拡大する世界の旅行経済──急拡大する旅行市場で日本が存在感を高める理由
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データで読む世界の旅行経済
旅行・観光が再び、世界経済を牽引する強力なエンジンとして復活した。
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が2025年9月、ローマで開催した国際サミットで発表した最新データによると、旅行・観光セクターにおける国際旅客支出は、2025年に史上最高となる2兆1,000億ドル(約323兆円)規模に達する見込みだ。これは2019年のピーク時の1兆9,000億ドルを1,640億ドル(約25兆円)も上回る数字となる。
国別の旅行・観光GDP貢献額にも、その経済的インパクトの大きさが如実に表れている。2024年のデータでは、米国が2兆5,584億ドルで首位に立ち、中国が1兆6,443億ドルで2位に続く。欧州勢も存在感を示しており、ドイツが5,255億ドルで第3位、英国が3,672億ドルで第4位という結果だった。「旅行・観光セクター全体」では、2025年に世界GDPに対し、その10%以上となる約11兆7,000億ドルの貢献をする見込みとなっている。
注目すべきは日本の位置付けだ。日本の旅行・観光セクターのGDP貢献額は2024年に3,105億ドル(約48兆円)に達し、世界第5位の観光大国としての地位を確立。この数字は単なる通過点に過ぎず、2025年には3,243億ドル(約50兆円)まで増加すると予測される。約138億ドル(約2兆1,276億円)の増加は、日本経済にとって無視できない成長要因といえるだろう。
興味深いのは、地域ごとの成長スピードの違いだ。欧州全体では旅行・観光セクターが2024年に2兆7,000億ドルをGDPに貢献し、地域GDPの9.6%を占めるまでに拡大した。これはパンデミック前の水準を6%以上も上回る数字で、前年比5%の成長を記録している。一方、中国は2025年に22.7%という驚異的な伸びが予測されており、2,600億ドルの増加が見込まれる。経済の再開が遅れた分、その分大きな反動が起こると予想されている。
旅行・観光産業における雇用に与える影響も無視できない。2024年時点では世界中で3億5,700万人の雇用を支え、2025年には3億7,100万人に達する見通しだ。さらに長期的には、2035年までに世界の8人に1人が旅行・観光関連の仕事に就くことになり、9,100万人の新規雇用が生まれると試算されている。
欧州の「質重視」戦略が示す日本への教訓
欧州各国の観光戦略を見ると、日本が目指すべき方向性が浮かび上がってくる。特に注目したいのが、単なる「数の拡大」から「質の向上」へと舵を切った国々の成功例だ。
イタリアの戦略は示唆に富む。2024年、同国では36万7,981件の国際会議やイベントが開催され、参加者数は2,930万人に達した。前年比で8.2%増という着実な成長を遂げている。特に経済効果の大きさが顕著で、会議・イベント産業だけで117億ユーロ(約2兆円)の直接的な経済貢献を生み出した。観光全体では2,483億ドルのGDP貢献を達成しており、大規模イベントや国際会議といった高単価の観光客を積極的に呼び込む戦略が功を奏しているかたちだ。
ドイツもまた、この流れを体現する国の一つだろう。2024年の旅行・観光によるGDP貢献額は5,255億ドルに達し、2025年にはさらに記録を更新する見通しとなっている。ドイツは、観光を経済・エネルギー省の管轄下に置き、持続可能な成長と経済成長を両立させるアプローチを採用。環境に配慮しながらも経済効果を最大化するという、一見矛盾する目標を達成している。
ドイツも国際会議やイベント産業で顕著な成長を見せる。2024年には前年比13%増の710万件のMICE(会議・報奨旅行・国際会議・展示会)関連の旅行が記録された。この分野だけでビジネス旅行市場の60%を占めるまでに成長している。さらに、対面によるイベント参加者数は延べ3億7,800万人分に達し、前年比21.5%の大幅増を記録した。パンデミック後、人々は再びリアルな交流を求めており、それが数字にあらわれた格好だ。
こうした欧州の事例が日本に示唆するのは、オーバーツーリズム対策と経済効果の両立が可能という点だ。高単価の国際会議やビジネスイベントの誘致は、大量の観光客を受け入れることなく、より大きな経済効果を生み出せる。イタリアやドイツの成功は、日本が持つ豊富な文化資源や先進的なインフラを活かせば、同様の戦略が十分実現可能であることを示している。
「モノ消費」から「体験消費」へ──世界的潮流の本質
世界の観光市場では消費者の関心が、明らかに「モノ」から「体験」へと移り始めているという事実も、日本の観光戦略を考える上で重要である。
