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「アルファ碁」のディープマインド、設立後5年間は離職者ゼロ
2016〜17年、人類最強クラスといわれるトップ棋士たちを次々と破り一躍脚光を浴びた人工知能「アルファ碁」。この人工知能(AI)を開発したのは、言わずとしれたグーグル傘下の英国AI企業ディープマインドだ(厳密にはアルファベット傘下)。
CNBC2020年6月時点の情報によると、ディープマインドの社員数は1000人以上。その多くが、世界中から選りすぐられたAI研究者・エンジニアたち。トップクラスの施設でAI研究・開発に没頭できるだけでなく、給与水準も高く、ディープマインドの離職率は非常に低いといわれている。
同社の共同創業者デミス・ハサビスCEOが英ガーディアン紙(2016年2月)の取材で語ったところでは、創業5年目を迎えた当時までの辞職数はゼロだったという。ディープマインド社の設立は2010年9月。
2021年、そんなディープマインドも10年目を迎え、状況は変わってきている。ディープマインドを辞め、AIスタートアップを創業するケースが少しずつ増えているのだ。
最近、注目されているのは、ディープマインドのリサーチエンジニアだったジャック・ケリー氏が立ち上げたAI非営利組織Open Climate Fixだ。温室効果ガス削減を目的とし、発電効率を最適化するAIを研究開発している。
この取り組みがもたらす影響は大きなものになると見られており、このほどグーグルの慈善活動部門であるGoogle.orgの「環境インパクトチャレンジ」で出資対象による取り組みの1つに選出された。
「環境インパクトチャレンジ」は、次世代環境テクノロジーの研究開発に取り組む欧州の組織・企業に、計10億ユーロ(約13億円)を支援するもの。Open Climate Fixを含め11の組織・企業がグーグルからの支援を受けた。
ディープマインド出身者、AIで太陽光発電の不確実性リスクを低減
Open Climate Fixは、どのようなAIを開発しようとしているのか。
端的にいうと、数時間後の雲の動きと太陽光の量を予測し、太陽光発電と既存の発電を最適化するAIだ。
太陽光発電は雲に弱く、安定した電力を供給するには、他の発電方法を組み合わせることが不可欠。Open Climate Fixによると、現在英国では天然ガスなどによる発電によって、不安定な太陽光発電を補完している。英国の電力供給全体で太陽光発電が占める割合は4%ほど(IEAデータ)。
このとき天然ガス発電機は、フル稼働ではなくアイドリングに近い形で稼働を続けている。発電機が稼働するまで時間を要するため、天候の急な変化に対応することができないためだ。雲が出て太陽光発電量が下がったとき、アイドリング状態の天然ガス発電機をフル稼働させ、電力供給を行っているのだ。
天然ガス発電機がアイドリング状態のとき、発電効率は非常に悪く、コストだけでなく、多くの二酸化炭素を排出している。もし、数時間の雲の動きが正確に予想できれば、天然ガス発電機の稼働を抑え、コストと二酸化炭素排出量を下げることが可能になる。
Open Climate Fixは、地理情報や衛星データなど様々なインプットデータを用い、AIのトレーニングを行い、数時間後の雲の動きを正確に予測できるモデルを開発しようとしているのだ。Open Climate Fixによると、天候予測の精度が上がり、天然ガス発電の最適化が可能になった場合、英国だけで年間10万トンの二酸化炭素を削減できるという。
太陽光発電の普及を拒む要因の1つが天候の不確実性だ。もし、AIによる天候予測でこの不確実性リスクを低減できることが証明できれば、太陽光発電市場への投資は増える可能性がある。
グーグルのデータセンター消費電力を40%下げた人物による起業
米シアトルを拠点とするPhaidraもディープマインド出身者らが立ち上げたAIスタートアップだ。
共同創業者の1人ジム・ガオ氏は、ディープマインドのエネルギーチームのリードを務めたことのある人物。ディープマインド時代のプロジェクトでは、グーグルデータセンターのエネルギー効率40%削減、グーグルの風力発電の収益20%増などに貢献した。
ガオ氏らは、顧客企業のAIソリューション自社開発をサポートすることを目的にPhaidraを設立。
ガオ氏はGeekWire誌の取材で、すでに多くのAIツールが存在しているが、そのほとんどはデータサイエンティストやソフトウェアエンジニア向けのものと指摘。一方、AIが真価を発揮するには、エンドユーザーの専門領域で活用されることが求められると述べている。
またデータや関連知財の所有権は顧客企業が保持することが望ましいとのスタンスで、顧客企業が大手テック企業にデータを提供し、AIソリューションを開発することは「諸刃の剣」であるとも語っている。
PitchBookのデータによると、Phaidraは2020年5月に150万ドル(約16億円)を調達。コインベースへのベンチャー投資を行い、このほどエグジットしたベンチャーキャピタルSection32などのからの出資を受ている。
Open Climate FixとPhaidraのほか、都市計画向けのAIソリューションを開発するDiagonal Worksもディープマインド出身者のスタートアップ。今後どのようなAIスタートアップが登場するのか気になるところだ。
文:細谷元(Livit)