「機械学習」「ディープラーニング」「ブロックチェーン」「ドローン」など、社会経済を大きく変える可能性があるとして注目を集める先端テクノロジー。ニュースや新聞でも取り上げられることが多くなっており、その重要性は社会に広く認知され始めているといえるだろう。

一方、イノベーターや起業家の間ではすでに次に来る技術への準備が着々と進められている。

次世代テクノロジーの中でも、実現可能性が高く、インパクトが非常に大きいといわれているのが「AR(拡張現実)クラウド」だ。

ARと言えば、ポケモンGOやIKEAのARアプリが有名だろう。スマホのカメラが映し出す現実空間に、CGの3Dモデルを重ね合わせ、仮想の物体があたかもそこに存在するかのように表現できる技術。

これまでのARアプリでは、スマホに映し出される3Dモデルや情報は、そのスマホでしか見ることができなかったが、クラウド化することで複数のスマホでシェアできるようになる。ARの処理では、スマホカメラで撮影する映像の空間情報を記録・計算することになるが、この情報をクラウド化し、共有しようというのがARクラウドなのだ。

「ARクラウド」という言葉をつくったといわれるのが、イスラエル出身の起業家オリ・インバー氏。同氏はARクラウドについて、現実空間のデジタルコピーが生成されることになり、もし実現すれば、フェイスブックのソーシャルグラフ、さらにはグーグルのページランクアルゴリズムよりも大きな価値を持つものになるだろうと指摘している。

ARクラウドがもたらすインパクトとはどのようなものなのか。現在繰り広げられるARクラウド覇権を巡る競争を含め、その最新動向をお伝えしたい。

グーグル検索エンジンを超えるインパクト?「ARクラウド」の価値

ARクラウドの登場で世界はどのように変わるのか。

専門家の間では、ARクラウドはウェブ検索との比較で説明されることが多い。グーグル検索では、検索窓に調べたい文字を入力すると、関連するウェブサイト・動画・画像が表示される。一方、ARクラウドを使うと、スマホカメラで撮影するだけで、屋内・屋外問わずその空間に紐づけられたAR情報が浮かび上がり視聴することが可能になる。AR情報は、3Dモデルや動画・画像、音楽などさまざまな形態で、かつ音声認識などを活用しインタラクティブに表現することができる。

たとえば、今いる通りにどのようなカフェがあるのか知りたい場合、その通りをカメラで写し、音声認識などで検索対象を特定することで、いくつかの選択肢が示され、その中から1つを選ぶと、ARの矢印で目的地まで誘導してくれるといったことが可能になるかもしれない。また、精度の高い空間情報であるため、GPSが使えない屋内での調査やメンテナンスなどでの活用も想定される。

技術的には実装可能で、すでにいくつかの企業によってARクラウドエコシステムを拡大する取り組みが進められている。

英ロンドンを拠点にするBlue Vision。街の空間情報をクラウド化し、その情報を基にARコンテンツを開発できるSDKを提供している。Blue VisionのARクラウドを活用することで、街中の特定の場所にデジタルコメントを残したり、画像・動画を添付したりできるようになる。現在、ロンドン、サンフランシスコ、ニューヨークの空間情報を活用することが可能で、対象都市は今後追加されていく予定だ。


Blue VisionのARクラウド応用例(Blue Visionウェブサイトより

同社はシリーズAでアルファベットのVC部門GVなどから1450万ドル(約15億円)を調達。2018年10月には米配車大手Lyftに買収され、現在はLyftの自動運転車開発に携わっている。Blue VisionのARクラウド技術は、街の空間情報を非常に高い精度で記録・処理している。誤差はセンチメートル単位。Lyftが狙うレベル5の自動運転車開発を大きく進める原動力になるかもしれない。

「ARクラウド」主導権争い、覇権は誰の手に?

Blue VisionとLyftの事例は、ARクラウドが自動運転車だけでなく、モビリティ一般やデリバリーなどにも大きな影響をもたらすことを示唆しているといえるだろう。精度の高い空間情報があれば、デリバリーや工場内での仕分けなどでもドローンやロボットを使えるようになるからだ。

このような価値が見出されているARクラウド。その主導権を巡る競争が激化することが予想されている。

テクノロジーに特化した英リサーチ会社Ovumが2019年3月に発表したARクラウドに関するレポートでは、ARクラウド市場におけるテクノロジー大手による主導権争いの可能性に言及している。

同レポートは、グーグルストリートビューで世界各都市のデジタルデータを集めているグーグルが優位にあるものの、アップル、マイクロソフト、フェイスブック、アマゾン、テンセントなどによるAR開発や関連スタートアップの買収が加速すれば、競争は激化するだろうと予想。LyftによるBlue Vision買収は、そのことを示唆するものだと指摘している。

またテクノロジー大手だけでなく、6D.aiやUbiquity6などARクラウドを開発するスタートアップが台風の目になる可能性もあるという。6D.aiは、英オックスフォード大学のアクティブ・ビジョン・ラボからスピンオフして2017年に設立されたスタートアップ。

一方、Ubiquity6は、テスラ、フェイスブック、ツイッターの元エンジニアらによって2017年に設立。2018年にはシリーズBで2700万ドル(約30億円)を調達。グーグルの人工知能VCであるGradient Venturesなど有力投資家が名を連ねており、多くの関心を集めている。


6D.aiウェブサイト

ARクラウドに関しては、プライバシー侵害が起こる可能性など、いくつかの問題が提起されており、開発・実装を進めるには法規制に関連する議論も同時に進められることになるはずだ。

技術的な進歩だけでなく、主導権争いや法規制の議論など、今後ARクラウドに関する動きが活発化することが予想される。

文:細谷元(Livit