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2022年4月より改正「育児・介護休業法」が施行され、10月には「産後パパ育休(出生児育児休業)」が導入される。今、多くの企業で新制度の周知、そして取得に向けてさまざまな取り組みが行われているようだ。
こうした男性育休への機運が高まりを見せるなか、“「わが家」を世界一幸せな場所にする”をグローバルビジョンに掲げる積水ハウスは、2022年9月14日に「男性育休フォーラム2022」を開催した。本記事ではその内容をレポートする。男性の家事・育児の実態を調査した「男性育休白書2022」の公開やパネルディスカッションを通し、日本に男性育休を浸透させるうえでの課題やヒントを探っていく。
パネルディスカッションには、積水ハウス株式会社 代表取締役 社長執行役員 兼 CEO 仲井嘉浩氏、人事院総裁 川本裕子氏、サイボウズ株式会社 チームワーク総研 所長 和田武訓氏、NPO法人 e-Education創業者・小布施町ゼロカーボン推進員 税所篤快氏が登壇。ジャーナリストで東京工業大学准教授の治部れんげ氏がモデレーターを務めた。
開催に際し、積水ハウスの仲井氏は「今年は日本でも男性育休が浸透していく節目の年になると考えている。賛同いただく81の企業・団体とともに男性の育休が当たり前になる世の中を目指したアクションを起こして参りたい」とあいさつした。
男性育休が当たり前の社会へ。9月19日は #育休を考える日
本フォーラムを主催する積水ハウスでは、男性の育休取得をより良い社会づくりのきっかけとしたい思いから2019年より9月19日を「育休を考える日」と記念日に制定、IKUKYU.PJTをスタートした。活動の輪を広げる本プロジェクトは今年で4年目を迎え、さまざまな企業・団体に呼びかけ共に発信することで、男性育休のあり方を考え、一歩踏み出すきっかけをつくることに挑んでいる。
そして、今回は81の賛同企業・団体から寄せられた声を集めて特別映像も作成された。男性育休に対する“本音”が散りばめられ「男性の育休、あなたはどう思いますか?」と世の中に呼びかけるものだ。
積水ハウスでは⼦育てを応援する社会を先導する「キッズ・ファースト企業」として、ダイバーシティ推進の取り組みを一層加速させるため、2018年9月より「男性社員1カ月以上の育児休業(育休)完全取得」を推進中だ。2019年2月以降、取得対象者全員が1カ月以上の育児休業を取得しており、2022年8月末時点で、1カ月以上の育児休業取得者は1,423人となっている。
執行役員 ダイバーシティ推進部長 山田実和氏の説明の中で筆者が特に注目したのは同社の「家族ミーティングシート」だ。取得時期や取得理由に加え、家事・育児の役割分担を家族と話し合う内容となっており、シートを活用することで有意義な育休を後押しする。
また、積水ハウスでは「産後パパ育休」に先がけ「男性産後8週休」を2021年4月1日より導入している。母親の産後うつ防止の観点からも出産直後のサポートが求められていることから設置。産後8週間内に休業の取得を希望する社員が対象で、家庭の事情に合わせ、1日単位で何回でも分割可能な柔軟性のある制度だ。これらの制度を周知・活用しながら男性の育休取得が当たり前になる社会を目指し、社外にも積極的に発信を続けている。
男性の家事・育児の実態を知る「男性育休白書2022」
今回、積水ハウスでは本フォーラムの開催に合わせ、全国47都道府県の男女9,400人に実施した男性の家事・育児の実態を知るアンケート結果「男性育休白書2022」を公開した。続けて山田氏が解説する。
アンケートは積水ハウスが独自に設定した以下の4つの指標が基準となる。
- パートナーからの評価(男性が行う家事・育児の数、および関与度)
- 育休取得経験(男性の育休取得日数)
- 家事・育児時間(男性が行う1週間の家事・育児の時間)
