半導体製造において、「前工程」と呼ばれる前半の工程を請け負い、顧客の設計データを受けて受託生産を行う「ファウンドリー」。今年、世界最大手の中央処理装置と半導体素子のメーカーであるインテルが、新たにこのファウンドリー分野で新事業「Intel Foundry Services(IFS)」を始動させて話題になっている。

2021年より計画が進められてきたこの事業は、AI活用を狙うチップ設計企業に包括的な解決策を提供するもので、すでにマイクロソフトが顧客として発表されており、AI市場にも大きなインパクトをもたらすと見られている。

「55年の歴史で極めて重要なビジネス・トランスフォーメーション」として、インテルが新たに展開するファウンドリー事業の詳細と、AIチップ製造に向けた戦略について、注目すべきポイントを深掘りしてみたい。

インテルが新たに展開するファウンドリー事業

インテルは米国に複数の生産拠点を持つ(インテルのNewsRoomより)

「AI時代に向けて設計された持続可能なシステムファウンドリービジネス」と銘打たれたこの事業は、数十億ドル規模のチップ製造施設を活用し、顧客がデザインしたチップの製造を行うことで、インテルが米国とヨーロッパを拠点とするファウンドリー分野の大手プロバイダーを目指すものだ。

「ファウンドリー」という言葉が表すように、他社が設計したチップを製造するため、インテルは製造能力のアップグレードに数十億米ドル、アリゾナ州の2つの新しい工場に約200億米ドルを投資する。

これはインテルが進める「IDM 2.0」と呼ばれる戦略の一翼を担っており、この計画において、インテルは自社製チップのメーカーであり続けるだけでなく、必要に応じて他社が所有する工場の利用や、他社向けチップの製造も行っていくことになる。

復帰したCEOゲルシンガー氏が2021年より掲げる「IDM 2.0戦略」

ファウンドリー事業は現インテルCEOの復帰以降、最大の取り組みとなる(インテルのNewsRoomより)

大規模製造のためのインテルのグローバルな社内工場ネットワーク、サードパーティのファウンドリー能力の利用の拡大、世界クラスのファウンドリービジネスの構築の3つの柱からなる「IDM 2.0」は、インテルの現CEOゲルシンガー氏の復帰以降、最大の取り組みであり、インテルがチップの設計と製造の両方を行う「統合デバイスメーカー」を目指すための戦略だ。

ゲルシンガー氏は、同社のチーフアーキテクト、事業部長などを歴任し、技術者としてインテルを牽引、副社長に昇格した後、インテル初のCTOとなった。その後、一度は他社に移った時期を経て、2021年にCEOとしてインテルに復帰した。

半導体製造といえばインテルと言われるほど、過去には業界をリードしてきた同社だが、このところ苦境に陥っているとの報道が続いており、ゲルシンガー氏にはインテル復活へ向け、大胆な改革を進めることが期待されている。

AIチップの急激な需要増加に応え、インテルの復活を目指す

AIチップの需要に応え、業界主力企業を目指すインテル
UnsplashRubaitul Azadより

このチップファウンドリー事業には、昨今の生成AIブームを追い風に、インテルの復活を図る狙いがあるようだ。

生成AIへの注目度は非常に高く、その業界の急成長に伴って、AIによるディープラーニングや機械学習を実行できるAIチップの需要が急増すると予想されている。

インテルは昨年12月、チャットGPTのような生成AI向けの半導体で、従来比4倍の処理速度を誇る「ガウディ3」を披露。半導体チップ市場の主力企業になる可能性にかけており、ゲルシンガーCEOは先日、カリフォルニア州で開催された同社のFoundry Direct Connectイベントで、「生成AIはコンピューティングのすべてを変革しつつある。私たちのファウンドリーで業界のあらゆるAIチップを製造したいと考えている」と述べている。

同イベントには、OpenAIのCEOサム・アルトマン氏も特別ゲストとして登場。生成AI業界におけるAIチップ供給の重要性を感じさせるイベントとなっていた。

生成AIの普及には高性能のチップの十分な供給が不可欠だ
UnsplashChristian Wiedigerより

持続的で安定した半導体供給を目指す

生成AIだけでなく、様々な産業分野がデジタル化されていることにより、半導体需要は急速に増加している。

現在、半導体業界のリーディング企業は、受託製造で業界一位の台湾企業TSMCと、去年大赤字を出したものの売上高でインテルに並ぶ韓国のサムスンであり、約80%の半導体生産能力がアジアに集中している。

この地理的な不均衡に対し、米国では2022年に「CHIPS法」が可決、米国内の半導体製造の再活性化に520億米ドルの支出を決めたが、ブルームバーグの報道によると、インテルはこのうち100億米ドルを受け取る予定だ。

インテルも半導体製造の地理的な不均衡を解消していくことをミッションとして掲げており、半導体のサプライチェーンを米国、欧州にも広げることで、デジタル化が進む世界において、半導体供給の回復力を備え、持続的で安定した半導体供給を目指すとしている。

米国政府も支援するインテルの取り組み

この「持続的で安定した半導体供給」は、台湾有事の可能性が示唆される昨今、米国だけでなく世界各国にとって非常に重要な課題だ。

ロシアのウクライナ侵攻では、世界有数の穀物生産国であるウクライナからの穀物輸出が大きく影響を受け、世界的な食料価格の高騰を招いた。

同様に、現状、高性能の半導体を世界中に供給しているTSMCの工場はほとんどが台湾にあり、仮に中国の侵攻でその生産が途絶えれば、世界中であらゆる電子機器が影響を受け、経済にも深刻な打撃が生じる。

失速するインテルの立て直し策というだけでなく、生成AI市場の行方、各国の経済安全保障の観点からも注目されているのが、「IFS」事業であるといえるだろう。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit