150のデータソースで見込み客を狙い撃ち

営業担当者が毎日何十件ものメールを送信しても、返信が来るのはわずか数件。送り先のリストは古く、メッセージは誰にでも当てはまる定型文。相手が今まさに関心を持っているかどうかを知る術もない。こうした営業活動の非効率は、現在でも多くの企業が抱える問題となっている。

この課題は、AIによる自動化でどこまで改善できるのだろうか。

ClayとOctaveの統合が生み出す新しい「GTM(go to market)エンジニア」アプローチが、1つの解を示す。Clayは、2025年8月に1億ドルを調達し31億ドルの評価額をつけたシリコンバレーのデータスタートアップ。Octaveは、2025年5月に550万ドルを調達したAIメッセージスタートアップだ。

両社が目指すのは、従来の大量送信型メールマーケティングからの完全な脱却である。Clayは150種類以上のデータソースから企業や人物に関するリアルタイムの情報を収集する「シグナルエンジン」として機能する。人事異動や資金調達の発表、競合他社への言及といったシグナルを自動追跡し、商談が成立しやすいタイミングで見込み顧客をリストアップする仕組みを提供している。

一方、Octaveは「コンテキストエンジン」という仕組みを活用し、Clayが収集したシグナルをもとに、各見込み顧客の業界や役職、関心事に応じたメッセージを生成する役割を担う。たとえば、データ統合技術を提供する企業が物流会社とホスピタリティ企業にアプローチする場合、業界ごとに異なる課題や用語を使い分け、それぞれに「刺さる」文章を作成することができる。

注目すべきは、両社が「スプレー・アンド・プレイ(大量送信して反応を待つ)」アプローチを明確に否定している点だ。Octaveの共同創業者兼CEOであるザック・ヴィディボー氏は「企業はデータで溢れているが、レガシーツールでは静的なテンプレートに項目や変数を差し込んで全顧客に送信するだけで、ノイズを突破できない」と多くの企業が抱えるメールマーケティング問題を指摘する。

Octaveが採用するのは、GPT、Claude、Geminiといった最先端のAIモデルを組み合わせ、メール作成やリード選別といったタスクごとに専門化されたエージェントを配置する構造だ。各顧客企業のビジネス特性を学習し、テクノロジー企業向けにエンドポイントセキュリティを販売するのか、化学メーカー向けに流量測定装置を売るのかといった違いを理解した上で、見込み顧客の具体的な状況に即したメッセージを生成する。

この統合により、ClayユーザーはOctaveの機能を既存のワークフロー内で直接利用でき、プラットフォームを切り替える必要がなくなった。軽量版の「Octave Lite」では別途アカウント作成なしで試用でき、上級ユーザーは自身のAPIキーを持ち込んで全機能を活用可能だ。データ収集からメッセージ生成、配信までを一気通貫で処理できる環境が整いつつある。

年収2,400万円、急成長する「GTMエンジニア」の正体

「GTMエンジニア」は2023年にClayが提唱し始めた新しい役職だが、AIの進化・普及に伴い認知度が向上、一般的な役職になりつつある。

GTMエンジニアに求められるのは、営業・マーケティング・カスタマーサクセスの各チームが効率的に収益目標を達成できるよう、AIツールを駆使してシステムを構築すること。従来の営業オペレーション担当者のように既存プロセスを管理するのではなく、リード発掘や顧客調査、需要創出といった業務を自動化する新しいワークフローを発明し、組織全体の営業力を底上げする役割を担う。

具体的な業務内容は多岐にわたる。インバウンドのセールスリードに関するデータを自動で充実させ、営業担当者が顧客と会話を始める前に十分な文脈を提供。ソーシャルメディアプラットフォームを監視して販売対象製品について話している人々のリストを自動生成し、メールを送信する仕組みの構築を担うこともある。一連のAIツールを組み合わせたワークフローにより、かつてはビジネス開発担当者のチームが手作業で行っていた業務を自動化する点が特徴だ。

