2010年台から始まった第3次AIブームが終わりを迎え、第4次産業革命を迎えるいま、AIはブームではなく、我々の日常を支える生活の一部となっている。

世界を見ても、AI市場における日本企業の活躍はめざましいが、なかでも突出しいているのがソニーだ。

多くの企業がAI2020年12月に発表された欧州特許庁(EPO)によると、第4次産業革命技術(4IR)の特許出願において、ソニーは2000年から2018年の間に6,401件の4IR発明を行っており、世界の4IR技術をリードする企業のひとつとなっている。

ソニーグループが持つ製品やサービスなどのアセットを活用しながら、より、顧客に近い立場でAIの開発や普及に取り組んでいるのが、ソニーネットワークコミュニケーションズだ。今回は同社法人サービス事業部ならびに事業推進課の方々にご登場いただき、AIが秘める成長可能性や最新のユニークなサービスについてお話をうかがった。

ソニーネットワークコミュニケーションズが考えるAIの役割と今後の可能性

ソニーネットワークコミュニケーションズがAIを事業化したのは2017年。ソニーのR&D部門が手掛けた研究や技術を礎とし、ソニーの社内で活用して実績があるAIをサービス化して、法人向けに提供をスタートした。その後も、さまざまなビジネス向けツールを開発している同社は、一体、AIの役割や今後の可能性を、どう見ているのか。法人サービス事業部 事業推進部担当部長鈴木氏はこう語る。

「AI の技術は日々、進化しています。私たちの日常生活においては、音声ガイドからリコメンド、天気予報、タクシーの配車など、さまざまなシチュエーションでAIが自然に溶け込んでおり、私たちの生活においては、不可欠の存在となっています。

一方でビジネスのシーンにおいては、まだ、溶け込んでいるとは言い難い。なぜなら、いまだ、限られた人しかAIを使えていないという現状があると考えています。」

法人サービス事業部 事業推進部 担当部長 鈴木氏

「AIを使っている」という意識がなくとも、人々の生活に、当たり前のように溶け込んでいる日常のシーンに比べ、ビジネスシーンでのAIは、専門的な知識を持った人や、一部の先進的なリーダーにユーザーが限られている。AI人材の不足。近年あらゆる分野でAIの活用が広がる一方で、AI人材の不足が深刻化しているという問題は、さまざまなところで常に指摘されている通りである。

現在、日本政府が発表しているAI戦略においては、未来への基盤づくりとして、『デジタル社会の「読み・書き・そろばん」である「数理・データサイエンス・AI」の基礎などの必要な力を全ての国⺠が育み、 あらゆる分野で人材が活躍できる社会の創造』が掲げられている。しかし現実的には、A I人材の不足はAI技術の進化と反比例するように、ますます深刻化する一方である。その理由は一体なぜか。

「 AI人材の不足に関しては、課題解決の手段として使うAI側がまだ整備されておらず、アイデアはあっても手段がボトルネックになっていて、踏み出せない人が多いのではないでしょうか。」

鈴木氏はそう考える。だが、悠長なことは言っていられない。なにしろ日本は世界に類を見ないスピードで少子高齢化が進んでおり、このままいけば、2065年には65歳以上の老年人口の割合が約4割に高まる一方、生産年齢人口の割合は約5割に低下する見通しだからだ

しかし逆にいえば、ビジネスにおけるAIの可能性は、まだ多くの伸びしろを秘めていることになる。現在、多くの人がExcelやWordを難なく使いこなしているように、誰もがAIを当たり前のように操作できる時代を作る–。それが、ソニーネットワークコミュニケーションズの掲げるミッションであり、今まさに描いている未来図なのだ。

AIを身近に。ソニーネットワークコミュニケーションズが提案するソリューション

同社は2019年、データからビジネスに有用な予測を算出するGUIソフトウェア「Prediction One」の提供をスタート。このPrediction Oneが、同社におけるAI事業を大きく飛躍させる原動力となったことは、見逃せない事実である。

以下に、実際、Prediction Oneを導入している企業の事例を挙げる。

(1) 株式会社ベルシステム24
業種:アウトソーシングサービス/人材派遣 業務領域:ソリューション開発

・導入前の課題
30年以上にわたってコンタクトセンター事業を展開する同社では、IT活用により、オペレーション現場の品質向上・改善を目指し、多種多様なテーマでのデータ活用に注力。従来、データの分析には主にExcelを活用してきたが、大量データの分析は難しく、現場スーパーバイザー(SV)のスキルに依存し、サービス品質の差にもつながりかねなかった。

