サービスステーション。ガソリンスタンドを指す)に新たな機能を組み込み、燃料供給にとどまらない生活支援拠点へと進化させ、地域課題の解決を目指している。SSを運営する事業者(特約販売店)と出光興産が協力し、ユニークな相乗効果を生み出している事例も多い。
AMPでは連載を通じ、「スマートよろずや構想」の事例を紹介。第7回となる本記事では、親子二代で経営改革と事業開発に挑むアポロ興産株式会社を取材。燃料や石油化学製品の販売で培った顧客との信頼関係を生かし、新たな視点で地域の未来をつくる、同社の事業拡大を追う。
変化する事業環境に対応すべく、親子二代でつなぐビジョン経営
長崎県の南東部に位置し、島原市、南島原市、雲仙市の三つの自治体から構成される島原半島では、約11万人の暮らしが営まれている。
1957年の設立以来、この地のエネルギーインフラを担ってきたのが、アポロ興産だ。代表取締役社長の馬渡 清範氏は、4代目の経営者。「お客さまとの信頼関係を第一に、着実に事業を積み重ねてきた」と、その歴史を振り返る。

清範氏「父の代に創業した当社は、SSの運営や法人向けの燃料供給にとどまらず、出光石油化学株式会社の九州1号販売店として石油化学製品事業にも力を入れてきました。島原地域という限られた商圏の中で、地域のエネルギーインフラとして継続的に機能するために、常に大切にしてきたのは信頼です。一方で近年、地域の人口は減少傾向にあります。私が社長に就任した2018年は、事業環境が大きく変化する転換期でした」
島原地域が抱えるのは、高齢化に伴い減少する生産年齢人口により、深刻な労働力不足に対応し切れないという課題だ。免許返納によるエネルギー需要の低下も予想されることから、清範氏は経営方針の見直しに乗り出す。きっかけは2017年、出光興産が特約販売店の経営者向けに開催する「出光経営カレッジ」への参加だった。
清範氏「『出光経営カレッジ』で出会ったのは、ビジョン経営という考え方でした。石油業界全体が縮小する中で、改めて自社の価値と戦略を見つめ直すもので、当社にも社是などはあったものの、長期的な方針について考えるのは初めてのこと。給油や石油化学製品だけでなく、多彩なカーサービス、生活の困りごとまで、地域の皆さんのニーズに幅広く応えていきたいと、ビジョンを練り上げていきました。2027年ビジョンとして掲げたのは、『島原半島の三河屋さん』。“販売業”から“伴走業”へシフトし、地域社会に貢献する方針です。ビジョンを固めた上で社長に就任できたことは、大きな一歩につながったと思います」
さらに清範氏は未来を見据え、次の世代に2035年ビジョンを策定させた。2025年に「出光経営カレッジ」に参加し、後継者としてビジョン策定を担ったのは、息子の馬渡 清伍氏だ。

清伍氏「掲げたビジョンは、『島原半島の人々の充実した生活に貢献するQOL(クオリティーオブライフ) First Company ! ~地域の人々に支持され、就職したい企業No.1を目指す~』というものです。まずは『島原半島の三河屋さん』を実現し、その上で地域の皆さまの生活の質、さらには従業員の満足度も高める方針です。ミッションには『顧客への安定供給』『雇用による地域貢献』『社員の満足度の向上』の三つを設定し、具体的なアクションにつながるよう意識しました」
親子二代でビジョンをつなぐこの姿勢を、アポロ興産を担当する出光興産 九州支店の文井 健稔氏は、「お手伝いする側としてもワクワクしています」と語る。

文井氏「経営者が自社の事業を整理し、明確な指針を示していくことは、容易なことではありません。それを二代で行おうとするアポロ興産さんの姿勢に、強い意志を感じました。清伍さんのビジョン策定の際には、私も二人三脚で言語化のお手伝いをしました。特約販売店さんが進むべき方向を見失わないようにサポートするのが、私たちの役割。アポロ興産さんの円滑な事業承継に、『出光経営カレッジ』のメソッドが貢献していることは、理想的なパートナーシップだと思います」
エネルギーインフラの知見を生かし、地域密着型のサービスを展開
「島原半島の三河屋さん」を掲げる清範氏がまず着手したのは、SS機能の拡充だ。洗車やオイル・タイヤ交換はもちろん、車検・整備、車両販売、カーリース、レンタカーなど、多様なニーズに対応し、顧客との関係性を強化することが目下の課題であった。
清範氏「それまでもサービス自体は扱っていましたが、お客さま一人一人に最適な提案を行える関係性には至っていませんでした。そこで顧客管理システムを導入し、蓄積した顧客データに基づく最適な提案と、いつでも相談できる体制づくりを推進。併せて従業員の意識改革を進めた結果、エネルギー以外の収入は着実に伸び、事業基盤の強化につながっています」
現在同社が注力しているのが、車検・整備領域だ。年間650台だった車検台数を750台へと引き上げる目標を掲げ、スタッフの声掛けや管理体制を強化。さらに、カメラ認証システムによって顧客の車を自動識別し、過去の整備履歴の確認や次回点検の案内を円滑に行えるよう、デジタル化も推進している。
清範氏「モビリティ領域における知見を地域社会のSDGs推進に生かすべく、EV(電気自動車)の導入支援にも取り組んでいます。脱炭素へのニーズが高まっていたことから、島原市役所に公用車のEV化を提案。その結果、市が運営していたコミュニティバスの新車として、2024年にEVが導入されました。現在は福岡工業大学と連携して走行データを収集・分析しており、高齢者の利便性向上に向けた最適なルート設計や、エネルギー低減を推進しています」

