「タブ往復」が不要に──Atlasが変える情報収集のスタイル

「タブを開きすぎてブラウザが重い」「必要な情報を探すために何度も画面を行き来する」。こうした日常的なストレスに、OpenAIが「ChatGPT Atlas」という新たな解決策を提示した。ChatGPTを中核に据えた全く新しいウェブブラウザだ。

Atlasブラウザ

最大の特徴は、ブラウザそのものにChatGPTが組み込まれている点にある。従来のように別タブでChatGPTを開いてコピー&ペーストする必要はない。閲覧中のページで疑問が浮かんだら、その場でChatGPTに質問ができる。たとえば、学生であれば、講義スライドを見ながら理解を深めたい場合、これまではスクリーンショットを撮ってChatGPTに送っていた。Atlasを使うことで、この手間から解放されることになる。

「エージェントモード」が実装された点は特筆するに値する。有料ユーザー向けに提供されるこの機能では、ChatGPTがユーザーの代わりにウェブサイト上で実際にタスクを遂行する。OpenAIのデモでは、レシピを渡すだけでChatGPTが食材リストを理解し、Instacartのサイトに移動して必要な食材をカートに追加、注文まで完了させる様子が披露された。

Instacartで買い物をするAtlas(OpenAIウェブサイトより)
https://openai.com/index/introducing-chatgpt-atlas/

この動きはGoogleにとって大きな脅威となる。OpenAIは、すでに週間アクティブユーザー8億人という巨大なユーザー基盤を抱えており、Atlasはユーザーのオンライン行動により深く入り込む重要な役割を担う。GoogleのChromeブラウザは、2025年10月時点で世界ブラウザ市場の73%のシェアを占めていた。このChromeの牙城に、AI機能を搭載したAtlasブラウザが現れたことで、市場も警戒感を示し、アルファベット株は発表当日の午後取引で1.8%下落

アナリストも厳しい見方を示す。D.A.デビッドソンのギル・ルリア氏はロイター通信に対し、「ブラウザへのチャット統合は、OpenAIが広告販売を開始する前触れだ。OpenAIが広告販売を始めれば、検索広告支出の約9割を握るGoogleから相当なシェアを奪う可能性がある」と指摘している。

24時間使ってわかった「便利さ」と「違和感」

Googleの牙城を崩すことができるのか。実際にAtlasを使った海外ユーザーからは、賛否両論が寄せられている。

テックメディア「TechRadar」の記者は、リリース後、24時間使い込んだレビューで率直な感想を述べている。「サム・アルトマン氏に人生のコントロールを委ねても構わないなら、気に入るはずだ」。この刺激的な記事タイトルが、Atlasの本質を端的に表している。

使い勝手については、おおむね好評だ。Atlasを開くと、極めてシンプルなデザインが目に飛び込んでくる。中央の大きなテキストボックスに入力すれば、ChatGPTで検索するか、Googleで検索するか、あるいは直接ウェブサイトに向かうかを選択できる仕組み。当初、デフォルトの検索エンジンを設定できない点に戸惑ったものの、数時間で慣れたという。

最も評価されたのは、ブラウザ内でのChatGPTの統合性の深さだ。画面右側の「Ask ChatGPT」ボタンを押すだけで、閲覧中のページに関する質問でも、全く別の話題でも、即座にChatGPTに尋ねられる。過去のチャット履歴やメモリー機能もすべてアクセス可能で、左側のサイドバーから以前の会話を呼び出すことも容易だという。記事を読んでいて文脈をもっと知りたいときや、別のタブの情報を画面を離れずに確認したいときなどにAtlasの強みがよく表れる。

画面右側に表示される「Ask ChatGPT」ボタン

特に好評だったのは「ブラウジングメモリー」機能。以前訪れたウェブサイトを見失い、履歴から見つけられなかった経験は誰にでもあるだろう。Atlasではこの問題が解消され、AIが記憶に基づいて素早く目的のページを探し出してくれる。レビュアーは「この機能の精度に驚いた」と述べている。

エージェントモードの実験も興味深い。レビュアーは、月初にChatGPTと相談しながら決めた構成をもとに、PCパーツ選定サイト「PCPartPicker」でゲーミングPCを組ませてみた。エージェントに任せて別の作業に移り、戻ってきたときには作業が完了していたという。ただし、エラーもまだ頻発するため、改善の余地は大きいとの評価だ。

記憶されるのは検索履歴だけではない──浮上するプライバシー問題

便利なAtlasだが、深刻なプライバシーとセキュリティの懸念が指摘されている点には触れておくべきだろう。

Atlasのリリース直後から、プライバシー擁護派や研究者から多くの警告の声が上がっている。問題の核心は、Atlasが収集するデータ量が他のどのブラウザよりも圧倒的に多い点にある。

最も物議を醸したのは、メモリー機能が記憶する情報の範囲だ。電子フロンティア財団のレナ・コーエン氏がテストしたところ、Atlasは「計画的親子関係連盟ダイレクト経由での性と生殖に関する医療サービス」に関する検索内容を記憶し、実在する医師の名前まで保存していた。米国では中絶へのアクセスが制限された州でこうした検索履歴が訴追に利用されているだけに、深刻な懸念材料となっている。

