このほど、仏マクロン大統領は、いつものかっちりしたネクタイにスーツ姿から一転スティーブ・ジョブズを思わせる黒いタートルネック姿でTwitterに動画を投稿し、「フランスのスタートアップはフランス人の生活を変え、フランス全土に何十万もの雇用を生み出す」と熱く語った。

経済・産業・デジタル大臣の経歴も持つマクロン大統領がこのような投稿をしたのは、大統領就任時の2017年には3社しかユニコーン企業がなかったフランスにおいて、2025年までに25社のユニコーン企業を生み出すという目標を、予定より3年も早く達成した喜びを国民に伝えるためだ。

今年1月だけで5社誕生したフランスのユニコーン企業は、どのような顔ぶれなのだろうか。フランスのスタートアップシーンが盛り上がる背景とあわせてお伝えする。

ユニクロも顧客、産業ロボットユニコーン「Exotec」

倉庫ロボティクス企業「Exotec」(公式YouTubeより)

フランスで25社目のユニコーンとなったのは、ユニクロやGUを展開するファーストリテイリングを顧客に持ち、日本法人「エグゾテック日本」が東京にオフィスも構える、日本にとって縁の深い物流ロボティクス企業「Exotec」だ。

フィンテックやクラウドサービスが目立つフランスのスタートアップシーンで、初の産業ロボット分野でのユニコーンとなった企業でもある。

同社が開発する垂直方向にも移動が可能な自律型倉庫ロボット「スカイポッド」は、棚からの商品の取り出しといった倉庫作業を自動化し、ロボットアーム「スカイピッカー」は、仕分け業務を正確かつ効率的に遂行する。

これまでにユニクロだけでなく、GAPなどグローバルブランドを顧客として獲得してきた同社は、アトランタ、ミュンヘンにも拠点を構え、2025年までに現在350名の社員数を500名にまで増員することを予定している。

欧州の中小企業を支援するユニコーンが続々

中小企業の社内支出管理をサポートする「Spendesk」(公式サイトより)

今年に入ってからユニコーン入りを果たしたフランスのスタートアップリストには、中小規模のビジネスの業務をスマート化する企業が並ぶ。

従業員用のデビットカード会社としてスタートした「Spendesk」は、欧州の中小企業を主な顧客として、社内のあらゆる支出をワンストップで管理できるプラットフォーム「The 7-in-1 spend management solution」を提供。

未払いの請求書の支払い、経費報告書の提出、予算管理、支出報告書といった事務作業のデジタル化・効率化をサポートする。

給与計算と人事労務プラットフォームを提供する「PayFit」(公式YouTubeより)

今年最初のフランス発ユニコーンとなった「PayFit」も、中小企業のバックオフィス業務の効率化を支援している。

同社が提供する給与計算と人事労務のSaaS型プラットフォームは、現在約6,000社が利用しており、約15万人がこのプラットフォームを通じて給与の支払いを受けている。

顧客の約80%はフランス企業だが、パリだけでなく、ベルリン、バルセロナ、ロンドンにも展開。700名の従業員を抱える企業へと成長している。

フリーランサー・中小企業向けオンラインバンキング「Qonto」(公式サイトより)

そのPayFitと提携するフィンテックスタートアップ「Qonto」もユニコーン企業へと成長した。こちらも主要顧客は中小企業やフリーランサーだ。

創業5年のオンラインバンクである同社は、月額9ユーロからのオンライン決済、帳簿、財務管理サービスに加え、同じくフランス発のフィンテック企業「October」とも提携し、最大3万ユーロの小口融資も提供。

現時点でフランス、スペイン、ドイツ、イタリアにまたがる22万人の顧客ベースを、2025年までに欧州全体で100万人まで増やすことを目指している。

地域に根ざした小規模事業者をつなぐプラットフォーム「Ankorstore」

ユニークで魅力的な商品が並ぶ「Ankorstore」(公式サイトより)

業務支援とは別の角度から小規模ビジネスを支援するのが、小規模ブランドや生産者向けの「LinkedIn」のようなネットワーキングプラットフォーム「Ankorstore」だ。

「アンチ・アマゾン」とも評される同社は、自社では倉庫や在庫を持たないBtoBビジネスモデルのオンライン卸売マーケットプレイスを構築。同サイトには、たしかにアマゾンには出店していないようなユニークな20万以上のブランドや生産者の商品が並ぶ。

この2年間で急成長を遂げ、フランス、イギリス、ドイツ、オランダ、スウェーデンの5カ国に拠点、あわせて400人以上の従業員を抱え、23カ国でサービスを提供している。

ユニコーン続々誕生の背景に各国の商習慣や消費傾向への適応力

このように、最近躍進を見せているフランス発ユニコーンには、欧州の中小規模のビジネスを、各国のビジネス環境へと適応させながら、海外展開をサポートする企業が目立つ。

例えば、先述のオンラインバンキング「Qonto」は、フランスの小切手文化やイタリアの独自の財務会計ルールといった現地事情に対応。

「Ankorstore」も、小規模のローカルブランドや生産者に関心を示すフランス人消費者の要望に応えている。

フランスでは、大量仕入れ・低価格のスーパーマーケットだけでなく、地域の生産者によって開かれる「マルシェ」と呼ばれる市場での買い物に今だに根強い人気があり、全国で約1万のマルシェが存在しているほどだ。

フランスの各都市にみられるマルシェ(Photo by Jade Marchand on Unsplash

フランスの経済メディア「ラ・トリビューン」の世論調査によると、近年フランスでは、こうした小規模なブランドや生産者から商品を購入することを好む傾向がますます強まっているため、Ankorstoreをはじめとするユニコーンがフォーカスする市場は、今後も拡大するものと思われる。

パンデミックへの適応力もフランス発スタートアップ躍進を後押し

2022年開始以来、すでに合計17億ユーロを調達したフレンチテック市場だが、その躍進の背景には、低金利、投資優遇措置といった政策面に加え、各企業のパンデミック適応力もあると思われる。

ロックダウンはEコマース市場の急拡大をもたらしたが、急増する倉庫業務に対し、先述の「Exotec」は、人間の5倍以上の処理が可能なロボットの開発により、年間売上高を2019年の2000万ユーロから2021年の1億500万ユーロにまで急増させた。

また、各種展示会が中止に追い込まれる中、BtoBマーケットプレイス「Ankorstore」は、2021年最初の4カ月間だけで、欧州での取引量の3倍増加を実現。

そして、在宅勤務の普及はそれまで業務のデジタル化にさほど関心のなかった多くの中小企業を半ば強制的に変革させたが、先ほどの「Spendesk」はそれを追い風として味方につけた。

スタートアップ・エコシステムが着実に醸成されつつあるフランス発のユニコーンには、今年ますます投資家からの熱い視線が注がれるだろう。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit