世界の平均気温は1880年から2012年の間に人間活動の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン等)の影響により、0.85度上昇(IPCC第5次評価報告書、2014年)。地球温暖化による海面上昇や気候変動が発生し、人類規模での対策と行動が待ったなしとなっている。

英国・グラスゴーでの国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が2021年11月13日に閉幕し、2015年のパリ協定で掲げられた気温上昇を産業革命以前と比べて1.5度に抑制するとの目標を確認し、閉幕した。争点となっていた石炭火力発電については「段階的な削減」が成果文書に明記され、2030年までに世界の温室効果ガスの排出量を2010年比で45%削減し、今世紀半ばには実質ゼロにすることを目標とした。

エネルギーを起源とする世界の二酸化炭素排出量(2018年)の合計約335億トンのうち、3.5%にあたる約10億トン(世界5位)(出典:EDMCエネルギー・経済統計要覧2021年版)を排出する日本は、2020年10月に2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言。中でも発電の75.7%(2019年度)を火力に頼る電力部門では、再生可能エネルギー(太陽光・風力・水力等)を筆頭とした脱炭素化が目標達成への大きなカギを握る。

世界の二酸化炭素排出量 出典:全国地域温暖化防止活動推進センター

国は2021年6月に地域脱炭素ロードマップを発表。今後5年間で政策を総動員し、2030年度までに100か所の「脱炭素先行地域」をつくり、脱炭素と地方創生の同時達成の姿を全国・海外に伝搬(脱炭素ドミノ)することで、2050年を待たずに脱炭素を達成することを目標にした。

その上で、行政・金融機関・中核企業が主体的に参画した体制を構築し、地域の実情に沿った事業モデルを展開するべく推進を始めた。

多治見市での社会実装

各地で官民が連携した様々な試みがスタートする中、岐阜県多治見市では、次世代EV(コンバージョンEV)やソーラーカーポート、可搬式バッテリーを軸としたエネルギー再利用の社会実装が始まった。

多治見市内で太陽光発電や小売電力事業を手掛けるベンチャー企業の株式会社エネファント、家電大手のパナソニック、ICTサービスを展開するSBテクノロジー、自動車産業における国内唯一のインテグレーションメーカーAZAPAの4社が協業し、それぞれの強みを生かすことで、再エネの促進だけでなく、余剰エネルギーの売却やEVコンバージョン生産を通した地域経済の循環も狙う。

ここからは各事業者の取り組みについて紹介していきたい。

エネファント

〔自立分散型電源ソーラーチャージャー〕

株式会社エネファントは地域エネルギーを「創る」「配る」「蓄える」をITシステムによる需給一体管理で繋ぎ再エネの最大化と地域内循環を目指す。

本事業の全体コーディネートを担当し、パナソニックの太陽光パネルを利用したソーラーカーポートの製作、設置を担う。

主な事業スキームとしては、第三者所有モデル(PPA)にて、地域内の個人・法人駐車場に無償貸与し、自立分散型電源としての活用を進める。太陽光パネルで発電された電気は隣接する需要家に供給され、余剰分は自社が運営する地域電力会社「たじみ電力」に売電される。車社会で駐車場が多い地方都市では環境を破壊することなく設置ができ、非常時には電源機能を備えた防災拠点として地域のレジリエンス(強靭さ)強化が期待でき、すでに市内に189か所が設置済みだそうだ。

エネファント事業スキーム
エネファントが製作したソーラーカーポート(車4台)

通勤用EVレンタル働こCAR

多治見市は他の地方都市同様、生活では1人1台の車が必要とされるが、通勤に使用する車も給与〔市役職員の初任給188,300円(平成29年4月)〕に対する維持管理費の高さもあいまって、地域内の若者が所持しにくく、電車等の通勤で地域外に流出している現状がある。その課題解決への施策がEVを使った「働こCAR」だ。

ソーラーカーポートを設置した企業にEVを貸出、保険やメンテナンス、車検を含めた費用を企業とシェアすることで、29歳以下の社員は月額19,800円で利用できる仕組みだ。再エネ促進だけでなく、就業層の地域定着にも貢献が見込まれる。また大規模災害時にはオーナーに協力を得て避難場所へのモビリティ「EVレスキュー」への応用や、EVの充電を自宅または勤務先に限定していくことで、充電渋滞を抑制し、停車時間も蓄電池として活用する「バッテリーシェアリング」を導入することで、多角的なCO2削減が期待できる。

エネファント事業スキーム(働こCAR)

再エネで地域循環共生圏を目指す

その他にも太陽光発電、蓄電池、エコキュートの設備をPPAモデルで導入し、AI制御により需給一体型を実現した、20年間電気代無料の家「フリーエネルギーハウス」などを通して、生活コストを削減することで、全国から“選ばれる街”を目指していく。エネファントの磯﨑顕三代表は「いかにモビリティの進化を街の進化に変えていけるか。将来の自動運転システムもその1つ。その為には核となるエネルギー拠点の展開に力を入れていきたい」と力を込める。

SBテクノロジー

〔スマートフォンを経由したシェアリングサービス〕

SBテクノロジーはIoTやAIの活用実績を生かしたシェアリングによるマルチモビリティ(小型4輪EV、電動自転車)の需要向上により、地域循環の創出を目指す。

多治見市ではソフトバンクグループの社内ベンチャーでシェアサイクルトップシェアの「Open Street」(代表:工藤智彰)のノウハウを駆使し、EVの予約やソーラーカーポート、電動自転車スポットのロケーション検索などシェアリングサービスを手軽に利用する環境を作ることで、移動需要の創出を狙う。また休日に使用しない公用EVの有効活用や電力需要が高まる夏季の日中にEVを使ったワーケーションを自治体から発信することで、近隣や都心企業の誘致も見込む。

