歴史的な建造物が立ち並び、緑豊かな公園が広がるイメージのヨーロッパ。しかし実際に街を歩くと気づくことがある。ホームレスの多さだ。
ホームレスの増加は世界各国で深刻な問題となっている。住宅が高騰するアメリカでは、職に就いていてもホームレスとなった人の存在が報じられ、減少しているとされる日本でも、友人宅やネットカフェを転々とする人々が調査対象から漏れている、風俗業界がセーフティネットになっているだけとも言われ、必ずしも楽観視できる状況ではない。
福祉が手厚いヨーロッパもその例外ではなく、ホームレスはEU域内に約90万人存在し、今後も年間400万人以上の増加が危惧されている。
「花の都」パリで深刻化するホームレス問題(Al Jazeera Englishより)
イギリスで2017年にはホームレス数が7%増加し、ドイツで過去2年間に35%増、フランスではこの11年間で50%増加という厳しい状況の中、EU加盟国で唯一ホームレス数が減少したのがフィンランドだ。
それを支えたのは、「ハウジング・ファースト」、すなわちホームレスにとってまず「住まい」を確保することが、最も効率的に家を失った要因の解決を助け、路上生活を脱するための最大の支援となるという理念に基づいた支援だ。
世界的に深刻化するホームレス問題に対し、フィンランドは「ハウジングファースト」でどのように取り組んできたのか。そして、各国がフィンランドのあとに続くことは可能なのだろうか。
家を失った人々にまずは「住まい」を。世界に広まる「ハウジングファースト」
フィンランドにおけるホームレス調査は、日本の調査ではホームレスとして扱われないことが多い、友人や親戚の家に身を寄せる人、支援施設の入居者も含んでいるにも関わらず、ホームレス数が減少している。
減少し続けるフィンランドのホームレス数(Y Foundation公式サイトより)
この驚くような結果を生んだとされる、ハウジングファーストでは、「住まい」は他の支援に先んじて提供され、様々な問題を解決するための安全な基盤として機能する。
最初に失業、健康問題や精神疾患、依存症など住居を失う原因となった問題の解決への支援を行ってから、「住まい」をサポートするという従来のホームレス支援の在り方を完全に逆転させたのだ。
1990年代にアメリカで生まれたこの革新的なアプローチは、欧米圏を中心に世界各国でホームレス支援の原則となっている。
重要なのは、ここでいう「住まい」は一時的なシェルターではなく、住み続けることが期待できる住居であり、専門家の援助もあわせて提供されるということだ。そして、その「住まい」を中心としたコミュニティも存在し、新たな人間関係の構築もサポートされる。
この新たなパラダイムへの移行に向け、フィンランドはシェルターの閉鎖を開始し、新たに2億5,000万ユーロを投じて「住まい」を準備。入居者の収入の一部が自動的に家賃にあてられ、住宅を手配したNPOなどが残りの家賃に責任を持つアメリカモデルに変更を加え、入居者が賃貸契約を結び、必要に応じて、一般のフィンランド人と同じように住宅給付の申請をして、家賃の支払いにサポートを受けるフィンランドモデルをつくりあげた。
ヘルシンキ郊外のとある施設では、3ヶ月のトライアルの後、ドラッグの使用といったルール違反がなければ、入居者は無期限の賃貸契約を結ぶことができる。27人の入居者に対し、6人のスタッフが職業訓練、清掃、調理などの習得を助け、入居者の自立した生活への移行を支援する。昨年は6人が完全に自立した生活へと一歩を踏み出した。
これだけ手厚いサポートをするとなるとコスト面が気になるところだが、実際、フィンランドでは、この「住まい」の建設に投じた2億5,000万ユーロに加えて、300人にのぼるサポートワーカーへの人件費が必要となった。
しかし、ハウジングファーストは、ホームレスの社会復帰を助けることで、逆に政府財源の節約になるという可能性がかねてより指摘されている。
長期間のホームレス状態、薬物・アルコールの乱用状態にある人々は緊急医療、路上、そして留置場を行き来することが少なくなく、医療費や福祉サポート、司法、警察に多額の行政コストがかかるからだ。
薬物やアルコールに依存したホームレスに対しても、依存症の解決より「住まい」の提供を優先するハウジングファーストは、アメリカのいくつかの都市ですでに一定の成果をあげていたとはいえ、社会福祉が手厚いフィンランドでも、導入にあたり議論を呼んだ。
しかし、依存症を疾患ととらえ、罰でなく治療で対応すべきという近年の「薬物の非犯罪化」の流れも手伝ってか、最終的には国をあげて取り組むこととなったこのホームレス支援策は、フィンランドをEU唯一のホームレス減少国へと導いた政策として注目を集めることになった。
深刻化する世界のホームレス問題 「北欧に続け」は可能なのか
奇跡とも呼ばれるフィンランドモデルのハウジングファースト。はたしてこれは世界のホームレス問題を解決する夢の施策なのだろうか。
残念ながら、そう簡単にはいかないようだ。フィンランドモデルには、他の諸国のハウジングファーストと比較し、いくつかの特徴的な背景がある。
まず、居住者へのサポート体制だ。アメリカなどとは異なり、フィンランドでは、入居者のサポート体制はあらためて構築されるのではなく、すでに存在する福祉サービスの活用により、質の高いサポート体制を迅速に整えた。これは、福祉国家として名高いフィンランドのなせるわざといえる。
緻密な住宅政策が反映されたヘルシンキの市街地
そして、非常に重要な点は、住宅政策と同時に進められたことだ。フィンランドはハウジングファーストの実行に十分な公営住宅とコミュニティの提供が可能な国だった。
ヘルシンキを例にあげると、市が土地の70%を所有し、独自の建設会社により年間7,000軒以上を目標に新しい住宅を建設している。そして、市民の分断を防ぐため、25%の市営住宅、30%の補助金付き購入、および45%の民間セクターという厳格な規定に沿って各住宅エリアが作られている。
2016年よりフィンランドのハウジングファースト団体「Y-Foundation」がヨーロッパのホームレス支援団体FEANTSAと協力し、ヨーロッパにおけるハウジングファーストの普及に努めているものの、ヨーロッパ各国でフィンランドほどめざましい効果がまだ出ていないのは、このような背景が影響しているのだろう。
しかし、フィンランドほど包括的な支援を行うことは困難でも、何よりもまずは「住まい」を優先するというハウジングファーストの理念には学ぶことが多いはずだ。一度「住まい」をなくすと、心身に多大なる悪影響が生じ、また住所不定となることで新しい職についてホームレス状態を脱するのが困難を極めることは想像に難くない。
調査の上では「ホームレス」という言葉でまとめられる人々は、違法な労働環境やハラスメントにより心身を破壊された人、家庭内暴力や虐待のサバイバー、健康問題で解雇された人、障害を抱えながら働いてきた人など、様々な人生を生きている。
各国のハウジングファーストの取り組みは、国家規模でホームレス減少という結果にはいまだ達していないかもしれない。しかし、少なからぬ人の人生を変えてきたことは間違いないだろう。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)