- 家事・育児参加による幸福感(男性本人が幸せを感じているか)
このアンケートの結果、男性育休に対するさまざまな動向がわかったという。
男性の育休取得率は17.2%で前年から5ポイント増加。世代別に見ると20代が24.9%と最も高く、4人に1人が取得した計算になる。また、取得日数の平均は8.7日と前年から5日増加。こちらも20代は13.0日と最も多く取得しており、少しずつではあるが、若い世代ほど長く取得しようとする傾向が見られる。
男性育休の取得率は増加傾向にあるものの、17.2%の取得率が示すように多く課題が残る。「育休を取得しなかったが、本当は取得したかった」と答えた人は41.3%にのぼり、取得しなかった理由には、制度の未整備や周囲への迷惑を気にする遠慮、給与の減少などが挙がっている。
また「男性の育休を浸透させるべきか」の問いには、経営者・役員で69.0%、部長クラスで73.5%が「そう思う」と回答。しかし、いずれも前年より数ポイント下回っている。さらに「男性社員に育休取得を推奨しているか」の問いには、83.6%が「推奨している」と回答。男性社員の育休取得の申し出に対し「取得させることができる」と回答したのは90.3%となっている。こちらも高いスコアではあるが減少傾向にあるようだ。
法改正に伴い男性育休の推進が望まれるが、減少が見られる背景には複雑な思いが隠れているのかもしれない。
減少傾向が見られたものの、男性育休を浸透・推奨すべきとする意見が多いなか「制度を促進しない」とする人たちの意見も明らかにされた。「企業規模が小さい」「休業する社員以外の負担が大きい」といった理由が上位を占める。
山田氏は「世の中の意識に変化が見られる一方で、男性が育休を取得するには障壁もある。そこで今年は賛同いただく81もの企業・団体とともに、男性育休に前向きに取り組む機運を醸成していきたい。そして男性育休についてリアルな声を発信することで、男性が当たり前に育休を取得できる社会づくりを応援し、一歩踏み出すきっかけとしたい」と思いを述べた。
企業・組織が抱える課題。意識改革は上・下・横の3方向からアプローチ
男性育休において、企業・組織が抱える課題のひとつに世代間ギャップがある。自身の時には育休を取る男性がいなかった世代(マネジメント層)の意識や、育児は女性中心に行うべきという性別役割分担の意識が職場内に少なからず残っていることが挙げられる。これらを払拭するために有用なアプローチを、サイボウズの和田氏が解説する。
企業風土や事業規模、管理職のタイプに合わせ、上(トップダウン)・横(ロールモデルの横展開)・下(ボトムアップ)の3方向からアプローチするというものだ。ポイントは、中間管理職と呼ばれるマネジメント層への働きかけである。
上(トップダウン)からのアプローチは、上層の経営者が意思表明をすることから始まる。社内通達はもちろん、外部メディアを通じて発信することも内部への働きかけとしてインパクトがあると語る和田氏。男性育休を推進していると、経営者が声高に発信することが大きな一歩となる。
次に、横(ロールモデルの横展開)からのアプローチで必要なのが成功事例をシェアすること。先陣を切る者がロールモデルとなりポジティブな波を広げていくことが必要だ。
そして最後に下(ボトムアップ)からのアプローチ。若いデジタルネイティブの世代は自ら外の情報を得られるため、新しい発信で新しい価値観をマネジメント層へ届けることができる。
経営層からマネジメント層へのアプローチ事例
男性の育休取得率100%を継続|積水ハウス
上(トップダウン)からのアプローチが成功した事例を、男性の育休取得100%を実現している積水ハウス仲井氏の話から紹介する。
3カ月の育休が義務付けられているスウェーデンの制度からヒントを得て、2018年から男性の育休制度を導入したと語る仲井氏。いきなり3カ月の取得は難しいが1カ月からならやってみる価値があると判断し、導入へと踏み切った。仲井氏自身も社員に向けて働きかけてきたが、人事部とダイバーシティ推進部の力が大きかったと振り返る。