・導入プロセス
将来的に現場のSV自身が利用することを想定し、専門知識がなくても使える簡単さを重視して、ツールを選択。その点、Prediction Oneなら事前にデータを整形すれば、予測分析自体はわずか3ステップ。また、オンプレミスのノートPC上で稼働し、分析に必要なクライアント企業の顧客データ利用が社内で完結できることや、リーズナブルなライセンス費用も導入の決め手になった。

・活用と成果
アウトバウンド業務での接続率予測で大きな成果につながり、獲得件数も向上。問い合わせメールのラベリング・分類でも妥当性のある結果が得られた。

・今後の展望
対象データがそのまま分析できる状態ではないケースが多く、事前の整形・加工が必須であるため、この点をどうクリアするかが今後の課題。現場への啓蒙・教育とあわせて、Prediction One活用推進を目指していく。

(2) AGC株式会社
業種:製造業 業務領域:経営企画

・導入前の課題
同社では以前より、社内のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進してきたが、社内にDXが浸透する反面、デジタルソリューショングループの、対応キャパシティが限界に。今後、さらにDXを推進するには、現場担当者自身が利用できるツールが不可欠となっていた。

・導入プロセス
Prediction One提供開始のプレスリリースを目にし、体験版を利用。シンプルな機能で使いやすいほか、デザインも大きな文字で見やすく、初心者にとっても優しい(怖くない)印象を受けた。コストがリーズナブルであることや、クラウドなどを使わず、手元のノートPCで利用できる点も魅力的だった。

・活用と成果
予測分析に利用する項目もアプリケーション内で選択できるため、元データの加工が不要で、再学習もボタン1つ。データ分析の専門知識がない担当者も「これならばなんとかできそうだ」と感じてもらえた。

・今後の展望
現在導入しているのは1部署だが、今後は、他部署からの相談・要望への展開も積極的に推進。同時に、データサイエンティストのサポートとして、予測分析への活用も期待している。

AIの新たな展開を探る。スポーツ×AIの相性と可能性

同社が現在、新たに注目しているのが「スポーツ×AI」という事業領域である。一体なぜ、同社はスポーツという領域に目をつけたのか。

「そもそもAIを活用する目的は、AIを活用したサービスを提供することで生活の質を向上させること。そう考えると、スポーツにはAIによる可能性が非常に多く存在します。たとえば、スポーツを『する』という観点からいえば、AIを活用することで、身体の感覚では読み取れなかった微細な動きも瞬時に把握することができますし、そのデータを活用すれば上達速度もますます上がるでしょう」

そう語るのは、同社法人サービス事業部スポーツエンタテインメント部部長田村氏だ。そもそも同社がスポーツの領域でAIを活用したサービスを提供し始めたのは2014年。テニスラケットのグリップ部底面にセンサーを装着し、専用「Smart Tennis Sensorアプリ」とBluetooth接続することで、テニスのショットを即時分析して、スマートフォン上に表示する「Smart Tennis Sensor」を開発した。

法人サービス事業部 スポーツエンタテインメント部 部長 田村氏

「また、スポーツを『見る』という観点からいえば、VRやARの技術を掛け合わせることで表現レベルが上がりますし、従来のスポーツ観戦ではなしえなかった、非日常感や高揚感を観客に与えることができるでしょう。そして、スポーツを『支える』という観点でも、AIはファンとのエンゲージメントを強めたり、アスリートの怪我を予防したりといった点で貢献できます」

こう考えれば、スポーツとAIの可能性は「する」「見る」「支える」という全方向にまたがっており、その将来性は無限だ。田村氏はこう話す。

「ソニーグループの目的は、『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』。そして、グループ共通の経営の方向性は『人に近づく』。AIの技術をスポーツ領域で活用することで、人の心を動かしたり、人と人をつないだり、人を支えたりすることは、ソニーグループが目指す方向性を、まさに実現しているものであり、今後もグループ全体でこの勢いを加速していきたいと考えています」

