リモートワークの“次”はどこへ? アムステルダムのホテルが示す「共創する働き方」
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この数年で、リモートワークや在宅勤務は一気に広がり、働く場所の選択肢は大きく変わった。自宅や地方、カフェや宿など、場所に縛られない働き方は、私たちに時間の自由と心理的な余白をもたらした。
一方で、日本国内では再びオフィスへの出社が戻りつつある。企業はチームの一体感や情報共有を重視し、週数日の出社をルール化する動きも目立つ。しかし、その流れが示しているのは「リモートワークの終わり」ではない。むしろ、働く場所を自ら選び、チームや他者とどうつながるかを再構築するフェーズに入ったということだ。
リモートワークの利便性を保ちながらも、偶然の出会いやリアルな刺激を取り戻すこと――その両立が、いま多くの人にとっての課題になっている。特にフリーランスやクリエイターにとって、オンライン中心の働き方は効率的である反面、雑談や余白の中から生まれるインスピレーションを得にくい。ZoomやSlackで情報は共有できても、「共感」や「共鳴」は生まれにくい。人との“間”に宿る創造性が、デジタルの海に埋もれつつあるのだ。
そんななか、オランダ・アムステルダムにある一軒のホテルが、リモートワーク時代の“先”を示している。それが「Volkshotel(フォルクスホテル)」である。Volkshotelは単なる宿泊施設ではなく、観光客、地元住民、ビジネスパーソン、学生までもが自由に交わる「オープンな創造の場」として、都市に新しい風景をつくり出している。
本記事では、このVolkshotelを拠点に生まれるクリエイティブなコラボレーションとコミュニティのあり方を通じて、「共創の場」としてのワークプレイスの新しい可能性を探る。
宿泊と共創が交わる“新しいホテル”
新聞社ビルから生まれた“人々のためのホテル”
Volkshotelは、アムステルダムの若者やクリエイターの間で知られる多目的ホテルだ。もともとは地元紙「De Volkskrant(デ・フォルクスクラント)」の本社ビルだった建物をリノベーションし、2014年に再オープンした。「Volk」はオランダ語で「人々」を意味し、その名の通り、“人々のためのホテル”という理念が貫かれている。
ユニークなのは、建物の構造そのものに、その思想が刻まれている点だ。正面のフロントウィングは、予算重視の客室から広々としたスイートまでを備えたホテルとして機能する。一方、背面のウィングは現在もクリエイターのための空間として使われており、80を超えるスタジオには200人以上のクリエイティブ・プロフェッショナルが拠点を構える。さらに地下には、100人を超えるミュージシャン、DJ、プロデューサーが利用する25の音楽スタジオが存在する。

“ひとつの屋根の下”に息づく創造のエコシステム
Volkshotelでは、まさにひとつの屋根の下に“創造のエコシステム”が構築されている。その巧妙な点は、ホテル運営とクリエイティブ活動が有機的に結びついていることだ。たとえば、ホテルで使われるソープボトルのデザインやルームキー、館内のマップ、ウェブサイトのイラスト――それらは外部の広告代理店に委託するのではなく、同じ建物内にいるデザイナーやイラストレーターに依頼される。ホテルの共同創設者のひとりであるTijs Bullock(タイス・ブロック)氏は、「Volkshotelは“illustrate”が大好きなんだ。ウェブサイトも、カップも、部屋の鍵も、街の地図も、すべてイラストレーターにお願いしているんだ」と語る。
これは単なるPRではない。建物の中で実際に機能する“小さな経済圏”である。ホテルは、市街地で高騰する家賃に悩むクリエイターに対して手頃なスタジオを提供し、彼らは代わりにデザインやアートワークを通じてホテルを彩る。ゲストはその成果物を日常的に目にし、滞在体験の中でアムステルダムのローカルカルチャーに触れる。それは、宿泊施設とクリエイティブコミュニティが共存し、互いを支え合う持続的な関係性だ。Volkshotelは、単なるホテルではなく、“都市に根ざした共創のインフラ”として機能している。