SDGs関連事業においては、石油化学製品のノウハウを生かし、環境配慮型商品の開発にも取り組んでいる。非食用米を活用した地域循環型プラスチック「ライスレジン」は、自治体指定のゴミ袋やレジ袋で採用されている。

清範氏「ライスレジンの原料は、古米や破砕米といった本来廃棄されてしまうお米で、耕作放棄地を活用して資源米を生産する取り組みも進めています。石油使用量を削減できるため、プラスチック製品の環境負荷低減の実現につながるんです。2025年の夏には地元の花火大会に合わせて当社のSSを無料開放し、ライスレジンで作成したうちわを熱中症対策として配布しました」

こうした既存事業の拡大には、過去に築き上げてきた地域社会でのネットワークが生かされている。
清範氏「当社における最大の強みは、お客さまとの距離が近いこと。地域の方々が日常的に立ち寄るSSでは常に会話が生まれるため、小さな声にも耳を傾けることが可能です。その声は、『車検もお願い』『家の灯油も』『次は息子の車を』と積み重なり、関係性の深化につながります。小回りが利く地域密着型のサービスは、カーサービスや石油化学製品以外のサービス展開においても役立てられるでしょう」
QOL First Companyで目指す、地域活性化のための新規事業
業績向上に向けた施策や新規事業の立ち上げ・準備を担っているのが、32歳の清伍氏だ。2016年、特約販売店向けの「子息教育制度」を通じて出光興産に入社。中部支店で基礎的な販売力を身に付けた後、現在はアポロ興産の企画課 課長として、現場をリードしている。

清伍氏「『QOL First Company』というビジョンは、従業員へのメッセージでもあります。雇用を安定させるためには、従業員のやりがい、豊かな人生を応援する企業に進化しなければなりません。経済的な補助はもちろん、QOLの向上も目指していく方針です」
清伍氏が構想する新規事業も、QOLの向上が中核となっている。
清伍氏「今後増加が見込まれる一人暮らしの高齢者に対しては、日常的な家事の支援だけでなく、災害や犯罪への対策も重要です。そこで構想しているのが、健康維持や経済状況の確認を行いつつ、地域に暮らす元気な高齢者同士が支え合い、社会とのつながりをサポートする『御用聞きサービス』です。この仕組みを通じて、雇用問題の解消にもつなげたいと考えています」

さらにウェルネス事業の立ち上げも視野に入れており、全国的にも普及が進むサウナ施設に着目し、地域活性化にもつなげていくという。
清伍氏「人口減少は、地域の活力不足につながる可能性もあります。『島原を健やかでエネルギーに満ちた街にしたい』という思いが、サウナ新設のアイデアにつながりました。健康増進効果に加え、島原の歴史や地理的特徴、地元食材などを掛け合わせることで、独自性の高い体験を創出したいと考えています」
文井氏「二つの新規事業はまだ準備段階ですが、ビジョンとの擦り合わせや意見交換、戦略策定においては、当社も全力で支援しています。『御用聞きサービス』におけるEV送迎車の導入やサウナにおける燃料供給など、アポロ興産の既存アセットとも親和性が高いため、ポテンシャルをいかに生かせるかがカギになるでしょう」
新規事業には、清範氏も積極的だ。食品の保存などで利用が進む急速冷凍技術「ブライン凍結」において、同社は-60℃で瞬間凍結させる技術を実現。海産物や農産物の事業者に向けた技術提供の準備を進めている。
清範氏「多くのブライン凍結では、-30℃での急速冷凍が一般的。当社が持つ-60℃の技術では、凍結時間を大幅に短縮し、細胞の破壊を抑えることで食品の鮮度を保つことができます。季節を問わず、全国の食材をおいしさそのままで届けられるため、多くの地場産業に貢献できるはずです」

一連の事業構想は、今後どのようにして実現されていくのか。後継者である清伍氏は、着実なロードマップを描いている。
清伍氏「最優先すべきは、既存事業の基盤を固め、従業員からの信頼を獲得すること。そのためには成果が伴わなければなりません。まずは、車検台数目標の達成を果たすべき責任として表明しました。そして同時に新規事業を形にすべく、需要調査や収益モデルの構築を進めていきます。3年後に当社のトップとなることを見据え、企業成長と地域貢献の土台を盤石にしたいと思います」
親子二代の中長期戦略で、「スマートよろずや構想」の先駆モデルをつくる
早期から地域社会への貢献を視野に入れていたアポロ興産の事業展開は、出光興産の「スマートよろずや構想」の先駆的なビジネスモデルといえるだろう。SSが備える地域貢献の可能性を、3人はどのように捉えているのだろうか。

文井氏「アポロ興産さんが『島原半島の三河屋さん』を掲げたタイミングは、出光が『スマートよろずや構想』を始める以前のこと。長年にわたり地域貢献に取り組んでいたからこそ、ビジョンと事業が自然に一致したのでしょう。同社が進める事業展開を、全国の特約販売店に共有し、『スマートよろずや構想』の前進に貢献したいです」
清範氏「『出光経営カレッジ』などの横のつながりを通じ、全国の特約販売店と成功事例を共有しながら自社を進化させられることは、『スマートよろずや構想』の最大の魅力です。私たちも他地域で応用できるモデルを創出し、全国の地域活性化につなげたいと思います」
清伍氏「SSを単なる給油やカーケアの場所にとどめず、地域の暮らしを支える生活支援基地として進化させる『スマートよろずや構想』は、私たちのビジョンと一致します。人と街をつなぐことは、島原においても今後求められていること。新たな地域課題を解決できるよう、皆さまの声一つ一つと向き合っていきます」
地域の“エネルギーインフラ”から、人々に支持される“QOL First Company”へと進化を遂げるアポロ興産。アップデートされるビジョンを通じ、次世代へと経営をつなぐ試みは、未来の地域貢献モデルを育んでいくはずだ。
