「検索して買う」から「AIが代わりに買う」時代へ 米国で始まったAI購買革命とは
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「今夜カレー作りたい」→即配送完了。米国で始まったチャット買い物革命
「今夜はカレーが食べたい」。そんな何気ないつぶやきをチャット画面に打ち込むだけで、必要な食材リストが提示され、そのまま決済と配送手配まで完了してしまう。そんなSF映画のような買い物体験が、米国で現実のものとなりつつある。
この新時代の幕開けを象徴するのが、OpenAIとWalmartの提携だ。両社が導入する「インスタントチェックアウト」機能により、利用者は食材や日用品について対話形式で相談し、提案された商品をChatGPT内で即座に購入できるようになる。アプリを離れることなく、チャットから直接決済・配送が完了する新しいショッピング体験が到来した。
この変化の本質は、従来の「検索バーと長い商品リスト」体験からの転換にある。Walmartはこれを「エージェント型コマース」と呼び、AIが顧客のニーズを学習し予測する能動的な購買支援への移行だと位置づけている。検索という受動的な行為から、AIが先回りして提案する購買体験への根本的な変革が始まっている。
OpenAIは2025年9月にEtsyやShopifyとの同様の提携を発表しており、今回の全米最大の小売業者との協業は、さらに大きな飛躍を意味する。現在のところ、インスタントチェックアウトは単品購入のみに対応しているが、複数商品のカート機能への拡張も計画されている。サービス開始時期について、Walmartは「間もなく」としか明かしていないが、決済処理にはStripeの技術標準が採用されるなど、実用化への準備は着々と進んでいる。
競合のAmazonもAmazonショッピングアプリに「Buy for Me」機能を試験導入するなど、エージェント型コマースをめぐる動きは活発化の様相だ。
Google検索1位でも売れない時代──日本企業が直面する「AEO」という新競争
米国での動きに呼応するように、世界中で「AI Engine Optimization(以下、AEO)」と呼ばれる新たな競争が始まっている。これは、AIエンジンに選ばれなければ商品が売れない新時代への最適化手法だ。
OpenAIの調査によれば、世界で週180億件送信されるクエリのうち、商品や買い物に関連するものは約2.1%を占める。また、Bloomreachの調査では、顧客の約60%がオンラインショッピングの商品調査にAIツールを利用していることが明らかになった。従来の検索エンジン最適化(SEO)で上位表示されても、AIが推奨する商品リストに入らなければ売上が伸びないという時代に突入しつつある。
実際、AIの推奨アルゴリズムで引用されるドメインのうち、Google検索1ページ目の結果と一致するのはわずか4.5%。つまりSEOで強い企業でも、AI時代にはその可視性は保証されない。AIツールはより広範な情報源を分析するため、従来の検索順位とは異なる基準で商品を選別しているのだ。
欧州のマーケティングコンサルタント企業A11でAEOを統括するアレクサンドル・シュミッツ氏は、「様子見はもはや選択肢ではない」と断言する。AI Overviewsの導入以降、EC企業のオーガニックトラフィックは15〜30%減少。一方、6〜8カ月前からAEO対策を始めた企業は、商品カテゴリーでの引用が30〜40%増加しているという。
日本でも、こうした潮流に対応する動きが加速している。2025年5月19日、売れるネット広告社が国内上場企業として日本初となるAEOサービス「売れるAI最適化 for ChatGPTショッピング」を正式リリースした。同社が独自に行った「買うAI」普及調査によれば、2035年にはAI経由の売上寄与率が約49%に達し、企業取引のほぼ半数で「AI対AI」交渉が行われる可能性があるという。
冷蔵庫が勝手に発注する日常──「ついで買い」までをAIが管理する近未来
近い将来、AIは買い物リストの品物を揃えるだけでなく、あなたが欲しいと気づいてもいなかった商品まで自動で購入するかもしれない。
PwCの2025年に実施した調査では、消費者の40%が2030年までに比較購買にAIを利用すると予想し、そのうち3分の1は購買決定の全てを自動化したいと考えていることが明らかになった。買い物を自動化したいという潜在需要は大きなもので、先回り購買するAIが短期間で普及する可能性を示唆している。
Samsungが2025年1月に発表したAI搭載冷蔵庫とInstacartとの複数年パートナーシップは、そのような未来を垣間見せるものといえるだろう。この提携により、冷蔵庫内に設置されたカメラとAIが最大37種類の食品を認識し、在庫が減ると自動的にInstacartのカートに商品を追加することが可能になるという。
AIの真価は、過去の購買履歴や残量を学習し、無駄遣いを防ぐ点にもある。「今週は既に2箱買っています」といった気づきを与えてくれるケースもあるということだ。また、スマートウォッチとの連携により、健康目標に合わせた買い物リスト作成も視野に入る。たとえば、運動習慣がある利用者には、AIがタンパク質豊富な朝食オプションや就寝前のリラックス用ハーブティーを提案するといった具合だ。
今後数年でスマートホームは、2010年代のスマートフォンのように主流技術になっていくと予想されている。PwCは「5年後には『買い物に行く』という言葉が『ダイヤルアップ接続する』と同じくらい古臭く聞こえるかもしれない」と指摘している。
「赤いシャツが届いた」誰の責任?──AI買い物時代の落とし穴
便利さの裏には、避けて通れないリスクも潜む。AIによる買い物が本格化する中、決済業界では責任の所在を巡る議論が活発化している。
米国大手銀行JP Morgan Chaseでマーチャントサービス部門を統括するマイク・ロザノフ氏は、AIエージェントが誤った商品を購入する「ハルシネーション」の可能性を指摘。「エージェントが幻覚を起こし、指示していないものを買ってしまう可能性はあるか。もしそうなった場合、誰が責任を負うのか。この領域のルールはまだ完全には確立されていない」と同氏は語る。
具体的な問題はこうだ。消費者が「ネイビーブルーのTシャツを注文して」とAIに指示したのに、届いたのは赤いシャツだった場合、消費者は銀行に連絡するかもしれない。しかし銀行には、その消費者がシャツを注文した記録がない。なぜならエージェントが購入したからだ。店舗に問い合わせても同様の記録はない。「これらすべてが業務上の頭痛の種となる」と、決済プラットフォームPazeを運営するサージ・エルキナー氏は指摘している。
返品詐欺の増加も懸念材料だ。チャージバック詐欺は年間約500億ドルの損害を小売業者にもたらしているが、AI購入はこの問題を増幅させる可能性がある。消費者は「エージェントがミスをした」「欲しくないものを買った」と主張できるからだ。既存のチャージバック保護では十分に対処できない新たな紛争カテゴリーが生み出されるリスクが懸念されている。
プライバシーの観点からも課題は多い。購買履歴や嗜好データをAIが学習することで、詳細な消費者プロファイルが構築される。さらに、AIが「おすすめ」として提案する商品が、実は広告主の意図で優先表示されている可能性も否定できない。
こうした課題に対し、小売業者は今、責任範囲を明確化する契約条件の整備を急いでいる。
利便性とリスク、このバランスをどう取るべきか。投資会社のArk Investmentsは、2030年までにAIエージェントが約9兆ドル、世界のEC売上の約25%を担うと予測する。「牛乳買っといて」で買い物が完了する未来は、もう目の前だ。ただし、その便利さの代償として何を支払うのか。冷静に見極める目が、これまで以上に重要となる。
文:細谷 元(Livit)