AIが仕事を奪う?データが示す「雇用増加」の真実

2025年1月に発表された世界経済フォーラム(WEF)の「未来の仕事報告書2025」では、AIとデータ活用が企業変革の中心になること、またグリーン経済が新しい雇用を生み出すとの予測が展開された。

同年9月時点、直近数カ月以内に発表された複数の別調査でも、特にAIに関して興味深い傾向が明らかになっている。

たとえば、PwCが約10億件の求人広告を分析した「2025 Global AI Jobs Barometer」(2025年6月26日)によると、AI関連スキルを持つ労働者の賃金プレミアムは前年の25%から56%へと倍増したことが判明。企業がAI時代に対応できる人材を積極的に採用しようとしている状況が浮き彫りとなった。

また、AI導入が必ずしも雇用の減少を意味しないことも示唆されている。同調査では、AI露出度の高い職業でも過去5年間で38%の雇用増加を記録。露出度の低い職業の65%には及ばないものの、AIによる大量失業という悲観的シナリオには至っていないことが分かった。むしろ、AIと協働できる人材への需要が急増している状況なのだ。

OECDの「Employment Outlook 2025」も同様の傾向を示している。2025年第1四半期のOECD平均雇用率は72.1%と過去最高を記録し、労働参加率も76.6%に達した。失業率は4.9%と歴史的低水準を維持。ただし、雇用成長率は前年同期比0.12ポイント上昇と、0.20ポイントだった前年より若干鈍化した。

具体的に成長が見込まれる職種として、Auraの分析(2025年7月)では、AIエンジニア、プロンプトエンジニア、サイバーセキュリティ人材、AI倫理担当者などが挙げられている。特に注目すべきは、ソフトウェア関連職の14%がAI関連になっているという事実だろう。これらの職種では、技術的スキルだけでなく、ビジネスと技術を橋渡しできるハイブリッドな能力が求められる。

一方で課題も浮上している。CBSニュースによれば、2025年1〜7月の間、米国民間企業における雇用削減数は、80万件以上に上ったが、このうち1万件以上が生成AIの影響によるものと分析されているのだ。テクノロジー業界における雇用削減数は8万9,000件と、前年比36%増加したという。特に深刻化しているのが、エントリーレベルの雇用だ。The Economistは、米国で22〜27歳の大卒者の失業率が史上初めて全国平均を上回ったと報じている。

需要866%増 いま最も熱い「生成AIスキル」の正体

現在の労働市場では、数字上の量的変化に加え、スキルセットに関する質的変化も起こっている。

たとえば、Courseraの「Job Skills Report 2025」によれば、生成AIスキルへの需要は前年比866%という驚異的な増加を記録。これに呼応し、企業の従業員、学生、求職者における生成AIコース登録数は、それぞれ1,100%、500%、1,600%の急増となった。

またAIリテラシーへの関心もこれまでにないほど高まっている。マイクロソフトの「2025 Work Trend Index」で引用されたLinkedInデータによると、AIリテラシーは2025年最も需要の高いスキルとなった。これは単なるツールの使い方を超え、AIのビジネスプロセスへの戦略的影響を理解する能力を指す。重要なのは、AIを「コマンドベースのツール」としてではなく、「思考パートナー」として活用できる能力だ。

一方、技術的スキルとしては、コンピュータビジョン、PyTorch、機械学習などのAIスキル需要が前年比で倍増。AI・ML専門職が今後4年間で40%の成長が見込まれるほか、2030年までにAIが世界経済にもたらす価値が15兆7,000億ドルに達するなどの強気予測がAIスキル需要を押し上げる要因になっている。

サイバーセキュリティとリスク管理スキルが急上昇していることも見逃せない。2024年第3四半期にはサイバー攻撃が75%増加しており、セキュリティやリスク管理系のスキル需要は今後も増加する見込みだ。

しかし、現状は技術スキルだけでは不十分である。マイクロソフトの調査では、AIが代替できない5つの人間固有の能力を特定。倫理的推論、これまでにない状況への対応能力、文化的対応能力、対人信頼構築、非構造化環境での物理的器用さがそれにあたる。さらに、84%のマネージャーが新入社員にプロフェッショナルなコミュニケーション能力を求めており、アサーティブネスやステークホルダーコミュニケーションといったビジネススキルの重要性も増している。

成功の鍵は「エージェントボス」としてのマインドセット、つまりAIシステムを効果的に指揮し協働できる能力にある。純粋な技術的専門知識だけでなく、AIがどこで影響力を増幅できるかを特定する戦略的思考を持つことが、これからの労働市場における大きな武器になるのだ。