米国での調査によると、2024年8月までの12カ月間で、体験への支出はパンデミック前と比べて32%増加している。同時期の消費財全体の伸び率が21%、裁量的な商品購入率が5%増加したことに比べ圧倒的な伸びを示した。
旅行予約プラットフォームのGetYourGuideを率いるJohannes Reck(ヨハネス・レック)氏は、孤独が蔓延する時代において、人々は人間的なつながりを求めており、それを旅行体験が体現していると分析している。
欧州でも同様の傾向が鮮明だ。Mastercardが実施した1万5,000人超を対象とした調査では、欧州人の70%が2025年に「バケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)」の実現を最優先事項としていることが判明した。その主な動機は、「一生の思い出を作ること」が44%)、「世界を新しい視点で見ること」が36%、「大切な人と体験を共有すること」が33%だという。
Z世代の行動パターンも興味深い。若年層の48%が2025年中に2つ以上の「バケットリスト体験」を実現する計画を立てており、この動きが社会全体のトレンドをけん引する要因になっている。Z世代は、服(40%)や嗜好品(38%)、最新ガジェット(32%)への支出を削ってでも、記憶に残る体験にお金を使う選択をしているのだ。
旅行・観光が体験消費の筆頭に立つのは当然として、その内訳を見ると多様性が際立つ。欧州人が2025年に優先する体験のトップ10には、アウトドア体験(80%)、食関連の体験(79%)、映画関連の体験(76%)、ライブ音楽イベント(74%)、美術展や文化イベント(73%)が並ぶ。特にスポーツイベントの需要は急増しており、58%の欧州人が2025年中に少なくとも1つのスポーツイベントに参加する予定で、これは前年比152%の急増となる。
体験経済市場は2032年までに2兆1,000億ドル規模に達すると予測されている。
この潮流は富裕層でより顕著だ。スイスのプライベートバンクJulius Baerの調査では、富裕層の消費が高級品から体験型サービスへと明確にシフトしていることが判明。ファーストクラス航空券や高級レストラン、ウェルネス関連の活動への支出が急増している。モノを集める時代は終わり、体験・記憶を積み重ねる時代が到来したということだ。
海外メディアが注目する日本の強み──旅館と伝統文化の可能性
海外の富裕層向けメディアが日本をどう評価しているのか。その視点から見えてくるのは、日本が持つ独自の強みと、それを活かした戦略的な観光展開の可能性だ。
高級旅行ネットワークVirtuosoの2025年版レポートによると、日本は家族旅行先のトップ5に入り、イタリア・ハワイ・コスタリカ・ギリシャと肩を並べる人気を獲得した。特筆すべきは、旅館での宿泊体験や茶道といった文化的体験が高く評価されている点だろう。東京も都市別ランキングでトップ5に初めて食い込み、パリ・バルセロナ・ローマ・ロンドンといった欧州の古都と競合するまでに成長している。
また、日本の旅館が体現する「スローラグジュアリー」の概念も、海外の富裕層向けメディアで注目されている。
こうした評価を踏まえ、日本はいかに「質の観光」を推進すべきか。EYの最新レポートでは、その戦略的な方向性を示す。2024年、日本のインバウンド旅行者数は過去最高の3,687万人に達し、消費額も8兆1,395億円という記録的な水準となった。しかし、急速な需要回復はオーバーツーリズムという負の側面も顕在化させた。
オーバーツーリズム問題を最小化しつつ、観光収入を最大化するには「高付加価値旅行者」の誘致が必須だ。日本観光庁が定義する高付加価値旅行者とは、単に高額消費をする旅行者ではない。知的好奇心と学習意欲が旺盛で、旅行中にさまざまな体験を通じて知識を深め、インスピレーションを得ることを重視、さらに地域の伝統、文化、自然に積極的に関与する層である。
EYは、高付加価値の創出は、単にコンテンツの価格を上げることではないと指摘する。その本質を抽出し、他では得られない独自性を示すことが重要となる。日本の強みは、ウェルネスと伝統産業・文化遺産という2つの強力なトレンドを活かせる点にある。たとえば、金継ぎ(割れた陶器を漆と貴金属で修復する技法)は、富裕層旅行者の間で高い人気を誇るという。海外の企業経営者たちは、不完全さを許容し、修復の過程が価値を高めるという金継ぎの哲学を経営手法にも通じるものとして評価している。
重要なのは、地域の歴史や文化といった背景情報を組み込み、他の地域では得られない独自の体験へと昇華させることだ。ガイドの役割も変化しており、単なる補足説明ではなく、高付加価値旅行者のニーズに合わせて地域コンテンツをキュレートし、体験全体の価値を高める存在になることが求められている。
文:細谷 元(Livit)