スタートアップに投資した経験のある複数の投資家に焦点を当て、投資判断の裏側にある思考プロセスに迫る「Investor’s eye」。今回登場するのは、root CやAGRI SMILEなど、日本を中心とするプレシード、シードラウンドのIT系スタートアップに投資を行ってきたファンド「THE SEED」の代表を務める廣澤 太紀氏だ。学生時代から10年にわたって起業家に伴走し続ける廣澤氏の、起業家との向き合い方に迫る。

【プロフィール】
THE SEED代表 廣澤 太紀氏

1992年生まれ、大阪府出身。2015年シードVCに入社。新規投資先発掘や投資先支援に従事。2018年9月に独立し、シードファンド「THE SEED」を設立。2021年3月には2号ファンド、2024年3月には3号ファンドの設立を発表し、約34億円を運用している。現在は、プレシード・シードステージで約50社へ投資を行っている。

責任をもってお金を預かれるように。ファンド立ち上げの思い

「THE SEED」は、リード投資家として創業ステージにおいて出資するシードベンチャーキャピタルファンドで、20代の若手起業家を中心に支援している。2018年に、当時26歳だった廣澤氏が立ち上げた。

2015年、大学在学中にインターンとしてベンチャーキャピタル(以下、VC)でのキャリアをスタートした廣澤氏。3年半にわたって実務を経験したのち独立した。THE SEEDの原点には、その当時から持っている「起業家と同じ現場に立って伴走したい」という思いがあるという。

「前職で働き始めた頃、多くの投資を経験してきたVCは、ある程度はファイナンスのサポートができると思っていました。しかし、実際に起業家と対話する中で感じたのは、『自分ごと化して考えられていない』という感覚でした。お金を自分自身で預かっていないために、資金をどう使えば会社が成長するか、どうすればリターンを生み、関わる人に還元できるか、ということまで考えて行動できていないと感じたんです。また、VCという立場上、そこで働く人の意思決定の回数は限られます。そのため、一つ一つの意思決定の重みも軽くなっているのではないかと思いました。

同年代の起業家たちが成長していく中、5年、10年先で彼らと一緒に仕事をしたいと思った時に、声をかけていただける存在になれるんだろうか。そんな疑問を抱くようになったんです」

そのような思いから自分の名前で責任をもってお金を預かり、徹底的に考え抜いて投資をしたいと、THE SEEDの立ち上げに至ったという。

THE SEED代表 廣澤 太紀氏

投資判断は3つの視点から総合的に

これまで50社以上に投資をしてきたTHE SEED。起業家との出会いの多くは、SNSやほかの起業家からの紹介、ミートアップやウェビナーといった場で生まれている。特に、主催するミートアップなどのイベントは年間40回以上にものぼり、事業会社や投資家、起業家、起業家予備軍、学生などさまざまな立場の人と出会う機会を自ら生み出しているという。

そうした出会いの中で投資判断を行うにあたり、廣澤氏は3つの視点を大切にしていると話す。

「1つ目は、その人が出資額を扱える人物かどうか。2つ目は、開発ができる、またはできるメンバーを巻き込めるか。そして3つ目は、こだわりを持って長期的に深く打ち込んだものや深い原体験があるかどうかです」

1つ目の「出資額を扱えるか」についてはさまざまな考え方があるが、分かりやすい例としては「過去にビジネスを通じて出資額と同等の金額を稼いだ経験がある」という実績が1つの指標になるという。

また、3つ目の打ち込んだ経験については、内容は問わない。熱狂的なアニメオタクでも、アスリートを目指してスポーツをしてきた経験でもなんでもいいのだという。

「周囲から“狂気的”とも見えるほど興味を持ち続けて没頭してきた経験や、深い原体験からの強い思いが、事業への向き合い方にもつながるのではないかと考えています。だからこそ、僕もその人がどれだけ深くこだわり抜いてきたのかを丁寧に掘り下げ、理解しようと努めています」

この3つを基本として、特に突出しているものや、それ以外の魅力的な要素などを含め、総合的に判断している。ただし、「人生を通してこだわりぬいてきたことについては、他の要素よりも期待値が高く、重視しています」と廣澤氏は言う。

伴走してきたスタートアップの壁と転機。未来へ膨らむ大きな期待

THE SEEDの投資先の領域はEC、CtoC、ブロックチェーン関連事業、AR/VR、ゲーム関連事業など多岐にわたるが、中でも印象的な投資先の1つに挙げたのが「AGRI SMILE」だ。地域のJA向けDXソリューションの提供と、バイオスティミュラント資材(※)の研究開発を行うスタートアップで、2018年から投資している。

代表取締役の中道貴也氏との出会いは、AGRI SMILEを創業する直前だったという。

「中道さんは、日本の農業に貢献するために人生をかけて何ができるかをずっと考えてきた方で、なぜ農業に人生を捧げたいのか、何をすべきなのかがとてもクリアなんです」と語る廣澤氏は、中道氏の思いの強さとビジョンに心を打たれ、出資を申し出た。

「中道さんは幼少期から祖父母の農業を手伝っていた経験から、農業に魅せられていったそう。大学では『農業現場の良き通訳者になりたい』という思いで研究し、それを社会実装するために会社を立ち上げたそうです。

