AIに続くビッグトレンド「量子コンピューティング」

OpenAIが開発した「ChatGPT」がキラーアプリとなり、ジェネレーティブAIへの関心が一気に高まった。これに続き、大きなテックトレンドとなると見られているのが「量子コンピューティング」だ。

すでにテック大手だけでなく政府機関も量子時代を見据えた投資・取り組みを加速しつつある。

量子コンピューティングとは、「qubit」と呼ばれる量子ビットを用いたコンピューティング技術。従来のコンピューティングは、電子回路を用い、情報を0と1で格納している。一方、量子コンピューティングにおける量子ビットは、0と1だけでなく、同時に両方の状態をとることができ、これにより複雑な計算を高速化することが可能となる。

理論上、電子ベースのスーパーコンピュータが数日〜数週間かかるような計算であっても、大規模な量子コンピューティングシステムを組めば、数秒で計算できるといわれている。しかし現時点では様々な課題があり、量子コンピュータが従来のコンピュータに取って代わる状況には至っていない。

それでも水面下では、グーグル、マイクロソフト、インテル、IBMなどのテック大手が着々と取り組みを進めており、近い将来ChatGPTのようなキラーアプリが登場する可能性に期待が集まっている。

グーグルからスピンオフした量子コンピューティングスタートアップのSandboxAQのビジネスオペレーション上級ディレクターであるクリス・ヒューム氏はInvestor’s Business Dailyの取材(2023年6月16日)で、いつどのような形で量子コンピューティングが普及するのかという点に関しては議論の余地があるところだが、テック大手を含め市場のあらゆるプレイヤーが量子市場の台頭を予想していると指摘している。

SandboxAQは、2023年2月に大型資金調達を実施するなど量子コンピューティング分野でも特に注目されるスタートアップ。ロイター通信が2023年2月14日、独占情報として伝えたところでは、SandboxAQがこのラウンドで5億ドルを調達したという。

元グーグルCEOであるエリック・シュミット氏がSandboxAQの会長兼投資家であることも同社が注目される理由だ。その他の投資家には、Breyer Capital、T. Rowe Price 、セールスフォース創業者マーク・ベニオフ氏のTIME Venturesなどが含まれている。

米国における量子コンピューティング動向

量子コンピューティングは、新薬開発などでの価値創造に期待が集まる一方、安全保障やセキュリティ分野でも必須のテクノロジーと考えられており、各国政府による取り組みが始まっている。従来の暗号化技術が量子コンピューティングによって解読されてしまうリスクがあるためだ。

米国政府は、量子コンピューティングを国家安全保障における重要技術の1つとして位置付けており、2016年からすでに米国商務省傘下の国立標準技術研究所(NIST = National Institute of Standards and Technology)による量子耐性アルゴリズムの開発に乗り出している。

NISTは2022年に、アルゴリズムのリストを絞り込み4つの候補を発表。今後さらに議論を重ね2024年までに「ポスト量子暗号(PQC = post-quantum cryptography)」スタンダードを発表する予定となっている。

このPQCプロジェクトには、IBM、Amazon Web Services、マイクロソフト、Cisco Systems、Dell、VMwareなどの大手企業に加え、SandboxAQ、Cryptosense、Crto4A Technologiesなどの量子コンピューティングスタートアップも参加している。

NISTの動きと並行して米国では、銀行、通信、医療分野の企業、また政府機関などが新しい量子耐性アルゴリズムのテストを実施。NISTが2024年にPQCスタンダードを発表した後、サイバーセキュリティ企業は、同スタンダードを基準とする新製品を開発することが可能となる。また、米企業はあらゆる種類のソフトウェアをPQC暗号化にアップグレードすることが求められる。

この点、SandboxAQでもすでに企業のシステムをスキャンして古い暗号化方式を特定、緊急に置き換える必要がある部分を検出するソフトウェアを提供するなどの取り組みを開始している。

ロイター通信はSandboxAQのジャック・ハイダリーCEOの話として、現在多くの銀行や製薬会社、政府機関が古いプロトコルを使用しており、銀行に至っては古いプロトコルから新しいプロトコルに移行するまで5〜7年かかる見込みであると伝えている。

英国政府は、国家戦略で量子コンピューティングの主導権狙う

英国政府も量子コンピューティング分野における国際的な主導権を握りたい考えだ。

英国は科学技術大国としての存在感をさらに高めるため2023年2月、科学・イノベーション・技術省(DSIT = Department of Science, Innovation and Technology)を新設した。設立早々DSITは3月に、国家量子戦略を公表し、量子技術の発展のための10年ビジョンを明らかにした。

この国家戦略のもと、DSITは2024〜2033年までの10年間で25億ポンドを拠出し、量子コンピューティング人材の育成、量子分野のビジネス誘致、国内における量子テクノロジーの活用、セキュリティを念頭に置いた国内外のルール・規制制定を促進する計画だ。

またDSITは、英国量子産業の成長に必要な労働力確保に向け量子スキルタスクフォースの設立を計画しているほか、量子分野の取り組みを始めたい企業を支援する国家量子コンピューティングセンター(NQCC)への資金注入拡大を予定している。

マッキンゼーの分析(2023年4月24日)によると、量子テクノロジー人材の絶対数(同分野における修士以上の学位を持つ人材)は現在、13万5511人で欧州が世界最大となっている。次いで、インドが8万2110人、中国が5万7693人、米国が4万5087人、ロシアが2万3450人、英国が1万4601人。

英国は、量子テクノロジー人材の絶対数で世界5位だが、人口100万人あたりの相対数では、他国を上回る。人口100万人あたりの量子テクノロジー人材数は、欧州が303人でトップだが、英国が217人でこれに迫っている。このほかインド58人、中国41人、米国136人、ロシア164人となっている。

量子コンピューティングは、主に5つの主要アプローチがあり、それぞれに困難な課題が残っている。例えば、光子ベースのデバイスはまだ「光漏れ」が発生し、計算の失敗を引き起こすことが報告されている。またイオントラップや中性原子ベースのデバイスは、キュービットの数が増えた状態で、高速計算できる能力をまだ示していない。

量子分野でもChatGPTのようなキラーアプリが登場するのか。グーグルなどのテック大手、スタートアップ、そしてそれらを支援する政府の動きから目が離せない。

文:細谷元(Livit