かつて、ソーシャルメディアは誰もが無料で使える「公共の場」だった。しかし現在、Z世代はその常識を覆そうとしている。彼らにとってSNSは、情報収集やコミュニケーションの手段にとどまらず、「自分らしさ」を発信し、他者と信頼を築くための重要な空間だ。その体験をより良いものにするためなら、お金を払ってでも価値を最大化する対象になっている。

つながりや自由を求め、有料サービスを選ぶZ世代の行動は、今後のメディアとマーケティングのあり方にも大きな影響を及ぼしそうだ。この記事では、Z世代のSNSに対する価値観や、有料サービスが選ばれるようになってきている背景を深掘り、新しい時代のメディア・マーケティング業界を予測する。

Z世代はSNSに“お金を払う”ユーザー層

英国のデジタルコンテンツやサービスの収益化を支援するテクノロジー企業Bango社が2025年に発表したレポートによると、Z世代(18〜25歳)の23%がSnapchat+やX Premiumなどの有料SNSを利用している。これは全世代平均の14%を大きく上回り、Z世代の4人に1人がすでに“課金型SNSユーザー”になっていることを示している。SNSは彼らにとって、無料のツールではなく、自己演出や価値発信のための「課金する空間」へと変化している。

この傾向はSNSだけに限らない。Z世代のサブスクリプション契約数は平均6.8件に達し、1年間の支出は940ドルを超える。サブスクの対象は、NetflixやSpotifyといったエンタメ系だけでなく、クラウドストレージ、学習サービス、AIツール、そしてSNSにまで広がっている。あらゆるサービスが「月額化」するなかで、Z世代は“自分にとって本当に必要な体験”に対して積極的に投資している。

SNSも「使える」ことより「どう使うか」が重視される時代。Z世代にとって、SNSはただのアプリではなく、デジタル上の自己演出の舞台であり、生活の中核になっている。

SNSは“情報源”であり“アイデンティティ”の場

Z世代にとって、SNSは単なる交流ツールではなく、日常生活のあらゆる情報を得る中心的なプラットフォームとなっている。彼らは情報との関わり方においても従来の世代とは異なるアプローチを取っているのだ。Zebracatの調査では、Z世代の58%がYouTubeを主要な情報源と答えており、ニュースや学び、ライフスタイルのヒントもすべてSNSを通じて得ている実態が浮かび上がる。

彼らはGoogle検索よりもTikTokやYouTubeの検索機能を使い、文章よりも動画での理解を重視する。「共感できる話し手」や「親しみやすい語り口」のコンテンツを好む傾向があり、情報の信頼性は「誰が発信しているか」で測られるケースも多い。

SNSは、情報・コミュニティ・自己表現が交差する場であり、Z世代にとっては“リアルライフの拡張”とも言える。学校や職場と同じくらい重要な社会的接点であり、同時に「自分らしさ」を育む鏡としても機能している。

この背景が、有料化への抵抗を下げ、「より良い体験のためなら支払う」という姿勢につながっている。

Z世代が課金する理由は“使い方の自由”と“自分らしさ”

有料SNSの魅力は単なる「機能の追加」ではない。Z世代がそれらを選ぶ最大の理由は、「より自由に」「自分らしく」SNSを使いたいというニーズにある。広告を非表示にできる機能や、投稿がアルゴリズム上で優遇される仕組み、限定スタンプやカスタム機能など、有料サービスはZ世代の価値観にフィットした体験を提供している。

たとえばSnapchat+では、アプリ内のテーマカラーやアイコンを変更できたり、投稿の優先表示機能が提供されたりしており、X Premiumでは長文投稿や動画アップロード時間の拡張、投稿分析機能などが充実している。こうした機能は、単なる遊びではなく、クリエイター活動や情報発信、個人ブランドの強化に直結するものとして評価されている。

また、利用目的も娯楽にとどまらない。「学び」「実践」「個人ブランドの構築」など、自己成長やキャリア形成の一環としてSNSを活用する姿勢が目立つ。バンドル型の契約や、複数サブスクを一元管理できるツールにも関心が高いのだ。

Z世代はサブスクリプションを“生活インフラ”と見なしており、費用対効果を最大化するための管理機能にも強い関心を持つ。エンタメと学習、趣味と実務の境界を越えて、自分のスタイルに合ったサービスを選び取るリテラシーも高い。

誤情報に傾きやすいリスクもありながら、“無料で情報収集”の常識が崩れる時代へ?

有料SNSの普及は情報体験の質を高める一方で、新たな課題も浮き彫りにしている。その一つが「誤情報への感度」だ。米国のニュースメディアPoliticoの特集記事では、Z世代がTikTokやYouTubeなどのSNSを通じて誤情報に触れ、それを信じてしまう事例が指摘されている。

パーソナライズされたフィードやおすすめアルゴリズムは、ユーザーの興味に沿って情報を提示する一方で、偏った情報のバブルを生み出しやすい。有料サービスがその傾向をさらに加速させる可能性もある。

しかし、SNSでの課金行動は「無料でなんでも手に入る」ことが前提だったネット文化の価値観を根本から覆す動きでもある。Z世代は「自分の時間と注意を奪う無料サービス」よりも、「対価を払ってでもコントロールできる体験」を選んでいる。これは、情報の消費者としての受動的な立場から、情報環境を選び取る“主体的なユーザー”への転換を意味するだろう。

Z世代が切り拓く、SNS・メディア・マーケティングの新時代

Z世代が示す「有料でも自分に合った体験を選ぶ」行動は、SNSやメディアの設計思想に抜本的な変化を迫っている。今後は、単に無料でユーザーを集め、広告で収益を得るビジネスモデルだけでは限界が見えてくるだろう。

SNSは「誰でも使える場」から、「誰のために・どんな体験を提供するのか」が問われる空間へと進化している。ユーザーが求めるのは、広告を見せられる無料サービスではなく、「ノイズの少ない、信頼できる、自己表現に最適化された場」であり、その対価としての課金は自然な選択肢となっている。

メディアにおいても、「検索より共感」「専門性より親近感」「大手より個人」が重視されるトレンドが加速するだろう。情報の正確性よりも“語り手としての信頼性”が重視される時代において、コンテンツ制作の担い手は従来のジャーナリストや企業広報だけでなく、クリエイターやインフルエンサー、一般ユーザーへと広がっていく。

マーケティングも変わらざるを得ない。Z世代は、自分が価値を感じない情報には時間もお金も使わない。「大量配信」ではなく「文脈と関係性」に根ざしたアプローチが求められ、ブランドもまた、単なる商品提供者から「意味と共感を提供する存在」へと変化を迫られる。

Z世代の行動は、テクノロジーと経済の交差点における“選択の自由”を象徴している。そして彼らの選択が、SNSやメディア、マーケティングの未来を形づくる基準になっていくことは間違いない。

文:中井千尋(Livit