AI人材「3,000万円」、気になる給与を分析

労働市場では全体的に企業の求人に対し、AI人材不足が顕著となっており、給与水準は高止まりしている状況だ。

Auraの2025年7月のレポートによれば、機械学習エンジニア、LLMファインチューニング専門家、AIプロンプトエンジニア、AI倫理専門家などの職種で需要が急増。メタ社は超知能研究所向けにトップAI人材に1,000万〜2,000万ドル(約15億〜30億円)の報酬パッケージを提示しているという。これは極端な例だが、エリート研究者への需要の高さを物語る。

Builtinのデータによると、米国のAIエンジニアの給与中央値は17万5,000ドル(約2,600万円)。ソフトウェアエンジニアのディレクタークラスに近い給与(19万6,000ドル=約2,910万円)が支払われている。

サイバーセキュリティ職も軒並み高給が提示されている。米国では州によって大きな差があるが、ニューヨーク州で年収14万7,514ドル(約2,200万円)、カリフォルニア州で13万5,250ドル(約2,000万円)、テキサス州で11万6,850ドル(約1,736万円)と10万ドルを超える。役職別では、サイバーセキュリティアナリストが年収7万〜10万ドル(約1,040万〜1,486万円)、エンジニアが9万〜13万ドル(約1,337万〜1,932万円)、アーキテクトが12万〜16万ドル(約1,783万〜2,377万円)、最高情報セキュリティ責任者(CISO)は15万〜25万ドル以上(約2,229万〜3,715万円以上)という報酬体系となっている。

資格取得による給与上昇も注目に値する。システムセキュリティ資格の1つCISSP認定取得で年収1万〜2万ドル(約150万〜300万円)の増加、またCEHやCISMなどの資格も10%以上の給与アップが見込まれる。経験年数で見ると、ジュニアレベルは6万〜8万ドル、ミッドレベルは8万〜12万ドル、10年以上のシニアレベルは13万ドル以上が相場だ。

しかし、国によっては給与が調整局面に入ったところもあり、各国・地域で独自トレンドが発生している点には留意が必要だ。たとえば、シンガポールの「Tech Salary Report 2025」によると、ソフトウェアエンジニアの給与は3.3%上昇した一方、AI関連職の給与は1.2〜2.4%の減少を記録。AIブームが必ずしも即座に高給与につながるわけではないことが示された。

それでも、技術スキルと人間固有の能力を併せ持つ人材への需要は、今後さらに高まることが予想される。単純な技術職から、戦略的思考とAI活用能力を兼ね備えることが、自身の価値を高めることにつながるはずだ。

『AI時代に必要なスキルリスト』

【最優先】今すぐ習得すべきスキル TOP5
– AIリテラシー:2025年最も需要の高いスキル(LinkedIn調査)
– 生成AI(GenAI):需要が前年比866%増加
– プロンプトエンジニアリング:コンテキストと意図を持った指示出し
– サイバーセキュリティ:攻撃75%増に対応する必須スキル
– データ倫理:責任あるデータ管理・分析能力

【人間系】AIが代替できない5大能力
– 倫理的推論:複雑な道徳的判断とステークホルダーバランス
– 新規状況管理:前例のない状況への適応力
– 文化的ナビゲーション:社会的ニュアンスと文化的文脈の理解
– 対人信頼構築:共通理解に基づく本物のつながり形成
– 非構造化環境での物理的器用さ:予測不可能な環境での精密作業

【ビジネス系】ソフトスキル
– ステークホルダーコミュニケーション
– アサーティブネス:明確で敬意を持った意思伝達
– リスク軽減・コントロール
– ビジネスコミュニケーション
– HRテクノロジー活用

【AI協働系】次世代コラボレーションスキル
– エージェントボス・マインドセット:AIシステムの効果的な指揮
– AIへの適切な委譲判断:何をAIに任せ、何を人間が行うか
– アウトプットの洗練:AIの初回出力を改善する能力
– 思考パートナーとしてのAI活用:単なるツールではなく協働者として
– 人間-機械コラボレーション最適化

【技術系】テクニカルスキル
– 機械学習(ML):今後4年で40%成長見込み
– PyTorch:登録数が前年比で倍増
– コンピュータビジョン:AI関連で需要急増
– SIEM(セキュリティ情報・イベント管理)
– 脅威管理・モデリング
– インシデント管理・対応
– ネットワーク計画・設計

【スキル別の需要増加率】
– 生成AIスキル:866%増
– AI関連職の給与プレミアム:56%(前年25%から倍増)
– サイバー攻撃増加率:75%増(セキュリティスキルの重要性)

【習得のポイント】
– 技術スキルと人間スキルのバランスが重要
– AIを「コマンドツール」ではなく「思考パートナー」として活用
– 継続的な学習と適応が成功の鍵

文:細谷 元(Livit