社会の多様化により、ビジネスを取り巻く環境も目まぐるしく変化している。様々な課題に対する解決策として画期的なアイデアと革新的なテクノロジーが期待を集める中、電通が様々な企業や大学、研究機関やアーティストと連携しながら、新しい体験の開発や社会課題の解決を実践している。「YUWAERU®️」と「UNLABELED」。2つのプロジェクトを通して電通がパートナーと共に目指す新たなミライを探りたい。
感動をより深いものにする“感じる糸”
大切な人からの贈り物。リボンをほどいた瞬間に箱に絵柄が現れ、音楽が流れ、突然動きだす。そんなプレゼントのワクワクやドキドキをより思い出深いものにする技術がある。
「YUWAERU®️」は電通、関西大学、帝人フロンティアが中心となって立ち上げたファイバーテックブランドだ。ブランドのコアとなるのは、圧力が加わることで微弱な電流を発する「圧電繊維」だ。繊維という身近な素材を通じてファッション、エンタメ、アート、スポーツ、伝統工芸など様々な分野でより良い体験創造を目指す。
圧電繊維はポリ乳酸(PLA)を用いた特殊な繊維で、圧力が加わることで微弱な電気を生む。「YUWAERU」では縫い方の違いによって、引っ張り・ずり・ねじり、という3種類の動きを感知し、これらの情報を組み合わせることで様々な用途に利用することを目指す。
衣服はもとより、寝具や車両・劇場の座席等、私達の様々な生活シーンを繊維は支えており、圧電繊維はそれらの可能性をさらに拡張することが期待される。
本プロジェクトのリーダーとしてマネジメントを担うのは電通BXクリエーティブ・センターの中村眞弥氏。プロジェクト誕生の背景について次のように語る。
中村氏「人が肌で触って心地いい存在のデジタルツールを作ろうというのが1つの方針でした。私達の日常を含め、様々な分野で使われている繊維を圧電繊維に置き換えることでイノベーションを起こす。人が直接肌で触る体感で発信や表現ができれば、ともすれば希薄になりつつある人の結びつきを繊維が取り戻すことにつながらないだろうかという視点がありました」
「YUWAERU」は対等な形でパートナーシップが組まれたプロジェクト。関西大学が圧電繊維を使用したセンサ設計やセンシングの動作解析などを、帝人フロンティアが圧電繊維の研究技術と素材そのものの生産を、そして電通は製品化や表現につながるアイデアを提供し、プロトタイピングや実装までを担う。BXクリエーティブ・センターのクリエーティブプランナー、田中健太氏は試作品第1号となった「PRESENT RIBBON」のコンセプトを次のように語る。
田中氏「繊維と人、人と人の結びつきを見つめなおした際に、注目したのが繊維の集合体であるリボンでした。プレゼントには渡す側にも貰う側にもよろこびの情緒があり、それらをまるっと包みこむリボンには繊維ならではのつながりとして象徴性があります。圧電繊維は一見ただの糸に過ぎないのですが、リボンがほどかれた瞬間すら感知できるので、結果として魔法のような演出・体験を生むことが可能になります。あくまでリボンは一例ですが、このように繊維の数だけ可能性があり、その性質から人の情緒に近い点に面白みがあります」
取材では現在開発中の「布リモコン」に実際に触れることができた。圧電繊維を縫い込んだ一見アナログな布だが、上下に引っ張ることで、メタバース空間のキャラクターを動かすことができる。布には圧電繊維が発する電気信号を送信する小さな無線装置がついているものの、簡易な布が手の動きに対して正確に反応する仕組みには驚かされた。
第4CRプランニング局クリエーティブ・テクノロジストの厚木麻耶氏は、圧電繊維に大きな可能性を感じている。
厚木氏「圧電繊維を初めて見た時はすごいものがあるなと驚きました。これまではデジタルアートやインスタレーション(現代美術の空間展示手法)の制作に携わることが多かったので、大がかりな装置を相手にしていました。たとえば、人の身体の動きを表現にするとき、30cmくらいの大きなセンサーを使って身体の動きを計測するなどです。しかし、圧電繊維を使えば服などより生活に密着したものを通して表現ができます。この布リモコンは圧電繊維の仕組みを直観的に分かってもらうために開発しました。今後は靴下や手袋、シャツなどを介して、人間の直観的な動きをどう拡張できるか探っていきたいと考えています」
現在、企画・開発中のプロジェクト例としては、犬のしっぽの動きをデータ化して感情が分かるようになる「感情エクステ」、踊りで楽器が演奏できる「着るシンセサイザー」、ファンの熱量を可視化できる「コネクテッド応援タオル」などがあり、実現すればワクワクするようなものばかり。
今後の展開にも電通ならではの知見が生きると中村氏は語る。
中村氏「電通はエンターテインメントやアートの領域にも強みを持っているので、そこに軸足を置いてアイデアを出していく。まだ活用されていないエリアは沢山あり、言い換えれば伸びしろはすごくあると感じていて、色んなところにこの圧電繊維を入れたらどうなるか?というイマジネーションを電通は期待されているし、出すべきだと思います。また、弊社には多くのクライアントが国内外問わず存在していて、YUWAERUがそれらのクライアントビジネスの成長に貢献できるようになってくれたらと思っています。今後もニュートラルな立場でアイデアを出していけたらと思っています」
“現代の迷彩服”AIカモフラージュ