当初、同社が「Smart Tennis Sensor」を開発した時は、主にB to Cを想定していた。だが実際、サービスをローンチしてみると、このソフトを利用するだけではテニスを上達させるのは難しいという現実問題に直面した。なぜなら、AIが示す内容を読み解き、的確に指示する指導者の存在が必要だったからだ。そこで同社はB to CからB to Bへ方向性を転換。直接、ユーザーに向けてサービスを提供するのではなく、テニススクールを運営するスポーツクラブへ展開を開始した。これにより、単純に「AIの力でテニスの動向を可視化するツール」であったものが、「テニスの体験そのものの価値を高め、体験を経験へ昇華させるツール」として進化したのだ。

ユーザー一人一人に寄り添うとともに、スクールのサービス価値向上をサポートする。そのために同社が取った「B to C からB to Bへの方向転換」という戦略は、2021年、新たなサービスに引き継がれていく。

ソニーのセンシング技術・AIをフル活用「スマートスイミングレッスンシステム

2021年2月、同社は映像と AI を活用してコーチングをサポートし 、練習効果の飛躍的な向上を可能にするスイミングスクール向けのシステム「スマートスイミングレッスンシステム」を開発。これは、全国にスポーツクラブやフィットネススタジオ、介護リハビリ施設などを100か所以上展開する株式会社ルネサンスの協力のもと、開発したものであり、今後、ルネサンスが運営するジュニアスイミング スクールで順次サービスが展開されていく予定だ。

「スマートスイミングレッスンは、壁面や水中などプールに複数のカメラを設置して 映像を撮影します。特徴は、当社が新たに開発したAI アルゴリズムにより、複数カメラの映像から泳いでいる人を検出し、最適なアングルを組み合わせた動画コンテンツに自動編集して、クラウド経由で個人別ページに配信できるということ。これによりスマートフォンなどを通じて、成長の様子や進級テストの結果を動画とともに保護者へ届けることが可能になります。また、レッスン前にお手本動画を個人別ページに配信、レッスンの予習に役立てていただけます。レッスン中は、コーチがお手本動画を使ってレッスンの目的を説明し、レッスンに対する理解を深めた上で練習に取り組めます。生徒は泳いだ直後にプールサイドのタブレットで自分の泳ぎを動画でチェックすることができ、アクティブラーニングにもつながります。」

開発に携わった同社法人サービス事業部スポーツエンタテインメント部SE事業推進課中村氏はそう話す。

サービス事業部 スポーツエンタテインメント部SE事業推進課 中村氏

従来、スイミングスクールでは泳いでいる人数が多く、また、水面の揺れや光の反射などの影響により、画像認識の難易度が高い。そこで同社は、独自にAIアルゴリズムを開発。映像から被写体を追従し、複数カメラから最適なアングルを組み合わせた動画の自動 編集を可能にしたのだ。

また、現場のコーチと一体となり、トライアルを重ねて開発したため、操作のしやすさや安全性も考慮された作りになっているのも特徴だ。

「スマートスイミングレッスンシステム」映像画面

「レッスン中でも操作しやすいシンプルな画面デザインなど、極力、指導者のオペレーション負荷を軽減しながら、より効果的なコーチングが可能な設計をめざしました」と語る中村氏。これにより、映像とAI を活用してスクールの付加価値を向上させるとともに、レッスン中の安全性を高めることに成功。「Smart Tennis Sensor」での経験を踏まえ、B to CからB to Bへサービスのターゲットを移行させた戦略が、ここで大きく生きてくるのだ。

さらに、「スマートスイミングレッスンシステム」には、ソニーグループが有するアセットが多角的に盛り込まれている点も注目だ。

たとえば水中に設置するカメラは、プール内であることに配慮し、防水対応を施したソニー製小型リモートカメラを使用。これは今回独自に開発したもので、4K の高画質録画と約4 ㎏という軽量化を実現した。これにより、スイミングスクールの環境や安全性を配慮したシステム設計が可能になり、体験価値向上という付加価値を生み出すことに成功したのだ。

タブレットにて自身の泳ぎを瞬時に確認

「ソニーグループ全体のアセットを掛け合わせながら、まったく新しいソリューションを開発できるのが私たちの強み。これからもスポーツをはじめ、さまざまな領域において、AIを使った新しい技術を広げていきたいと思います」と田村氏。確かに、グループ全体のシナジーを生み出すことができるのが、同社にとって最大の特長である。

誰もが意識せずともAIとともに暮らし、当たり前のようにAIを使いこなす–。そんな時代の礎を、同社はすでに築き始めている。

文:鈴木博子