撮影しなくても動画を生成

一つまた新しい動画編集ソフトが誕生した。その名も「Augie Studio」。以前は「Aug X Labs」という名前で知られ、2年間のベータテストを経て、6月17日に正式リリースとなった。「映像制作の新時代をリードする」というキャッチコピーを掲げ、誰でも簡単にプロの動画クリエイターが作ったような映像を作れるとして注目を集めている。

ターゲットはSNS広告担当者や企業のマーケターなどの動画コンテンツを任された担当者たち。アメリカの動画マーケティング会社「Wyzowl」の報告書によれば、マーケティング担当者の87%が、動画が売上に直接的にプラスの影響があったと回答していて、2016年以降で過去最高になったそうだ。

そのためほとんどの企業が動画をマーケティングや広告・営業ツールの一つとして捉えている。そして、いわゆる“バズる動画”をより簡単に作れる方法を模索しているのだ。

しかしながらそういった動画を初心者が簡単に作れるわけでもない。頭では利益につながる有効なツールであるとわかっていても、動画編集に充てる時間や人材がない。かといって、クリエイターを雇う金銭的な余裕もない企業は少なくない。

そこに商機を得たのが、Auigie Studioだ。とにかく、簡単で使いやすいのに、機能が充実している。誰でも簡単に、がモットーで、映像がなくても動画生成できるほどだ。

Augie Studioの編集画面

気になる使用感は?自動文字起こしも

まず基本的な機能として、スクリプト作成、ボイスオーバー、画像生成などが備わっている。これらをさらに編集することも可能で、例えばボイスオーバーでは声を選択することができるなど、より細かく設定できる。

注目されるべきはAIを活用した機能。文章やナレーション音声、動画クリップをアップロードすると、Augie Studioが文章内容や発言する言葉を分析して、内容に見合う動画を作成するのだ。

このほかにも「自動コンテンツ生成機能」では、撮影した動画に音声があると、その発言内容の文字起こしがすぐに生成され、字幕として反映させることができる。筆者も実際に自分で撮影した動画をアップロードしてみたが、驚いた。動画を読み込んですぐに開いた編集画面上に、すでに“スクリプト”として会話の内容が文字起こしされたのだ。

デモ用にアップした時の実際の画面、左側がスクリプト

デモ用にアップロードした動画は、筆者がアメリカ人のアーティスト・ハナさんを取材した時のもの。全編英語で30分以上話し続けている。後日YouTubeでインタビュー動画を公開したのだが、彼女の発言すべてに字幕をつけるのは限界があった。そのため動画の一部分だけに字幕を付けてYouTubeで公開した。しかしAugie Studioを使えば、諦める必要はなくなる。まだ日本語には対応していないようで、スクリプトはうまく機能しなかった。今後、日本語版が出てくるのが待ち遠しい。

Audie Studioにはさらにコンピュータービジョン技術を活用し、話された言葉と最も適切なコンテンツを同期させる「マッチー・マッチー」エンジンも搭載。映像がなくても、音声さえあれば、その発言内容に見合ったコンテンツを作成してくれるという。

またAIによる検索機能を備えた「ダイナミックなアセットライブラリ」では動画などを使いやすい状態に整理してくれるほか、有料会員になると、画像提供などを行う「ゲッティイメージズ」の商用ライセンスコンテンツライブラリに無制限にアクセスできる。

AI利用への懸念を最小限に抑える工夫も

ここで少し話は逸れるが、5月にアメリカの女優・スカーレットヨハンソンさんが自身の声が使われたとして、Open AI社を訴えた。会話型AI「ChatGPT」用に開発された合成音声「Sky」に、ヨハンソンさんが以前演じた役の声が入っていると主張したものだ。OpenAIは5月19日にSkyの使用を停止し、弁明に追われた。

この件以外にも、数秒で楽曲を生成できるソフトを開発したAI音楽スタートアップ「Suno(スーノ)」と「Udio(ユーディオ)」の2社が6月24日、大手レコード会社から訴えられた。レコード会社はこの2社が著作権で保護された音楽をAIの訓練データとして使用し、AIモデルがその音楽を“模倣した”楽曲を生成できるようにしたとしている。

世界的に“AIと倫理”が議論のテーマになっている中で、Augie StudioはAI利用への懸念を最小限に抑える工夫を施した。

先ほども説明した通り、「ダイナミックなアセットライブラリ」で使える画像はゲッティイメージズからの提供であるほか、ボイスオーバーには認可を受けた音声のみを使用。さらにBGMとして用意されている音楽も権利関係をクリアにしている。

そのため利用者や企業は、投稿後にAugie Studioでの画像やボイスオーバーに問題が起きたから動画の内容を変更する、といった心配をすることなく、安心して編集し、映像作成に取り掛かることができるのだ。

Augie Studioは、基本的な個人使用向けの無料版から、AIスクリプトライティングやボイスライブラリへのアクセスを含む月額34ドルの「プレミアムプラン」、さらに10分間のビデオを無制限に作成でき、優先カスタム機能が提供される「エンタープライズプラン」を用意している。

激化する動画コンテンツ市場

昨今、動画コンテンツ関連の新しいソフトウェアやアプリ相次ぎ登場しており、情報に追いつくのが大変だ。続々と登場する背景には動画コンテンツの市場が年々拡大していることが挙げられる。

統計サイト「Statista」が収集したデータによれば、2023年、ストリーミングまたはダウンロードした動画を少なくとも月に1回視聴するインターネットユーザーは推定30億人を超えるという。世界人口の4割弱に上る計算だ。

動画コンテンツ市場が大きくなったことで、動画編集ソフトの市場規模も大きくなった。

ビジネスリサーチインサイトの統計では、世界の動画編集ソフトウェア市場規模は、2021年に5億4,980万米ドル(約887億円)で、2031年までに1億7,490万米ドルに達すると予測されているという。SNSを中心にデジタルコンテンツ消費が増加し、中でも動画関連のコンテンツ消費が増加しているからだ。

Audie Studio以外にも、AI動画スタートアップ「Runway」が、今月(7月)テキストから動画生成出来る「Gen-3 Alpha」をリリースし、Xなどで話題となっている。映像のシーンやテーマ、カメラアングルなどを入力すると、クリエイターが作ったような動画が出来上がる。映像のクオリティが高く、体験した人をあっと言わせた。アメリカIT企業「Google」や半導体企業「Nvidia」なども1億ドルを超える投資をしている。

Runway「Gen-3 Alpha」トップ画面

企業が動画コンテンツに注力するのは、多くの消費者が動画を単純に視聴するだけでなく、検索エンジンとしても使うようになったからでもある。

購買前に製品の使用感を確かめるために、またレシピやDIYのハウツー動画、勉強方法などを調べるために活用しているのだ。特に5秒から90秒のショート動画が好まれるとも言われ、その中で新製品などが話題となれば、大きな経済効果が期待される。

また企業は自社アカウントの投稿でハッシュタグなどを用いて消費者とのコミュニケーションを図ったり、中には社員インタビューや社内の雰囲気を撮影した動画を投稿して、企業への理解度向上や人材獲得を狙った活用方法も行っている。

新型コロナの影響で伸びた動画の需要。年々加速する動画コンテンツ市場に加えて、5Gが普及したことで動画をみる消費者がさらに増加すると見込まれる。「Audie Studio」「Gen-3 Alpha」のような、AI搭載した動画編集ソフトが次々に登場し、今後も動画編集ソフトの競争が激しくなるだろう。今度も注視していきたい。

文:星谷なな
編集:岡徳之(Livit