AIにより、日常のあらゆる振る舞いがデータ化され、効率化や利益追求の為に用いられる。そんな監視社会の到来に対する1つの対抗手段として誕生したプロジェクトがテキスタイルレーベル「UNLABELED」だ。テクノロジーを起点に新しいソリューションやコンテンツ開発をおこなう技能集団、Dentsu Lab Tokyo(以下、DLT)と慶應義塾大学SFC徳井研究室、Qosmoが協働し、AIが誤認識を引き起こしやすい特定の柄を生成。身にまとうことでAIによるラベリングから逃れる「AIカモフラージュ※」柄を用いた衣服を、アパレルブランドのNEXUSⅦ.(ネクサスセブン)と共に製品化した。
取材に応じたのはDLTコピーライターの川島梨紗子氏とクリエーティブ・テクノロジストの眞貝維摩氏。それぞれの立場からプロジェクトの背景と意義について語ってくれた。
川島氏「本プロジェクトは2019年にDLTクリエーティブディレクターの田中直基と慶應義塾大学SFC准教授で株式会社Qosmo代表の徳井直生さんとの雑談の中から生まれました。田中がタクシーに乗車した際、『カメラで年齢や性別を推測し適切な広告を流す』というディスプレーの表示を目にして、見た目だけに頼るAIのラベリングに違和感を持ったことが出発点になっています。海外ではAIによる顔認識技術に対して反対の声も上がっていて、実際にデモや使用を規制する条例の可決などもおこなわれていますが、日本ではAI監視カメラによるプライバシー侵害ついてあまり議論されていません。これに対して問題提起をおこなったのが『UNLABELED』です。
監視カメラと人との関係を考えた時、自分の体の一部となっている服を使ってテクノロジーとのかかわり方をつくれないかという視点から、身を隠す目的のもとはじまった迷彩服をモチーフに、AIを欺く“現代の迷彩服”として2020年2月のMedia Ambition Tokyoでプロトタイプを発表しました。その後、アパレルブランドのNEXUSⅦ. (ネクサスセブン)さんとのコラボレーションにより製品化に至りました。
問題提起といっても“AI断固反対”というものではなく、『このカモフラージュ、カッコいいよね』といった感じで会話や議論が生まれてくれたらという思いがあります」
眞貝氏「AIによる画像認識に対し、ノイズとなる柄を付加することで誤認識を誘発する『Adversarial Patch』という技術を利用してデザイン化し、ストリートファッションのプロダクトに落とし込むフローにテクノロジストとして関わりました。柄を服にプリントする際に、どのくらいの大きさで、どういう形でプリントすればいいか。例えば柄の一部が隠れていた場合にもきちんと機能するかをエンジニアと共に検証しました。AIに対するノイズとして機能しつつ、きちんと服として成立する審美性を持ったデザインを開発することは大きなチャレンジでした。
『AIがプライバシーを侵害しているから禁止すべき』ではなくて、自らのプライバシーを守ることは1人1人の人間が持つ権利であり、このAIへのカモフラージュ柄を身につけることによって、その権利を主張することができる。街中にあるすべてのAIカメラに対して機能するものではありませんが、人間を中心としたテクノロジーのあり方には大きな示唆があると感じています」
プロダクトは服だけでなく、バッグやスケートボードにも派生し、発売後には完売するなど大きな反響を得た。しかし同じ製品を再販するのではなく、今後は新たな分野への応用も視野に入れている。
川島氏「今回の開発の過程では、WEBでCookieの管理ができるように、リアル空間でも自分たちの個人情報をコントロールできたら、といったことを話していました。この延長で反対に自動運転に対して「人として認識されやすくする」柄を開発することなどにも応用できるかもしれないとチームで話しています」
眞貝氏「今後も技術に対して技術で対抗するという構図は起きると思います。その中で大切なことはどっちの技術が優れているかではなく、人間にとってどんな価値を提供してくれるか、どういう世界にしたいのかという視点です。そこにアートやデザインが媒体として果たす役割は大きく、普段から人々の生活に向き合う我々、広告エージェンシーのクリエイターとしての責任があると感じています」
「YUWAERU」「UNLABELED」の2つのプロジェクトは今年6月にフランス・カンヌにおいて、電通インターナショナルが主体となり海外のクライアントを集めた見本市でプレゼンテーションをおこない、大きな反響を得た。
「『人がどう感じるか?』という視点に基づいて、映像やグラフィック、エンジニアリングなどを通して形にする」(川島氏)、「電通の資産であるクライアントとのネットワークを生かし、広告以外のビジネスにも変えていく(中村氏)」と語るように、電通が持つ創造力と実行力は社会においても大きな影響力を持つ。
社会問題が複雑化する現代において、企業1社で問題を解決することは難しく、革新的なテクノロジーが生まれたとしても製品やサービスとして社会に浸透していかないと意味がない。
電通執行役員でチーフクリエーティブオフィサーの佐々木康晴氏は「クライアントから依頼を受けて広告を制作する従来の『BtoB』企業から、社会に存在する意義が求められる『BtoBtoS(Society)』企業への変革が求められている。これまでの黒子役から企業の旗振り役として表に出て、責任を持ってクリエーティブを社会に届ける」と電通のダイナミックシフトを明言した。
今後は企業や団体、地域の垣根を越えたイノベーションが次々と出てくるはずだ。
人間を中心としたアイデアとテクノロジーによって生み出される感動体験の先に新たなミライは待っている。
※カモフラージュ柄は物体検出モデルYOLOv2をベースに生成しており、すべての監視カメラに対して有効なわけではありません。