冒頭で紹介した「家族ミーティングシート」はパートナーの署名が必要なため、しっかりと話し合いがもたれる仕様だ。またシートの活用にあたり、本人と上司に向けて説明会を開いているという。そして、子どもが2歳を超えても未計画の場合、社内システムにて本人と総務責任者に対しアラートが出る仕組みになっている。
育休取得を仕事の一環にする|人事院
もうひとつ、上(トップダウン)からのアプローチが成功した事例を人事院の川本氏が紹介した。人事院では国家公務員すべての男性職員が1カ月以上の育休取得を目指し、以下の取り組みを進めている。
【男性の育児休業の取得を促進するための取り組み】
- 職場全体の意識改革
- 対象職員の把握
- 取得計画の作成(上司が担当)
- 休暇・休業中の業務運営の確保(上司が代替要員を見つける)
- 計画に沿った取得の促進
- 人事評価への反映
【フォローアップの実施】
- 各府省等における取得状況を取りまとめ、公表
「取得計画」は、30日分しっかりと埋めないと提出できない仕組みになっているという。治部氏は人事院の取り組みを受けて「きちんと仕事の中に組み込むことが必要。男性の育休は特別に思いがちだが、新しい仕事に取り組むのと同じだ」と考えを述べ、登壇者たちの賛同を集めた。
認識のズレを解消する横へのアプローチ事例
続いて、横のマネジメント層へのアプローチ(ロールモデルの横展開)が成功した事例を見ていく。賛同企業・団体へのアンケートより、一部が紹介された。
- 【日産自動車株式会社】
- 役員、部課長層の男性育休アンバサダー活動、当事者・上司のインタビュー記事展開、当事者・上司・アンバサダーのラウンドテーブル
- 【株式会社オカムラ】
- 取得事例の共有(当事者と所属長インタビュー)、全管理職でイクボスセミナー(研修)の実施
- 【野村ホールディングス株式会社】
- マネージャー層への研修、育休取得者のロールモデル発信
- 【デトロイト トーマツ グループ】
- 組織・個人の両方の観点から見る育休の効果や、複数の経験者による経験談・アドバイス、業務の引き継ぎを含む取得までの準備や手続きまでを網羅した男性育休アニュアルを全社に展開
サイボウズの独自調査によると、半年以上育休を取得したいと考えている男性が3割ほどいる一方で、上司が現実的に受け入れられる期間は2週間とする答えが4割ほどあるという。取得する側とされる側にギャップがあるため「この感覚が逆転するのが望ましい」とサイボウズの和田氏は理想を語る。そして「一方の立場の声を共有するのではなく両方の立場の声を届けることで、それぞれが認識のズレを修正できる」と加えた。
小布施町ゼロカーボン推進員の税所氏は、実際に育休を取得した当事者だ。取得する際にロールモデルとなった人はいたのだろうか。
取得に際し上司は背中を押してくれたようだが、仕事熱心な先輩から「29歳というビジネスパーソンとして一番成長できる時期に1年も育休を取って大丈夫なのか?」と説得されたと語る税所氏。その旨を上司に相談したところ「成長が止まらないように月1回面談しよう」と提案されたという。「育休中にあった気づきや発見は自己の成長につながるものだと言ってくれた」と当時の上司への感謝を語った。
また、育休を取得するか悩んでいる時に、一橋ビジネススクールの楠木健教授に相談したところ「人生で重要なのは仕事での成長や結果ではなく思い出だ! 夫婦で育休を取得できるなら面白いに決まっている」と背中を押してもらったという。
風通しのよい風土づくりが鍵。ボトムアップ事例
続いて、下(ボトムアップ)からのアプローチを探っていく。こちらも賛同企業・団体へのアンケートより一部が紹介された。
- 【株式会社ディー・エヌ・エー】
- もともと課題は感じていなかった。取得事例が増えるとより取りやすくなる好循環が生まれている。
- 【株式会社ヤッホーブルーイング】