その社会実装は10年かけてやっと1歩進むくらいのもの。しかし、中道さんはこれから自分が働く50年、60年で『ここまでなら実現できる』というところまで見据えていました。僕と同じ年齢の人が、人生をかけて取り組むものを決め、何年も先を見据えたロードマップを語れることに衝撃を受けました」

しかし、当時は農業系スタートアップへの出資者も少なく、一筋縄ではいかなかった。今の事業に行き着くまでに複数のプロダクトが頓挫し、ファイナンスが厳しい中でいかに事業を立ち上げられるかという壁は大きかったという。廣澤氏は中道氏と週次でミーティングを実施し、アイディアの壁打ちや事業検証に伴走してきた。そんな中、突破口となったのは中道氏の行動力だった。

「中道さんは、ミーティングの翌週には想定以上の事業検証を済ませながら、関わっている農家が台風などで人手が必要になれば、土日は朝一でボランティアに行っていたんですよ。そんな生活を半年ほど続けていたようです。結局、当時作っていた事業は頓挫したのですが、そこで協力してくださっていた農家の方が中道さんの熱意に共感して、地域のJAを紹介してくれることになったんです」

それをきっかけにJA向けのソリューション提供が始まったことが、事業の転機となった。さらに、2024年には長年の研究開発が成功し、数年前から検討を重ねてきた販売の体制も整った。2025年からはついにプロダクトの販売が実現し、需要が拡大しつつあるという。

これまでの下積みが実を結び、まさに今、次のステップへと進みつつあるAGRI SMILE。廣澤氏は次のように期待する。

「設立当初から目指していた『複数事業を運営する会社』という体制の第一段階ができてきていると感じています。AGRI SMILEの根幹は研究開発ですが、それがいつ当たるかは誰にもわかりません。そのため、そこに至るまでに会社として存続し続け、研究開発に投資し続けられるよう、複数の事業で収益をあげるためのチーム作りをしてきました。それが今、整いつつあり、これからのさらなる進展と拡大を期待しています」

「どこに投資するか」よりも「誰に投資するか」

今後注目している分野について尋ねると、「マーケットの大きさや将来性より、深い共感や原体験のある会社に投資したい」と話す廣澤氏。投資判断から一貫する姿勢がうかがえる。その背景として、「今、スタートアップの”勝ち方”が大きく変わりつつある」と語る。

「これまでは、モバイルファーストやインターネットファーストの時代で、スマホに最適化されたものによるアプローチが主流でした。そして、それによって勝ち残ったプレイヤーが大きくなり、『これがスタートアップの成功だ』と思い込んでいたと思います。

しかし今は、生成AIの普及などによってこれまでの成功パターンが激変しています。一度勝てたとしてもすぐに後発が出てきて、流行りのサイクルも非常に短くなっている。これまでのアプローチは、通用しにくくなっていると感じています」

そんな時代だからこそ、起業家自身が深く持つ原体験を重要視しているのだという。

「どんな人生を歩んできたのか、どんな原体験を通じてこの事業を成そうとしているのか。その原体験が特定の領域や課題に対して深いほど、新たなマーケット創出の機会を持っていると思っています。また、その深い原体験はステークホルダーの共感にもつながると思うんです。だから、今後も深い原体験を持つ人に投資をするつもりです」

その考えに基づいた上で、特に関心のある領域は「食」や「食の生産」に関わるテクノロジー」だという。

「コロナ禍やウクライナとロシアの戦争などの有事を経て、これまで当たり前だったことがこの先も同じ手法で持続するとは限らないと、明確になってきたと思います。それは『食』についても同じで、従来の“当たり前”を前提として生産しているものがまだまだあります。『前提が崩れた時にどう代替するのか』という議題は、日本だけでなく世界全体で挙がるものだと思いますし、『食』の領域にはこれから大きな成長の可能性があると感じています」

農業や食の分野に投資できることが理想──廣澤氏はそう語りながら、今後の可能性に期待を寄せている。

感動を存続させたい。当事者として変化のためのアクションを

最後に、廣澤氏自身の今後の目標や展望を聞いた。

「社会が劇的に変化している今、僕たちも変化し、社会の流れに乗らなければならないと考えています。今後は、そのための仮説を掘り下げ、変化の最適解を見つけていきたいですね。

ファンドという仕事は、投資家からお金を預かり、基本的には10年間運用していくものです。つまり、最初に決めたことを10年間やり続けることが前提となります。しかし、その中で大きく何かを変えるアクションを取らなければ、10年後に自分たちの感動は存続しないと思うんです。そのように“変わらず”続けるために、“変わる”方法を模索している最中です」

「VCとして自分ごと化できていない」という課題感から始まったTHE SEED。前職のキャリアも含めて約10年、支援者として起業家と向き合ってきた廣澤氏は、起業家に伴走する視点を持ちながらファンドとしての使命を持ち、まさに“自分ごと”として時代を支える一人になっている。

廣澤氏の原体験からできたTHE SEEDが、誰かの原体験とつながり、未来を創る。廣澤氏が重視するこの「原体験」こそ、投資判断や起業の対話の中で欠かせない視点であり、未来を切り拓くヒントをもたらしてくれるかもしれない。