〔CO2削減量の見える化〕

EV利用者はレンタカーのような手続きは必要なく、事前に専用アプリに運転免許証とクレジットカード情報を登録することで、スマートフォン1つで予約から車両の鍵の開閉が出来る。

また、運転席に設置されたタブレットにはソーラーカーポートの位置情報のほか、走行情報やバッテリーデータを取り込み、CO2削減量をリアルタイムで可視化。利用者の環境意識を高めることでさらなる行動変容を刺激する。将来的にはディープラーニング技術を生かして削減量の予測も可能になるということだ。誰もが持つスマートフォンを介したフレンドリーなユーザーサービスはソフトバンクグループならではの強みと言えよう。

現在、多治見市役所の敷地内にはトヨタ社製2人乗り超小型EV「C+Pod(シーポッド)」と電動自転車シェアリングを併設したソーラーカーポートが試験的に設置され、現在モニター検証をおこなっている。「C+Pod(シーポッド)」は6時間の充電で100キロ以上走行可能。利用料金は15分220円(税抜き)や3時間2000円(税抜き)の定額パッケージもある。2022年1月11日から本格運用が開始され、

まずはメインターゲットを企業の営業車の置き換えを軸に、2025年までは多治見市内で「C+Pod(シーポッド)」20台、電動自転車200台の設置を目指す。

電動自転車と超小型EV「C+Pod(シーポッド)」が併設されたソーラーカーポート(多治見市役所)
予約から鍵の開閉までスマートフォンで操作

パナソニック

〔エネルギー端末と住宅設備機器の供給〕

パナソニックは本事業での中核となる太陽光パネルをはじめすとるエネルギー端末やエコキュートなどの住宅設備機器の供給をおこなう。また、自立・分散型エネルギーシステム構築の提案を国に働きかけるなど、スーパーバイザー的な立場での助言や支援をおこなう。パナソニック エレクトリックワークス社スマートエネルギー営業部の西川弘記主任技師はビジネス機会について「地域の電気工事会社やエネルギー会社とこのような事例を通じて我々の端末が標準化されていくこと」と語り、「信頼性の高い機材だからこそ選ばれる。その中で商材も増えていく」と手ごたえを実感している。

ソーラーカーポートに設置されたパナソニックの電気自動車充電設備「ELSEEV(エルシーヴ)」

AZAPA

〔EVC事業〕

生活手段として従来の軽自動車やガソリン車が浸透した多治見市において、新車価格300万円から400万円がボリュームゾーンとなるEVの導入は多くの一般利用者にとって、まだまだ高い壁だ。しかし脱炭素社会に向けてはこの“マス層”のEV導入を促進するビジネスモデルが鍵を握る。

そこで自動車メーカーとの協業を背景に、システムの分解と再構築にノウハウを持つAZAPAが、既存車を電動化する「EVC(Eelectric Vehicle Conversion)」事業を展開。EVC製造やメンテナンス環境を構築するだけでなく、地域の自動車整備工場に有機的につながり、ライセンス供給をすることで、地域の経済循環を促進する。

またエネルギーとモビリティの融合に実績を持つ同社のノウハウを再エネに生かすことで、将来的には蓄積した余剰エネルギーを売電し、EV購入補助にも充てることを見込む。地域の生活基盤である移動手段を失わない為にも、再エネの供給量を拡大していくことが重要となる。

EVC生産は配送ルートが固定されある程度の走行距離が予測できる軽トラックや軽バンを中心に展開していく。車両費込みで350万円とEV化は170万円程度の追加費用になるが、バッテリーの低価格化が進めば100万円を切る形でのシステム提供が可能になるということなので、一般車への普及も加速していくはずだ。

EVコンバージョンの軽トラック

可搬バッテリーの流通、再利用価値を高める

またAZAPAは、地域のエネルギーグリッドの新たな調整力として可搬式バッテリーに着目。

将来的にはEVCを可搬バッテリーで充電、走行可能にさせるだけでなく、シニアカーや市販の電動キックボードへの応用も視野に入れる。

広範囲、多用途で使用するためのバッテリー規格の標準化、使用済みバッテリーのリサイクルといった課題も出てくるが、AZAPAの近藤康弘代表は「技術を使い、転用や二次化ができれば、リユースではなく、リビルドしたほうが効率的という概念に変わる」と新分野への展開に期待を寄せる。今後はEVCにコネクテッド&ブロックチェーン技術を搭載することで、地域に支払われるべき価値やコンテンツを等価交換できるネットワーク構築を目指すなど、EVCを通した新たなサービス創出はまだまだ広がりを見せそうだ。

補助金に頼ることなく、地域の現状やニーズを把握している地場企業がイニシアティブを取り、スピード感を持って社会的実装を始めていると言う意味で「多治見モデル」の存在価値は大きく、従来の「経済とカーボンリサイクルはトレードオフ」というジレンマに一石を投じた。AZAPAの近藤代表は「エネルギーによって産業が生まれ、強いビジネスに育てることでさらに投資を呼び込むことができる。あくまでもプレイヤーは地域の人々」と地域との共栄を強調する。2022年4月には東証が再編され、最上位のプライム市場では気候変動に対する情報開示(TCFD)が求められるなど、脱炭素への企業の取り組みも本格化していく中で「多治見モデル」はさらに輝きを放つに違いない。

文・写真:小笠原大介