「第3のAI超大国」を狙う中東 日本は傍観者でいられるのか
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「第二の石油ブーム」はAIで起こす――中東の壮大な国家戦略
あなたの会社が使う「クラウドサーバー」は、どこにあるか考えたことがあるだろうか。日本企業の多くは、米国や欧州のデータセンターに依存している。しかし今、その構図を一変させる動きが中東で加速。サウジアラビアやUAEといった産油国が、驚異的な規模でAI関連インフラへの投資を進めているのだ。
中東・北アフリカ地域におけるテクノロジー関連支出は、2026年までに1,690億ドルに達する見通しだ。なかでもサウジアラビアは2024年に400億ドル規模のAI投資ファンドを設立し、半導体メーカーやデータセンター、AI企業への出資を本格化させた。2025年5月には、米Qualcommとサウジアラビアの政府系ファンド支援企業HUMAINが覚書を締結。先進的なAIデータセンターの構築や、エッジデバイスとクラウドインフラを統合したハイブリッドAI環境の整備を進める方針を発表している。
UAEも負けていない。OpenAIやNVIDIAなど米国企業の支援を受け、「スターゲート」と呼ばれる大規模データセンター群の建設を推進中だ。このプロジェクトを主導するのは、UAE全域で数十のデータセンターを運営するG42という企業。OpenAIとの提携により、UAE全土の住民にChatGPT Plusへのアクセスを提供する契約も締結し、世界初の国家規模でのChatGPT導入を実現した。
これらの動きを支えるのは、石油依存からの脱却を掲げる国家戦略だ。サウジアラビアの「ビジョン2030」やUAEの「デジタル経済戦略」は、データ駆動型産業を経済多角化の中核に据えている。カタールも2024年5月にデジタル変革プログラムへ25億ドルを投入。アラビア語対応のAI言語ツール開発を目指す「アル・ファナール」プロジェクトを始動させた。
データセンターと半導体――中東が狙う「AI経済のインフラ」支配
なぜ中東諸国がここまでAI投資に注力するのか。答えは「AI時代の計算能力争奪戦」にある。
生成AIの性能はモデルの優秀さだけでなく、どれだけ巨大なデータセンターと最新の半導体を確保できるかで決まる時代になりつつある。中東諸国はこの勝負で一気に世界の主導権を取りに来ているのだ。
まずサウジアラビアは、中東最大の「AIインフラ国家」を狙う。
同国は2025年6月に発表した「国家データセンター戦略」の中で、2030年までに1.5ギガワットのデータセンター容量を整備する計画を打ち出した。これは中東で最大規模の国家主導プロジェクト。既存の民間投資とは”桁の違う国家インフラプロジェクト”として注目を集めている。
サウジアラビアは、データセンターの建設許可が数週間で下りる超高速の制度設計や、海底ケーブル網でのアジア・欧州・アフリカという3大陸40億人へのアクセス、電力料金の低さ、広大な土地といった条件を武器に攻勢をかける。
HUMAINの幹部は「コストを20〜40%下げて世界市場に提供すれば、企業は必ず集まる」と自信を示す。
一方、UAEも米中に次ぐ「計算能力の第三極」を狙う野心をのぞかせる。
UAEは2025年5月、米国外で最大規模となるAIキャンパスの建設契約を米国と締結。アブダビに建設されるこの施設は約26平方キロメートルの敷地に5ギガワットの電力供給能力を持つ。これは、NVIDIAの最新チップB200を250万基稼働させられる水準となり、「発表済みのAIインフラ計画では世界最大級」と評されている。
プロジェクトの中核を担うのはUAE政府系企業G42で、NVIDIA、OpenAI、Cisco Systems、Oracle、さらに日本のソフトバンクグループとも提携。第1段階として200メガワット分が2026年に稼働する予定だ。
電力は原子力・太陽光・天然ガスを組み合わせて供給される。「電力不足によってAIデータセンターが建設・稼働できない」という米国と欧州が直面する問題に先回りすることで、優位性を確保する狙いがある。
米中の板挟み――中東AI戦略に潜む「地政学の落とし穴」
中東諸国のAIプロジェクトは滞りなく進むのか。最大の壁は、意外なところにある。最先端チップでもデータセンターでもなく、米中対立という地政学の現実だ。
