給料日が「過去のもの」になる日

「給料日は月末」という常識が、静かに崩れつつある。Z世代を中心に、働いた分の報酬をその日のうち、あるいは数日以内に受け取る「リアルタイム報酬(On-Demand Pay)」への関心が急速に高まっている。

これは単なる給与タイミングの変更ではない。労働観、金融リテラシー、企業と従業員の関係性そのものを揺るがすムーブメントである。米国を中心にギグワーカーから企業正社員まで導入が広がり、日本にもその波が押し寄せている。

本稿では、リアルタイム報酬とは何か、なぜZ世代にとって魅力的なのか、そして企業がどう応えるべきかを具体的に解説する。

リアルタイム報酬とは何か

リアルタイム報酬とは、従来の「月末締め・翌月払い」といった給与支給サイクルを廃し、働いた分の給与を即時、または短期間で支給する仕組みである。勤務終了後すぐに、その日の労働に対する報酬を引き出せる点に特徴がある。

この概念は英語圏ではInstant Pay、On-Demand Pay、Earned Wage Accessなどの言葉で表現されている。リアルタイム報酬は、単なる「前払い」制度とは異なる。給与全体を先に渡すのではなく、すでに働いた分だけを引き出せるという点で、企業側のリスクも低く、管理もしやすい仕組みとして注目されている。

なぜZ世代はリアルタイム報酬を求めるのか

Z世代は、クレジットカードよりもデビットカードやプリペイド方式などの即時決済を好む傾向があり、これは支出に対してリアルタイムでコントロールできる安心感を重視する価値観によるものだ。食費や交通費、サブスクリプションなど日々発生する生活コストに対し、「今あるお金でやりくりしたい」という意識が強い。そのため、報酬も「働いたらすぐに使える」形であることが望ましいと考えている。

また、Z世代の多くはUber EatsやInstacartなどのギグエコノミーサービスを通じて、すでに即日払いの体験をしている。これらのサービスでは、勤務後数分以内に報酬が支払われるのが当たり前であり、この感覚は単なる副業にとどまらず、「働いた対価はすぐに得られるべき」という価値観として根付いている。したがって、コーポレートワークや正社員雇用にもその期待が持ち込まれている。

さらに「給料日までお金がもたない」といった現実的な問題は、Z世代に限らず多くの若年層に共通して存在する。現金が足りない場合、彼らは後払いアプリやBNPL(Buy Now Pay Later)を活用するが、これはしばしば返済負担を伴い、ストレスの温床となりうる。リアルタイム報酬は、こうした借金依存のリスクを減らし、「必要なときに必要なだけ稼げる」という金融的安心感を提供する。これは彼らの経済的ウェルネスを支える新しい給与戦略として注目されている。

“働いた分のお金を、なぜ待たなければならないのか”という疑問は、Z世代の根源的な欲求を表している。

リアルタイム報酬の導入企業とその実例

米国の小売大手であるWalmartやTargetでは、従業員が給与の最大50%までを勤務終了後すぐに引き出せる制度を整備している。これらの企業は、DailyPay、Even、Payactivといった給与前払いアプリと連携し、スマートフォンからの即時引き出しを実現している。

また、リアルタイム報酬は時給労働者に限られた制度ではないことを示す事例もある。CloudPayのようなグローバル給与管理プラットフォームでは、正社員(月給制)にも対応した「Instant Salary Payments」を提供している。欧州12カ国で展開する多国籍ラグジュアリーブランドであるSwatchでは、5,000人超の従業員を対象にリアルタイム報酬を導入し、導入から2カ月で38%の利用率を達成した。従業員評価も10点満点中9.2点と高水準を記録している。

さらにVisa欧州部門では、Visa Directとの連携により、給与の30秒以内即時送金を実現。CloudPayの導入により、従業員の満足度向上と同時に、給与支払いの柔軟性も獲得している。

企業にとってのメリットとは何か

リアルタイム報酬の導入は、企業にとってもさまざまなメリットをもたらす。採用競争力の強化につながり、とくに若年層への訴求力が高まる。また、給与に対するストレスが減少することで、離職率の低下や従業員エンゲージメントの向上も期待できる。Fintechを活用することで管理の負担も軽減され、外部立替モデルの活用によりキャッシュフローへの負荷も抑制可能だ。

リアルタイム報酬は、まだ日本では限定的な導入にとどまっているが、外資系企業や多国籍企業、グローバルHR制度を採用している企業、若年層を多く抱えるサービス業やIT系スタートアップなどにおいては、今後の拡大が期待されている。法的な整合性や社会保険との連動といった課題はあるものの、制度設計と技術基盤の整備が進めば、普及は十分可能である。

今後の展望──給与制度の未来とは

今後は、正社員においても「日払い・週払い」の選択肢が普及する可能性があり、従業員の経済的ウェルネスを支える新しいHR戦略としてリアルタイム報酬が位置づけられるようになるだろう。APIやカードネットワークを用いた即時送金インフラの進化により、従業員主導の給与アクセス権という新たなパラダイムが到来することが予測される。

リアルタイム報酬は、従業員にとってはお金の不安を緩和し安心感を提供する仕組みであり、企業にとっては採用や定着の面で他社との差別化要因となる柔軟な報酬戦略である。技術的にはクラウドやAI、Open Bankingの進展によって導入ハードルが下がっており、多通貨や多国籍に対応した給与プロバイダーの存在によって日本企業との親和性も高まっている。

給料日が消える日。それは単なる制度変更ではなく、働き手と企業の関係性を再定義し、新たな信頼と柔軟性に基づく「共創の時代」の始まりである。

文:岡徳之(Livit