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動物福祉の対象といって、思い浮かぶのはどんな動物だろうか。おそらく思い浮かぶのは、犬や猫といったペット動物ではないだろうか。しかし、私たちが口にする肉類や卵を提供してくれる家畜動物もその1つだ。ヒツジやウシなどといった家畜に対する動物福祉は、特に「家畜福祉」という呼び方もある。
動物福祉には国際的に統一された福祉基準がある。国際獣疫事務局 (WOAH)により定められたものだ。しかし、家畜の中で国際的な福祉基準が決まっていないものが1つある。採卵鶏だ。各国で飼育に関する意見が大きく分かれてしまっている。
採卵鶏についての意見は各国で大きく分かれている。焦点は、従来行われてきた飼育法である「ケージ飼育」。動物保護団体だけでなく、一般市民からも「劣悪な環境」と非難の声が挙がる。それを受け、多くの国がケージ飼育を廃止する方向に動いている。
家畜福祉と真っ向から反対の残酷なケージ飼育
家畜福祉の内容は、各国で認識に若干ズレがあるが、1979年に英国の畜産動物福祉委員会(FAWC)が提案した「5つの自由」がその基本に当たる。それに則り、養鶏場では給餌・給水の確保、適切な飼育環境の供給、予防・診断・治療の適用、適切な空間・刺激・仲間の存在、(恐怖や苦悩に対する)適切な対応・対処に配慮しなくてはならない。
一方、劣悪な環境と指摘を受けるケージ飼育とはどんなものなのか。ケージ飼育は、その名の通り、ニワトリをケージ(オリ)に閉じ込めて飼育する方法だ。1羽あたりA4のコピー用紙1枚程度のスペースしか与えられず、とまり木にとまったり、つついたり、引っかいたりというようなニワトリが本来とる行動が抑制される。ケージは積み重ねられ、上段のニワトリの排泄物は下段に落ち、下段のニワトリが病気になることもある。狭い場所でストレスを貯め、鶏同士がつつき合うのを防ぐために、くちばしを切られる。ケージ飼育は、いわば「5つの自由」に反した、残酷な環境なのだ。
ニワトリの習性を尊重するフリーレンジ卵は5.5%の年平均成長率
ニワトリの家畜福祉の充実には、ケージ飼いを廃止し、放し飼いをすることが必要だ。放し飼いとは、ニワトリが自由に屋外に出て、歩き回ることが許された飼育法のこと。米国農務省と米国内の業界では「ニワトリが屋外にアクセスできなくてはならない」と、また欧州連合(EU)では「日中連続して、野外にアクセスできなくてはならない」と決められている。国やエリアによって若干の差はあるが、規定はおおむね同じだ。
多様な分野の市場調査・コンサルティングを行うデータブリッジマーケットリサーチは、世界の放し飼い卵市場が2021年から2028年までに1375億米ドル(約18兆円)規模になり、その間の年平均成長率は5.5%になると分析している。放し飼い卵は比較的サイズが大きく、栄養価も高い。卵を産むニワトリが自由で習性に合った生活を送っているという安心感がマインドフルにつながる。消費者の関心は高まり、成長を後押しするというわけだ。
メリットが多い放し飼いだが、デメリットがないわけではない。ケージ飼いよりも環境負荷がかかるという。卵の生産に必要な資源がケージ飼いより多く要る。英国のニューカッスル大学で行われた研究の結果、放し飼いをしている養鶏場からの温室ガス排出量は、ケージ飼いと比べて16%多いことが判明した。
鳥インフルエンザの流行でフリーレンジ先進エリアの欧州で卵不足
ケージ飼いから放し飼いへ切り替えが進む国・エリアの1つが、欧州だ。欧州委員会(EC)は、加盟国における採卵鶏の数とその飼育管理方法に関する統計を毎年発表している。2021年のデータによれば、EU内で放し飼いを実践している国のトップはアイルランドで約46%。次いでフランス(23%)、オーストリア(約28%)、ドイツ(約22%)、オランダ(約22%)が続く。EU内で後れをとっているのは、イタリアとポーランドで各々5%、スペインは9%。しかしこれらの国々でも、放し飼いは増加の傾向にあるそうだ。
ケージ飼いから、放し飼いへの移行が進む欧州だが、今年3月から前代未聞の規模で鳥インフルエンザが流行している。2021年10月から昨年9月までの最初の発生時には、37カ国で感染が確認され、欧州食品安全機関(EFSA)によれば、約5000万羽が殺処分されたという。
もともと放し飼いのニワトリは、ケージ飼いのニワトリより卵を産む効率が良くないといわれている。ケージ飼いでは産卵を促す条件を最適化してやることができるが、自由に行動できる放し飼いのニワトリはそうはいかない。それに、鳥インフルエンザや気候問題などが加わり、卵不足が発生している。
鳥インフルエンザが依然として続く欧州では、放し飼いとはいうものの、現在ニワトリを外に出すのを極力避けて飼育されている。それでは「放し飼い」の従来の定義を根本から覆すことになるので、ECは放し飼いの規定自体を変更しようとしている。政府の指示に則し、屋内で16週間まで過ごしたニワトリの卵でも「放し飼い」として販売できるようにするという。この提案は現在、EUの承認を待っているが、EU内での協議は今年の第3四半期まで持ち越される見通しだ。
ニワトリの様子をライブ配信し、消費者に親近感を持ってもらう
