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2025年、世界知的所有権機関(WIPO)などが発表した「グローバル・イノベーション・インデックス(以下、GII)2025」によって、世界のイノベーション力に新たな地図が描かれた。日本は昨年に引き続き13位という結果に甘んじたが、その内実には光と影の両面が共存する。今回はGII2025の全体像を解説しつつ、日本の強みと課題、そして今後の戦略的方向性を展望する。
GII2025とは何か 調査の構造と意味
GIIは、各国のイノベーション能力とその成果を評価する国際指標であり、2025年版では133の国と地域を対象に行われた。調査は、「制度」「人的資本と研究」「インフラ」「市場洗練度」「ビジネス洗練度」の入力指標5項目と、「知識・技術アウトプット」「創造的アウトプット」の出力指標2項目の計7領域で構成されており、各指標に基づくスコアの平均値で総合順位が決まる。
この調査は、単なるランキングにとどまらず、各国が自らの強みと課題を把握し、政策設計に活用できる貴重なツールである。国際的な位置づけやイノベーション環境を理解する上での指標としても重要だ。
トップ10の顔ぶれ 変わらぬ強者と台頭する新興国
GII2025のトップ5は、1位スイス、2位スウェーデン、3位米国、4位シンガポール、5位英国という結果に。
スイスは長年にわたり首位を守り続けており、その背景には安定した制度環境、高度な教育・研究体制、そして企業のR&D活動の活発さがある。特許出願数や研究機関の質、科学技術クラスターの存在が国全体の競争力を支えている。
スウェーデンは、国全体でのデジタル変革の推進、社会起業の活発さ、研究機関と産業界の連携が特に優れており、人的資本・研究とインフラの分野で極めて高い評価を得た。
米国は依然としてベンチャーキャピタルの供給量、スタートアップ創出力、市場の規模と流動性といった要素で圧倒的な力を示しており、イノベーションの土壌そのものが堅牢である。
シンガポールの4位は特筆に値する。制度の効率性、ICTインフラ、国際性の高さに加え、教育や人材育成戦略が効果を上げている。アジアの中でも抜きんでた存在であり、国家主導の政策設計が成功している好例である。
英国は大学の国際評価が高く、知的財産権の制度整備も進んでいる。ロンドンを中心にスタートアップと既存企業のハイブリッド的な成長がみられ、多様な技術分野での応用が進んでいる。
さらに11位の中国は、急速なR&D投資、輸出主導のハイテク産業育成、国内市場の規模を背景に、年々着実に順位を上げてきた。2024年版と比較してもイノベーション・アウトプットの数値が大きく改善しており、トップ10入りが目前に迫っている。
日本の位置とその要因
日本は2025年版で13位。前年2024年、2023年ともに13位であり、過去3年間にわたって同じ順位を維持している状態である。長期的にはトップ10圏内に近づく動きもあったが、近年は停滞が続いている。
ポジティブな側面としては、「ビジネス洗練度」と「知識・技術アウトプット」が高く評価されている。特許出願数では引き続き上位を維持しており、大学・研究機関からの国際共著論文も多い。製造業を中心とした高付加価値の産業構造が知識創出を支えている。
一方、課題として浮き彫りになっているのは「制度環境」「市場の流動性」「ベンチャーキャピタル投資」などである。法制度の柔軟性や起業文化の醸成が不十分であり、スタートアップのスケールアップやグローバルな連携が進みにくい土壌が存在する。人材の流動性が低く、越境的なキャリア形成が阻まれている点も、GIIの観点からはマイナス評価につながっている。
今後への処方箋 制度と連携をどうデザインするか
GII2025を通して見えてきたのは、日本がいかに「制度設計」と「エコシステムの流動性」で後れを取っているかである。トップ国に共通していたのは、単なる技術力や資本量ではなく、それらを活用するための制度的柔軟性と、リスクを取る文化の醸成だ。
日本は現在、「知的財産戦略プログラム2025」などを通じて、AI・量子技術を見据えたIP制度改革を進めている。また、大学発スタートアップの支援、研究成果の社会実装促進、起業ビザの拡充といった施策も具体化されつつある。
これらを支えるには、企業・大学・行政の間にある縦割りの壁を打破し、横断的なプロジェクトと資金の流れを作る必要がある。さらに、スタートアップと大企業との協業、自治体へのイノベーション支援、グローバルVCとの連携といった多層的な連携構造が重要になる。
未来の競争力は、単なるGDPや研究費の量では測れない。制度と文化、そして人材の移動と再構成こそが、持続可能なイノベーション国家への鍵となる。
未来への針路をともに描く
日本が再びトップ10入りを果たすには、既存の技術力を活かしながらも、制度・市場・人材の三位一体のアップデートが不可欠である。イノベーションは一部の研究者や経営者だけで生み出されるものではない。世代を問わず、多様な価値観と経験を持つビジネスパーソン一人ひとりが、そのエコシステムの担い手となる時代が来ている。
グローバル・イノベーション・インデックス2025は、そんな未来への羅針盤として、私たちの選択と行動を問いかけている。
文:岡徳之(Livit)