- 取得者が育休を取得した感想を自主的に全社に向けて発信することが多い。こうした体験談をもとに、今後育休取得を検討する男性スタッフが前向きになれるだけでなく、周りのスタッフの理解が増し、前向きに育休取得者を送り出せる環境につながっている。また、周りのスタッフの負担が急増しないように業務量を調整したり、周りの部署との連携が促進されたりする風土がある。
- 【Retty 株式会社】
- 日々の1on1実施で、上司や周囲に相談しやすいフラットな環境をつくっている。
上司と働き方やプライベートの相談ができるような関係を構築したり、座談会を催したりするなど、声を上げやすい風土づくりが鍵となる。税所氏の知人のなかには育休を取りたいと言っても取り合ってもらえなかったり、昇進が遅れると言われたりするなど、下からどう働きかけを行えばいいのか難しいケースも見られた。こういった場合には、上や横からの働きかけを強める必要があるだろう。
積水ハウスのマネジメント層は99.3%が育休推進に賛成しているが、この企業風土は初めから存在していたものなのか。
仲井氏は「4年間取り組んできた結果。当初は反対する管理職もいたが、ここ2年ほどで変わった。育休を取得して戻ってきた社員がイキイキとしていること、そして業績が下がらないことがわかってきたことが大きい」と語る。取得することでのメリットが見えてくると、社内の雰囲気も変わってくるようだ。
育休取得によるポジティブな組織の変化とメッセージ
アンケート結果や取得事例を見ていくと、男性の育休取得は本人だけではなく企業側にもポジティブな変化をもたらすことがわかる。最後に、ポジティブな変化を受けて感じること、そして企業やビジネスパーソンに向けてメッセージが伝えられた。
自分がロールモデルになる勇気を!|人事院 川本氏
「組織にポジティブな変化があることが大切で、それがまた育休を進めていく。日本は特に会社とのエンゲージメントが高くない。育休の取得によってプロダクティビティを上げて幸せに働ける状況につながるのなら、とても素晴らしい。育休取得は視野を広げ、人間への理解を深める。育休1年と留学1年は同じぐらいの価値がある。当事者は自分がロールモデルになるという勇気を持ってほしい」
ポジティブな変化に注目を!|サイボウズ 和田氏
「私たちはチームワーク総研という組織名があるように、チームワークに注目する。常に変化に対して柔軟に対応する組織が理想的。育休の取得によって業務の棚卸しをし、属人化を防止できるのが大きなメリット。何かが変わるときは言動が変わる。ネガティブな人がポジティブな言葉を発したとか、聞く耳を持たなかった人が聞く姿勢を見せたとか、そういった変化に注目してもらいたい」
先人の体験談から学びを!|小布施町ゼロカーボン推進員 税所氏
「業務の引き継ぎをするなかで背中を押してくれるメンバーがいて所属していた組織への愛着が強まった。私が育休を取得した3年前は男性の育休本が少なかった。しかし昨年ぐらいから男性の体験記が増えてきた。今は先人たちの体験を読めるので参考にしていただきたい。私が書いた本『僕、育休いただきたいっす!』もそのひとつ。ぜひいろんな人の体験から学んでほしい」
企業に合う制度で社員に幸せを!|積水ハウス 仲井氏
「企業により規模や職種が違うが、それぞれに合った制度があるはず。画一的にならず、話し合いで良い制度ができるといい。育休を取った社員は幸せになるので、メリット・デメリットを考える前にやらない手はない。ぜひ企業に合った制度がたくさん出てきてほしい」
モデレーターを務めた治部氏は、「3方向からのアプローチや実際に組織で使えるツールの話などがあった。これは私たちの組織で使えそう!と思ったことを、ぜひ1つでも2つでも実行してほしい。どうしてもメリット・デメリットの話になるが、仲井社長の話にあったように幸せを考えるのが本筋。男性の育休は法律で認められている権利。性別を問わず、生まれたお子さんと触れ合うことが大切ではないか」と、本フォーラムを締め括った。
取材・文:安海 まりこ