自宅勤務では得られない“つながりと刺激”
孤立から創造性を取り戻す
リモートワークの利点は、集中力を高め、自分のペースで働けることにある。しかし、長く続けるほどに、視野が狭まり、外部との接点が減っていくリスクもある。
Volkshotelのような空間は、まさにそのバランスを再設計している。スタジオでは個々が制作に没頭しながらも、同じ建物のどこかで誰かが新しい音を鳴らし、別の誰かがアイデアを語っている――そんな“気配”が常にある。その存在が刺激となり、創造性を呼び覚ます。
建物の設計も、それを支える重要な要素だ。無骨なコンクリートの質感とアムステルダムらしい温もりのあるデザインが共存し、等身大で居心地の良い雰囲気をつくり出している。人間味を重んじた空間が、クリエイターたちの心地よさを生み出している。
空間が媒介する共創の仕組み
また、Volkshotelは単なる宿泊施設ではなく、建物そのものが“共創のプラットフォーム”として機能している。音楽スタジオを利用するアーティストと、映像クリエイター、グラフィックデザイナー、ライターが自然に繋がり、新しい作品が生まれる。企業チームが短期滞在して現地のクリエイターとセッションを行うことも珍しくない。そうした偶発的な出会いの積み重ねが、文化や領域を越えたコラボレーションを育んでいるのだ。
このモデルの本質は、空間そのものがメディアとして機能している点にある。Volkshotelでは、デザインや家具、導線までもが「誰かとつながる」きっかけとして設計されている。SNSやAIが“つながり”をデータ化する時代にあって、人間の身体感覚を伴うリアルな出会いを再評価している。その場に身を置くこと自体が、創造のプロセスとなっているのだ。

日本への示唆:ローカルホテルと企業空間の再定義
地方ホテルや都市型コワーキングの新しい方向性
この“宿泊×共創”のモデルは、日本でも大きな可能性を持つ。すでに長野県や九州などで、空き家・古民家をリノベーションしてワーカー用・滞在者用に活用する動きが増えている。しかし、多くはまだ「観光」と「仕事」の中間に留まっている。Volkshotelのように、常設的なコミュニティと制作環境を内包した場は少ない。
今後は、地方の小規模ホテルやゲストハウスが、地元のデザイナー、映像作家、ITエンジニアと連携し、共創型の滞在プログラムを設計することで、「地域×クリエイティブ」の新しい生態系が生まれるだろう。
企業・ブランドが「共創空間」を設計する意義
一方、企業やブランドにとっても、Volkshotelの事例は示唆に富む。リモートワークが定着した今、オフィスの存在意義は“効率”ではなく、“創造性を生む場”へと変わりつつある。
多くのグローバル企業では、チームを一カ所に集めて議論や発想を深める「合宿型ワークスペース」やオフサイトリトリートを活用し、柔軟な働き方のなかで人と人の結びつきを再構築する動きが広がっている。一部のブランドは、社員だけでなく社外のアーティストやデザイナーを招いた滞在型プログラムを試み、異なる専門性を交差させながら新しい価値を生み出す実験を行っている。
こうした取り組みの根底にあるのは、「空間を通じて創造性を媒介する」という発想だ。単に働くためのオフィスや宿泊施設ではなく、共に考え、つくり、体験を共有する“場”として空間を設計すること――それが、リモートワーク以降の時代におけるブランド価値の新しい形になりつつある。
Volkshotelのように、宿泊・仕事・交流が自然に交わる場は、企業が目指すべき「共創型カルチャー」をリアルに体現している。空間を通じてブランド体験を拡張することは、広告やキャンペーンでは得られない深い共感をもたらす。Volkshotelはまさに、“空間をメディア化するブランドデザイン” の先行事例といえるのではないだろうか。

“孤立の時代”を超えて、つながりを再設計する働き方へ
リモートワークの時代において、私たちは「場所に縛られない自由」を手に入れた。しかし同時に、顔を合わせて語り合う時間の価値を再認識している。Volkshotelのような空間は、その両者を接続する「ハイブリッドな場」として、これからの働き方の新しい原型となるだろう。
創造性は、人と人が関わり合う瞬間に生まれる。リモートワークでも、オフィスでもなく、その中間にある“共に過ごす場所”が、これからの時代に求められている。Volkshotelの試みは、そんな「つながりの再設計」に向けた、ひとつの実践と言える。それは、働くことを通じてもう一度“人と創造の関係”を見直すための、小さなヒントなのかもしれない。
文:中井 千尋(Livit)