鳥インフルエンザの影響は欧州だけでなく、米国にも出ている。一方、南半球のはじにあるニュージーランドまでは、まだ鳥インフルエンザは到達していない。10年前に公布された採卵鶏についての規制変更が今年から施行となり、ケージ飼いが全面禁止になった。規制変更が行われる前の2021年時点で、すでに市場の33%を放し飼いが占めており、ケージ飼いのニワトリの卵という選択肢がなくなった今、放し飼いのニワトリの卵の需要はますます伸びている。
放し飼いが一般的になったこともあり、放し飼いよりさらに家畜福祉に力を入れた飼育方法を実践する養鶏場がいくつか出てきた。
そのうちの1つが、ボワリー・フリーレンジ・ファームだ。420haに及ぶ農場では、循環型システムが採用されている。屋外を自由に歩き回るニワトリの排泄物は、土地の肥料になる。鶏舎は移動式。歩き回るニワトリたちに都合の良い場所に持っていき、ニワトリに休む場所や、卵を産むスペースを与えている。鶏舎で使う電力は、太陽光発電で賄われている。農場やニワトリの管理には最新のテクノロジーを導入し、平均気温や飼料・水の消費量など終日常にアップデートされた情報を入手可能だ。
農場内ではヒツジも飼われている。ヒツジがいると、ニワトリはリラックスすると同時に、触発されて、行動が活発になるそうだ。ヒツジが牧草を食べるおかげで、新しい牧草が次々と生え、それがニワトリの餌になる。ニワトリが、敷地を分割したパドックのすべてを定期的に回るようにする。すると、一カ所の土地のみに負担がかかるのを避けることができる。
またニワトリの飼料となる小麦や大麦は、農場内で栽培している。ほかのところから飼料を輸送してくる必要がないので、そのための燃料も必要なく、輸送で生じる温室ガスもゼロで済む。環境への負担を軽減できる。
飼料となる穀類を育てる際には、ハイドロドライブ灌漑システムを用いる。重力による余剰水圧を利用して灌漑システムの旋回軸を動かして、給水する。旋回軸を動かすのに、電気やディーゼルを必要としないサステナブルな方法だ。
ボワリー・フリーレンジ・ファームでは透明性も重視している。消費者が、自分が食べる卵を産むニワトリが、どんな風に暮らしているかを自らの目で確かめられるよう、ライブ配信を行う。鶏舎内、屋根付きの屋外スペース、ニワトリが放されているパドックの3カ所の様子を見ることができる。農場側は、健康で、本来の姿そのままに生き生きと暮らすニワトリを見てほしいと、消費者にライブ配信を見るよう呼びかける。FacebookやInstagramでは舞台裏も紹介し、同ファームに親近感を持ってもらえるよう、心がけている。
林の中で飼育する「フォーレストレンジ」は放し飼いの進化形
放し飼いのニワトリが歩き回るのは牧草地というのが一般的。しかし、ベター・エッグス・グループのフォーレストリー・ファームでは違う。林の中なのだ。これを「フリーレンジ(放し飼い)」ならぬ、「フォーレストレンジ」と呼んでいる。
養鶏場は、以前林業のために使われていた約140haの土地に建てられた。現在、4万羽のニワトリを飼育する。同養鶏場の将来のビジョンは「ニワトリが木々の間を歩き回る一方で、木々は成長を続け、森になる」というもの。アグロフォーレストリー(樹木を植栽し、樹間で家畜・農作物を飼育・栽培する農林業)を実践しているのだ。ニワトリの家畜福祉が最優先だが、カーボンフットプリントを抑えることも念頭に置いている。
鶏舎には自然光が降り注ぎ、空調も行き届く。屋内ながら、歩き回るスペースも十分ある。壁にはたくさんの「ドア」があり、どこからでも、ニワトリが出入りできるようになっている。
ニワトリは鶏舎から約400mのところにある林の中を歩き回る。木が夏の太陽の光を遮り、雨が降れば、重なる枝の下で雨宿りができる。木の下にいれば、上空から狙うタカから身を守ることもできる。もともと好奇心が強いニワトリにとって、林の中は興味をそそられる場所でもある。
昨年4月の設立以来、今年の2月までに9万本以上の樹木が植えられた。樹木の種類は、マツ、ポプラ、ユーカリ、ナラ、セコイア、フウなどのほか、ニュージーランド原生木など。これらは、第一にニワトリのために役立つだけでなく、成長すると、製材やパルプとして利用される。成木は炭素の固定化の役割を担っており、周辺環境の改善にも貢献している。今までにないフォーレストレンジという環境を見たかったら、連絡すれば見学させてくれる。ベター・エッグス・グループは同ファームに誇りを持っているという。
国連やOECD、EUも後押しする放し飼い
ベター・エッグス・グループの最高経営責任者である、ギャレス・ヴァン・デル・ヘイデン氏は、今から30年後、40年後にも消費者に受け入れられるか、放し飼い卵に何を期待しているのかを考慮して、フォーレスト・ファームを経営しているという。
昨年、第5回国連環境総会(UNEA)は、SDGs達成に向け、自然のための行動を強化する14の決議を採択した。その1つに、「動物福祉、環境、持続可能な開発に関する決議」が入っている。動物福祉が、国際的な持続可能な開発ガバナンスにおいて採択されたのは、これが初めてのことだ。OECD農業大臣会合や、新しいEUの企業の持続可能性規則にも、動物福祉が含まれている。家畜福祉が国家課題となっている国もある。欧州の7カ国が協働で、またカナダが家畜福祉強化を実践する計画だ。
ヴァン・デル・ヘイデン氏が、放し飼い卵がこの先さらに進化を遂げると予想するように、家畜福祉を含む動物福祉は人間や地球環境と密接なつながりを持ちながら、今後ますます充実が図られていくことになりそうだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)