UAEとサウジアラビアは、米国から最新AIチップを調達する一方で、中国とも深い経済関係を維持してきた。この「二股外交」の影響が、ここに来て出始めている。
トランプ政権は2025年5月の中東訪問時、両国へのチップ輸出規制を緩和したが、その裏では厳しい条件を課した。ホワイトハウスの発表によれば、UAEは自国での施設建設と同等規模の米国内データセンターへの投資を約束。さらに「米国製技術の迂回防止」に向けた国家安全保障規制の強化も求められている。
実際、G42は米国からの圧力を受け、使用していた中国製ハードウェアの撤去を進め、中国企業への投資も売却した経緯がある。だが、HUAWEIやAlibaba Cloudといった中国大手企業が依然UAEで事業を展開しているほか、UAEがAIチップの密輸経路の1つになっている点などが問題視されている。
サウジアラビアの状況はさらに複雑だ。2025年5月トランプ大統領のリヤド訪問時、HUMAINはNVIDIAから18,000個のAIチップ購入の仮承認を得た。しかし5カ月が経過しても最終承認は下りていない。
米当局が懸念するのは、サウジアラビアと中国の関係の深さだ。実際、サウジアラビアの国営石油会社Aramcoは、中国AI企業DeepSeekのオープンソースソフトウェアを自社データセンターで活用していることを公表している。また、Aramcoの一部出資企業が中国の有力AI企業ZhipuAIに投資、さらに、サウジアラビアのキング・アブドゥッラー科学技術大学では中国軍関連大学と関係を持つ研究者が強力なAIコンピューターにアクセスできる状況となっている。
サウジアラビア当局は、それでも米国に対して強気の交渉姿勢を維持している。ワシントンでの協議で、サウジアラビア側は「なぜ米国の輸出管理規則に従わなければならないのか」と疑問を呈し、データセンター内で米国製チップと中国製チップを別エリアに配置する案まで提示したという。
米国の専門家は、この綱渡りを「戦略的な賭け」と評する。中東政策研究機関の分析によれば、トランプ政権のAI戦略は「封じ込めから戦略的拡散へ」の転換になるという。湾岸諸国に資金と土地を提供させ、米国が技術とエコシステムを埋め込む。この依存関係により、中国への傾斜を防ぐ狙いがある。
だが、この戦略には大きなリスクも潜む。米国が技術的優位性を政治的圧力の道具として使えば、他国は「政治的なひも付きのない中国製チップ」に魅力を感じるかもしれない。実際、中国はHUAWEIのリスクを「予測可能で取引的なもの」と位置づけ、政治的な同調を求めない姿勢を売りにしている。日本企業が中東市場参入を検討する際も、この米中対立の構図を見極める必要がありそうだ。
日本企業にとってのチャンスとリスク――中東AI市場とどう向き合うか
地政学リスクに揺れる中東AI市場だが、日本企業にとっては見過ごせない機会でもある。すでに先行組の動きは始まっている。
NTTデータは2025年11月、サウジアラビアでのデータセンター建設を検討していることを明らかにした。Japan Timesによると、同社のアビジット・ドウベイCEOはリヤドでのインタビューで「国が短期間で実現したい目標と、実際の国内キャパシティとの間にミスマッチがある」と指摘。中東予算の約70%をサウジに配分している状況を明かした。同社はすでにサウジアラビアの大型プロジェクトNeomやスタジアム建設などに関与しており、AI分野での本格参入を模索中だ。
中東における電力と冷却という課題を鑑みると、日本が得意とする省エネ技術で大きなビジネス機会をつかむことができるかもしれない。実際、UAEのデータセンター運営企業Khaznaは、摂氏45度を超える過酷な環境で冷却効率を保つため、直接液冷や浸漬冷却技術への投資を進めているとされる。こうした領域で日本の精密機器メーカーや電力関連企業の技術が求められる可能性は高い。
ただし、リスクも無視できない。中東勢が米中に次ぐ「第3極」として台頭すれば、AI関連サービス市場での競争は激化する可能性がある。サウジアラビアのHUMAINは世界のAI処理能力の6%を担う野望を掲げ、現在の1%未満から大幅にシェアを拡大しつつ、米中に次ぐ地位を虎視眈々と狙う。
日本企業が中東市場で成功するカギは、米中対立の構図を理解しつつ、自社の技術的強みを活かせる領域を見極めることだろう。傍観者でいられる時代は、もう終わっている。
文:細谷 元(Livit)