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香港、カナダのバンクーバー、オーストラリアのシドニー、米国のロサンゼルス、ニュージーランドのオークランド……これら大都市の共通点が何かご存じだろうか。「暮らしやすい町」? それとも「子育てに適した町」? はたまた「治安が良い町」? だろうか。
実は共通しているのは「残念な事実」。住宅を購入するのが「非常に難しい」と評価された都市なのだ。マイホームを手に入れるのに苦労するのは国を問わず、私たちの多くが住む都市部では珍しいことではなくなっている。
それにしても、約27万平方キロの国土にたった450万人ほどしか住まないニュージーランドで住宅購入が困難のはなぜなのだろうか。どう考えてもスペースにゆとりはあるのだから、土地代は安く、簡単に家は手に入りそうだが、実情はずいぶん違うようだ。
住宅購入にあたっての難易度調査
今回、この評価を下したのは「第15回デモグラフィア・インターナショナル・ハウジング・アフォーダビリティ・サーベイ2019年版」だ。
住宅購入にあたっての難易度を調査・分析し、まとめたもので、調査対象はオーストラリア、カナダ、中国(香港)、アイルランド、ニュージーランド、シンガポール、英国、米国の8カ国/エリア309都市の住宅市場だ。309都市には、ニューヨーク、ロンドン、ロサンゼルスといった、人口1,000万人を超えるメガシティも含まれている。
報告書では、住宅価格の中央値を1年の世帯総収入の中央値で割って算出されるメディアン・マルチプルを採用している。メディアン・マルチプル3.0以下を「手頃な価格で購入できる」、3.1から4.0を「やや購入しにくい」、4.1から5.0を「かなり購入しにくい」、5.1以上を「非常に購入しにくい」というように分類している。
全対象都市中9番目に家が購入しにくいニュージーランドのオークランド
プケコヘにあるキーウィビルドの分譲地、ベルモント・ビレッジ。2019年中頃から入居が可能になる。プケコヘはオークランド中心部から車で40分のところに位置する(Supplied by KiwiBuild)
ニュージーランド最大の都市、オークランドのメディアン・マルチプルは9.0だ。これは主要大都市91都市中7番目、調査対象全309都市の中では9番目に購入が難しいことを意味する。不動産に詳しくない人でも、米国ロサンゼルスが9.2で、サンフランシスコが8.8というところから、オークランドの住宅事情の難しさを察することができるのではないだろうか。
主要大都市にはあたらないが、メディアン・マルチプルでオークランドに負けていないのが、国内の北島東海岸にあるタウランガ。温暖な気候とビーチが有名で、サーファーや退職者に人気があるこの町の数値は9.1だ。一方、全国平均はというと6.5で、やはり「非常に購入しにくい」の評価に入る。多少難易度が違うとはいえ、住宅購入が難しいのは、国内どこでもあまり変わらないといえそうだ。
長年海外に暮らしていたニュージーランド人が、帰国してオークランドで家を買おうと思ったら、とても手が出せず、ほかの小都市への転入を選ばざるを得なかったという話は珍しくない。
国民の不安ナンバー1は「住宅問題/住宅価格」
過去3回にわたる国政選挙時に、生活上最も重要だと思う事柄は何かを人々に尋ねたところ、すべてにおいて、住宅の入手しにくさが1番に挙がった。
2018年10月発表のグローバル市場調査会社イプソスによる報告書、「ニュージーランド・イシューズ・モニター」は、国民が不安に感じていることや、どの政党がその解決にふさわしいと考えているかを国民に尋ねるもの。参加者610人に最も問題になっていることを3つ挙げてもらったところ、ここでも45%と最も多くを占めたのが「住宅問題/住宅価格」だった。「生活費」は3番目に挙がっており、「住宅価格」の問題と密接に絡んでいることがうかがえる。
ベルモント・ビレッジの家の居間(Supplied by KiwiBuild)
住宅価格はなぜ高い?
