記録的な観光客数にバルセロナでは“水鉄砲”で抗議
新型コロナの“ステイホーム”の時代を経て、人々は旅に出ている。
2024年は旅行・観光にとって記録破りの年になるという予測を世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が今年4月に発表した。WTTCは分析対象となった世界185カ国のうち142カ国がこれまでの記録を上回ると予想している。世界経済への貢献も大きく見込まれ、過去最高の11兆1,000億ドル(日本円にして約1,700兆円)に達する可能性があるという。
観光特需で都市が得られる経済的なメリットは大きい。税収アップのほか、現地の雇用が生まれるからだ。しかし観光客が増えすぎたことで「オーバーツーリズム」の問題に直面している都市もある。
オーバーツーリズムとは、都市が過度に観光地化したことで、地域住民の生活環境や観光客の満足度低下といった悪影響がある状態を指す。「観光公害」と日本語で訳されることもある。観光客が集中することで騒音、汚染、交通渋滞などが引き起こされ、環境問題に発展したり、治安悪化の懸念もある。例えばイタリア・ベネチア、オランダ・アムステルダムなどの都市では、2010年代後半からじわじわとマイナスの影響が出始めていたという。
スペイン・バルセロナでも大きな問題となっている。現地メディアによると、カタルーニャ州に来た今年5月の観光客は204万だった。5月単月としては初めて200万人を超え、去年5月より6%近く増加したのだ。
特にガウディ作品の多いバルセロナ中心地に観光客が集中しているデータがあり、観光資源のある地区での混雑率が高くなったため、地元住人が避けるようになったという。また、税制面での問題もある。去年、バルセロナ市は観光に関する税収は増えたが、街の清掃や警備費用などが高くなったため、結局は約5,000万ユーロ(日本円約83億円)の赤字となった。
地域に悪影響がある上、観光ハイシーズンである夏はさらに観光客の数が増えると予想されている。これを危惧した市民社会団体などが今年7月にバルセロナでデモを実施。「もうたくさんだ!観光を制限しよう!」というスローガンを掲げ、参加者約2,800人が観光客を減らす対策などを自治体に要求した。デモ参加者の中には、水鉄砲で観光客に水を吹きかける姿も見られたが、バルセロナのホテル協会は「容認できない行為」だと非難している。
オーバーツーリズムの現状を受けて、バルセロナ市は今年7月、観光スローガンを変更することにした。2009年から用いられてきたスローガン「バルセロナを訪れよう(Visit Barcelona)」は、「これがバルセロナ(This is Barcelona)」となることになった。観光客数ではなく、質の高い観光に重点を置きたいとしている。
また、市は今年の夏から、市内で観光客が多いエリアを16のエリアに分け、管理する計画を立ち上げた。16のエリアのうち、まずはサグラダファミリア、グエル公園、人気の市場「ボケリア市場」周辺の3エリアから開始。これらの地区では清掃員や警備員を増加させたり、バス路線やタクシー乗り場の変更といった交通制限などを実行するそうだ。また市は観光客の動きについてデータ収集を行う。データは今後観光客向けに提供される混雑アラートアプリの開発などに役立てたいとしている。
アイスランドでは観光税導入で自然と社会を保護へ
オーバーツーリズムは自然へも悪影響を与えている。
その一例がアイスランドだ。アイスランドは美しい自然に触れることができる島国で、約2,000年前に大噴火した火山跡に出来た湖「ミーヴァトン湖」のほか、「スカフタフェットル自然保護区」では黒い溶岩と氷河を見にハイキングへ訪れる人もいる。荘厳な自然を間近で見ることができるとあって、観光の最大の目的が自然の満喫だという観光客は多い。
アイスランドは今年の観光客数が230万人に達するという予想があるほど、高い人気がある旅行先となっている。ただ2010年には50万人未満とそこまで多くなかった。2010年代後半に急激な人気上昇を見せたのだが、その理由は、2008年に経験した経済不況から抜け出すためにアイスランドは国をあげて観光客を呼び込んだことにある。
2008年の世界的な金融危機、いわゆるリーマンショックで大打撃を受け、自国通貨であるアイスランド・クローナ(ISK)や株価が急落するなど経済が大混乱に陥った。天然資源に乏しいアイスランドは、経済復活のために観光業に重点を置くことに。策が功をそうすると観光客が大勢訪れるようになった。
さらにSNSで話題となると、観光客がより増加。この観光戦略で2017年には観光客数約200万人に達した。コロナ禍で一度落ち込みを見せたが、今年も同程度の観光客が訪れた。2025年以降も増える見通しで、2025年には約240万人、2026年には250万人となるとみられる。
人口約38万人のアイスランド。観光業から得られる収入はアイスランド経済にとって重要な柱となっている。アイスランド統計局によると、観光部門は2023年に国内総生産(GDP)の8.5%を占めた。2022年の7.5%から上昇し、コロナ前の2016年から2019年までの期間に記録された平均8.2%をも上回っている。
しかし、ネガティブな面にも目を向けなければならない。観光客増加により環境破壊や汚染の被害があり、自然への負担が懸念されているのだ。
ゴミのポイ捨てなどが相次ぎ、道路にゴミが散乱。また自然保護区などで植物がひどく踏み荒らされ、中には再び生えるまでに30年から40年かかるコケも被害を受けたそうだ。さらに毎日大量の観光バスやレンタカーが行き交うことで道路が劣化したほか、排気ガスなどによる環境汚染の懸念もある。
このほかにも、2015年ごろに報道されたのは、公衆トイレの問題だ。現在はトイレの整備がかなり進んでいるそうだが、当時は整備が行き届いていないなどの理由から、観光客が外で用を足している姿が報じられた。
こうした中、アイスランド政府は観光税を再導入することにした。観光税はコロナ期間に廃止されていたが、2024年1月に改めて導入された。国の自然や環境と、観光を両立させることを目的とし、サステナビリティのある取り組みのための資金調達、オーバーツーリズムによる環境への影響を軽減することが狙いだ。
現在、ホテルとゲストハウスは1部屋あたり600クローネ(約700円)、キャンプ場などは300クローネ(約300円)、アイスランドの港に寄港するクルーズ船は乗客1人あたり1,000クローネ(約1,100円)を徴収するなどしている。
また政府は今後新たな税体制を確立していくことも示唆している。観光客が多く訪れるピーク時の旅行には、年間の他の時期よりも高い税金を課す「サージ・プライシング」に似た制度の検討を進めている。さらに、アイスランドの自然と地域社会を守るため、「持続可能性のバランスチェック」を行い、自然のバランスに問題がないか、開発が社会にどんな影響を与えているかも調査していくという。
アイスランドは物価が高く日本の2〜3倍とも言われていて、この観光税の導入によってさらに高値感が拭えなくなるという指摘もある。しかし自然を守るためには致し方ない。
観光業が盛んになることで、地域活性化、雇用の増加、税収アップなどが期待される。しかしそれが過度になると問題は出てくるし、何より大切な自然が失われてしまう。環境への影響も否定できない。観光地付近でのインフラ整備のほか、例えば個人旅行ではなく、ツアーに参加してもらうことで観光客の混雑を管理できるとも考えられる。
来年以降も増え続けると予想される観光客との向き合い方の模索はしばらく続くだろう。
文:星谷なな
編集:岡徳之(Livit)