セキュリティ面でも重大な脆弱性が次々と発覚した。サイバーセキュリティ企業のLayerXは、Atlasに対する初の脆弱性を発見したと10月27日に報告。攻撃者がChatGPTの「メモリー」に悪意ある指示を注入できる欠陥を明らかにした。

この攻撃手法は巧妙だ。ユーザーがChatGPTにログインした状態で悪意あるリンクをクリックすると、攻撃者は「クロスサイトリクエストフォージェリ(CSRF)」と呼ばれる技術を使ってユーザーの認証情報に便乗する。そして気づかれないうちにChatGPTのメモリーに隠れた指示を埋め込む仕組みだ。次にユーザーが正当な目的でChatGPTを使おうとすると、汚染されたメモリーが呼び出され、悪意あるコードが実行される可能性があるという。

特に危険なのは、この感染が極めて「粘着性」が高い点だ。一度アカウントのメモリーが感染すると、そのアカウントを使用するすべてのデバイス(自宅のパソコン、職場のパソコン、異なるブラウザ)に影響が及ぶ。仕事とプライベートで同じアカウントを使用しているユーザーに対する危険性が特に高いと警告されている。

さらに深刻なのは、Atlasのフィッシング対策能力の低さだ。LayerXが103件の実際の攻撃を用いてテストしたところ、Atlasは97件を通過させ、阻止率はわずか5.8%にとどまった。攻撃の半数近くを阻止するChromeやEdgeと比較すると、Atlasの脆弱性が際立つ結果となった。

こうした問題に対し、OpenAIは対策を講じているという。政府発行の身分証明書、銀行情報、パスワード、住所、医療記録、財務データなどの機密情報は保持しない設計になっており、ユーザーは特定のウェブサイトを記憶しないよう指示したり、メモリーを手動で削除したりできる。エージェントがコードを実行したり、ファイルをダウンロードしたりすることも防止している。

しかし専門家の見方は厳しい。「AIブラウザを信頼するには時期尚早で、リスクが現時点で達成できることを上回る」との指摘だ。

仕事で使うなら知っておくべき「使い分けの原則」

このセキュリティリスクを理解したうえで、実際の業務ではどう使い分けるべきか。判断の軸は「目的」「扱う情報の機密性」「作業の性質」の3点に集約される。

最も基本的な原則は、情報の機密度による使い分けだ。社内資料や顧客情報など機密性の高い内容を扱う場合は、従来のChatGPT(エンタープライズ)を選ぶべきだろう。会話内容のみが送信され、ブラウザの閲覧履歴やCookieは関与しないため、セキュリティポリシーとの整合性を取りやすい。一方、公開情報やニュース、市場調査など外部情報を扱う際にはAtlasが真価を発揮する。

業務シーン別に見ると、使い分けのパターンが見えてくる。

営業職やマーケティング担当者なら、提案資料の構成やトークスクリプト作成には従来のChatGPTを使い、過去の提案文を貼り付けて推敲する。しかし商談前の競合情報収集や業界ニュースの把握には、Atlasを活用して複数サイトを横断しながら10分で市場を把握できる。商談後の議事録要約やフォローメール作成は再びChatGPTに戻す。こうした「往復」が効率的だ。

企画職やリサーチ担当者にとって、Atlasの強みは新市場や新技術のリサーチ作業で際立つ。各社のレポートや記事を同時に要約し、比較表を生成する作業はAtlasが得意とするところだ。ただし、社内提案書のドラフト化や議事録の整理といった業務では、機密情報を扱うため従来のChatGPTを選ぶのが賢明だろう。

エンジニアやクリエイターの場合、コーディング支援やバグ修正にはプロジェクトコードを直接貼り付けられる従来のChatGPTが適している。しかしAPI仕様やライブラリのドキュメント調査、競合製品の分析といった外部情報収集にはAtlasが有効だ。

経営層やマネージャーにとっては、週報や議事録の要約には安全性の高い従来のChatGPTを使い、市場トレンドやニュースのモニタリングにはAtlasを活用する。この使い分けが基本となる。戦略立案では、Atlasで情報収集した後、従来のChatGPTで洞察文書を作成するという連携も効果的だ。実際、AtlasとChatGPTは、アカウント連携ができるため、Atlasで調査→ChatGPTで推敲、という流れはスムーズに実行できる。

日常生活でも同様の原則が当てはまる。旅行の旅程案を作るのは従来のChatGPTで十分だが、実際にホテルや航空券サイトを開いて比較し、予約まで進めるならAtlasのエージェントモードが便利といえる。ただし、閲覧履歴から関連タスクを提案するメモリー機能については、プライバシーリスクを考慮し、必要に応じてオフにする判断も必要だ。

Atlasブラウザの設定画面ではメモリ機能のオン・オフが可能

文:細谷 元(Livit