デモグラフィアの評価で「非常に購入しにくい」と評価され、国民も「高い」と口をそろえる、ニュージーランドの住宅価格。実際どれぐらいの金額なのだろうか。
国内の不動産業者の会員組織、リアルエステート・インスティチュート・オブ・ニュージーランドによれば、1月現在の全国的な価格の中央値は55万NZドル(約4,200万円)だそうだ。突出して高いのはやはりオークランドで、前年1月より約2%下がった結果ながら80万NZドル(約6,000万円)だ。不動産業者の別の会員組織、プロパティー・インスティチュート・オブ・ニュージーランドの最高経営責任者であるアシュレイ・チャーチ氏によれば、価格は10年ごとに2倍ずつ高くなっているそう。
経済学者のシャムビール・イーカブ氏は、価格高騰の一番の原因は、現行規制などによる土地の供給不足にあると指摘する。1990年代に各地方自治体が設けた「都市開発抑制境界」が邪魔をして、人口増加を続ける都市部が「境界」内では収まり切れなくなっている。日本では聞かれない「住宅密度規制」もある。地区ごとに敷地内に建設できる住宅戸数が決められているのだ。
中所得者層向けの住宅政策、「キーウィビルド」プログラム
ニュージーランドの都市部において土地規制の緩和が行われ、従来1軒分だった土地を分割し、売りに出す人も増えている © Mari Clothier
オークランドでは土地関連の規制の緩和が進められるようになっているが、それでも住宅購入は年々難しくなる一方だ。そこでニュージーランド政府は中所得者層を最優先とした住宅供給策に力を入れている。
2018年に始まった不動産開発プログラム、「キーウィビルド」は政府の看板政策だ。計画では2028年までに全国に10万戸の住宅を建築し、手頃な価格で販売することになっている。建設予定地は半分がオークランドで、そのほかは全国各地に散らばる。
買い手には、ニュージーランド国籍か永住権保有者であること、年間所得が独身であれば12万NZドル(約900万円)以下、夫婦であれば18万NZドル(約1,400万円)以下であること、最低でも3年間持ち家として自らが住むことといった条件がつく。条件にかなえば申込をし、資金準備など、家を購入する際に行う通常の手続きを済ませる。そして最後はくじ引きによって購入者が選ばれる。政府が同プログラムを発表した直後に、興味があると約2万人もの人々からの登録が殺到した。
しかし、6月末までに建設が計画されていた1,000戸のうち、完成予定なのは300戸に過ぎず、1月下旬の段階でうち47戸のみしか出来上がっていないことが明らかになっている。また「手頃な価格」という折り紙つきであるにも関わらず、オークランドの場合、価格の上限は一戸建て1ベッドルームが50万NZドル(約3,800万円)~3ベッドルームが65万NZドル(約5,000万円)に設定されている。
実際売れたオークランド市内にあるキーウィビルドの家は、3ベッドルームが57万9,000NZドル(約4,400万円)、4ベッドルームが64万9,000NZドル(約5,000万円)だった。キーウィビルドの住宅価格の上限は下回るものの、決して「安い」値段ではない。
政府は「初めて家を買う人」も意識した優遇策も用意している。任意の個人保険「キーウィセーバー」は通常65歳にならないと積み立てたお金を引き出せない。しかし、3年以上加入しており、1,000NZドル(約7万6,000円)をキーウィセーバーに残すのであれば、家を買う資金として引き出しが許される。また援助金もある。中古住宅を買うケースと、注文住宅や分譲住宅を入手するケースで支援額は違う。
ほかにも、キーウィセーバー加入者いかんを問わず利用できるローンがある。このローンを組むと、通常20%の頭金を10%に抑えることができる。
2016年からオークランドでは、住宅戸数密度の是正など、住宅供給における規制の大幅緩和が行われるようになった © Craig (CC BY-SA 2.0)
米国の経済学者、エンリコ・モレッティ氏とチャン・タイ・シー氏によれば、住宅の高価格は労働力の場所的不適正配分をもたらし、それは国全体の生産性の低下につながるという。住宅価格が高いということは、購入を考える低・中所得者に直接的な影響を与えるに留まらず、持ち家の値段が上がったと喜ぶ人たちにとっても、最終的には有益ではないということになる。住宅が手頃な価格で手に入るか入らないかは、国民全員の問題といえそうだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)