求められるスキルセットも独特である。基本的なコーディング能力やJavaScriptの知識、プロンプトエンジニアリングへの習熟が必要とされる一方、経験豊富なエンジニアである必要はない。むしろ「データの流れやシステムの接続方法に関する技術的理解」と、Zapier、Clay、n8nといったAIツールの実践的な使用経験が重視される。Tremendousの求人では、LLM APIやAI駆動型のデータ充実化、予測モデリングの実装経験に加え、迅速な実験を好む姿勢や高い共感力も条件に挙げられている。

組織内での位置づけは企業によって異なる。オペレーション部門に配置してプロセス管理とアナリティクスを統合する企業もあれば、マーケティング部門に置く企業もある。ある専門家は「CRMシステムのように組織の真ん中に位置し、全員がアクセスする存在」と表現する。マーケティング、営業、カスタマーサクセスの境界を越えて「点を繋ぐ」役割が期待されているのだ。

米国では過去4カ月半だけで400件以上のGTMエンジニアの求人が掲載され、年収中央値は16万ドル(約2,400万円)と、従来の営業・マーケティングオペレーション職より20%高い水準だ。Tremendousは13万〜16万ドルの給与レンジを提示している。

グローバルな広がりも見せており、Clayは30カ国以上で60以上のクラブを運営し、公式プログラムを含む7つのブートキャンプがGTMエンジニアリングを教えているという。ある卒業生は5カ月で時給18ドルから100ドルへと収入を伸ばし、30歳未満の複数のClayユーザーがGTMエンジニアリング代行業を立ち上げ、初年度に年間経常収益100万ドル超に成長させた事例も報告されている。

営業チームの人数半分でも売上2倍

GTMエンジニアが示すようなAIによる営業自動化は、単なる効率化にとどまらず、売上構造そのものを変えつつある。

データ統合プラットフォームのAirbyteは、営業担当者を増やすことなくパイプラインを2倍に拡大。企業向けギフトサービスのSendosoは、人員を増やさずに「質の高い顧客接点」を4倍に増やし、キャンペーン立ち上げ期間を数週間から数日に短縮したという。両社に共通するのは、リスト作成やメール送信といった定型業務をAIに任せ、営業担当者が商談や関係構築など人間にしかできない業務に集中できる体制を築いた点にある。

営業担当者の時間配分には非効率な偏りがあったが、AIにより、その配分が変化しているのだ。

Bain & Companyの調査によると、営業担当者は現在、業務時間全体の約25%しか顧客対応に使えていない。残りの時間は情報収集や資料作成、社内調整といった周辺業務に費やされているのが現状だ。一方、同調査は、AIがこれらの作業を肩代わりすることで、顧客対応の時間が大幅に増加する可能性も突き止めた。たとえば、AI導入済みの営業チームでは販売勝率が30%以上向上するケースがあったという。

HubSpotが実施した2025年の調査でも、営業分野でのAI活用の広がりが裏付けられた。営業担当者の92%が何らかのAIツールを使用しており、そのうち84%が時間節約とプロセス最適化を実感していると回答。営業支援ツールOutreachの調査では、AIアシスタント「Kaia」を使用するチームがリサーチとパーソナライズの時間を90%短縮し、50日以内にクローズした案件の勝率は47%と、市場平均の21%を大きく上回ったと報告されている。

日本企業にとって、海外におけるこうした営業自動化の動きは無視できないものだ。特に、グローバル市場で競争する企業にとって重要な意味を持つ。AI自動化投資が活発な海外競合がGTMマーケティングなどによる営業自動化を進めることで、市場シェアを奪われかねないからだ。総務省の情報通信白書によれば、日本における生成AI利用経験者は26.7%にとどまり、企国内企業の利用計画も49.7%と、米国や中国に比べて慎重な姿勢が続く。

日本企業が直面する労働力不足や生産性向上の課題に対し、GTMエンジニアの導入は一つの有力な選択肢となるはずだ。ただ、AIが営業プロセスの多くを自動化しても、人間ならではの関係構築や顧客理解が成功の鍵を握る点は変わらない。

文:細谷 元(Livit