2018年8月、米CNBCはウィスコンシンに拠点を置くテクノロジー企業Three Square Market(32Market)が、体温を動力とし、GPSや音声認識機能の付いた体内埋め込み型の最新マイクロチップを開発、2019年初頭からベータ版の試験を開始すると伝えた。

この32Marketは2017年7月、従業員に任意でマイクロチップを埋め込んだとして多くのメディアで取り沙汰された企業。

従業員に埋め込まれたマイクロチップは、スナック自動販売機での購買やパソコンのログインを可能にするもので、従業員の多くはその利便性を評価し、今でも利用し続けている。これまで同社全従業員196人中、92人がマイクロチップを埋め込んだが、取り外したのは同社を退職した元従業員1人だけという。

32Marketの従業員のように、マイクロチップを体内に埋め込みEウォレットやアクセスキーなどとして利用する事例は世界中で増えており、スウェーデンやドイツでは数千人がマイクロチップを埋め込んだといわれている。

マイクロチップを埋め込む動機は一様ではない。その背景には、トランスヒューマニズムといった思想、バイオハッカーたちの探究心・好奇心、また医療目的などさまざまな動機が存在する。

こうした動機は、マイクロチップだけでなく、人間の知覚能力を拡張するセンサー、身体能力を拡張するエクソスケルトン、傷ついた臓器を代替する人工臓器など人間のサイボーグ化を促進するテクノロジーの開発・普及を加速させている。

人間のサイボーグ化テクノロジーはいまどこまで進化しているのだろうか。その最新動向に迫ってみたい。

ファッション感覚でマイクロチップを埋め込む人々

米シアトルを拠点とする「Dangerous Things」は、バイオハッカー向けに「サイボーグ変身キット(マイクロチップ)」を販売するスタートアップ(2013年設立)だ。

キットは種類別に153ドル〜222ドル(約1万7,000〜24万円)で販売されている。


Dangerous Thingsウェブサイト

キットに含まれるRFIDタグの入ったマイクロチップを体内に埋め込み、プログラムすることで、ジムのアクセスキーや自宅・オフィスのスマートキーなどとして利用できるようになる。

Dangerous Thingsの利用者は設立当初一部のバイオハッカーたちに限られていたようだが、いまではより広い層から注目を集めている。

Dangerous Thingsに影響を受け、2015年からドイツでマイクロチップ販売を開始した起業家スベン・ベッカー氏によると、同国では2015年以来で2,000〜3,500人がマイクロチップを埋め込んだという。

スウェーデンでもこれまでに3,000人以上がマイクロチップを埋め込んだといわれている。同国では国有鉄道会社SJがマイクロチップを使った予約システムを導入するなど、他国に比べマイクロチップが広く認知されていると考えられている。

若い世代にはタトゥーなどと同様にファッション感覚で埋め込む人もいるようだ。

現在広がりを見せるマイクロチップの埋め込み。その先駆者と考えられているのが英コベントリー大学で副学長を務めるケビン・ウォーウィック教授だ。

ウォーウィック教授がマイクロチップを体内に埋め込んだのは1998年のこと。世界初の試みとして注目を集めた。これにより自らを「サイボーグ」と称し、学内のドアの開閉やライトの点灯を手を振るだけで行ったという。

その後2002年には「ブレイン・ゲート」プロジェクトのもと、自身の神経システムと電極をつなげ、電動義手を動かし、ともに電極につながったウォーウィック教授の妻と電気信号によるコミュニケーションを取ることに成功している。

このブレイン・ゲートシステムは現在、米国で身体麻痺患者の治療に活用されているという。

ウォーウィック教授はこのほか、超音波を感知するデバイスを体内に埋め込み、コウモリと同じ能力を身に着けたともいわれている。

このように人間がこれまで感知することができなかった情報を、特殊デバイスによって読み取ることも可能になっている。

英国生まれのサイボーグ・アーティスト、ニール・ハービソン氏は、目に映るものが白黒でしか見えない先天性の色覚異常を持っていたが、色を振動に変換するアンテナを脳に移植したことで、色を「聞き分ける」ことができるようになった。

これにより通常は見えない赤外線や紫外線も感知することが可能という。

ハービソン氏はガーディアン紙の取材で、頭のアンテナはデバイスではなく身体の一部であると主張、また赤外線や紫外線を感知できるようになったことを踏まえ、自身を「trans-species(人間とは異なる種)」と呼んでいる。

赤外線や紫外線などを感知することで、これまでにない世界観を持つことが可能になるという。

身体能力の拡張と人工臓器

身体能力を高めるサイボーグテクノロジーの実用化も進んでいる。

米サンフランシスコを拠点とする「Roam Robotics」は、足腰を支えるエクソスケルトンを開発するロボティクス・スタートアップだ。このほどスキー用エクソスケルトンを2019年3月にローンチすることを発表し、多くのメディアの注目を集めている。


Roam Roboticsウェブサイト

このスキー用エクソスケルトンの価格は2,500ドル(約27万円)。エアシリンダーによってスキーヤーの足腰を支え、長時間の滑走を可能にするという。

2019年3月9日から、ユタ州のスキー場などでレンタルが開始される予定。レンタル料は110ドル(約1万2,000円)。

同社は2018年11月のシリーズAラウンドで、ヤマハ発動機などから1,200万ドル(約13億円)を調達している。

スキー用のほか、ハイキングやランニング、高齢者用、また軍事用にエクソスケルトンを開発しており、数年以内にローンチする計画という。

一方サンフランシスコで2015年に設立された「Seismic」はこのほど、アパレルとロボティクスを融合させた「Powered Clothing」を公開。

外見は下着のようだが、筋肉・腱・靭帯に相当するパーツが組み込まれており、座る、立つなどの日常の基本動作をサポートしてくれる。コンピューターとセンサーも搭載されており、動きのデータを収集し、利用者の動きに合わせてパーツの動作を最適化することも可能という。


Seismic社のPowered Clothing(Seismicプレスキットより)

知覚能力や身体能力の拡張に加え、臓器機能の強化・コントロールも近い将来実用化される可能性が高い。

イスラエル発のBioControl Medicalが開発しているのは、副交感神経に作用し、心不全リスクを低減するバイオニックデバイス。

Market Research Futureによると、バイオニックデバイスや人工臓器の市場は2018〜2023年にかけて年率7%で成長し、2023年には240億ドル(約2兆6,000億円)に達する見込みだ。

サイボーグテクノロジーの発展にともない、今後サイボーグ化に関わるアイデンティティや倫理的な議論が一層活発化することが見込まれる。

サイボーグ化で人類はどこまで能力を拡張できるのか、また年齢の壁を超えることができるのか、その行方に注目が集まる。

文:細谷元(Livit